経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

中国テンセントと手を組んだトヨタ自動車の「試金石」

世界的には電気自動車(EV)の退潮が伝えられているが、それでも将来的にはEVシフト、そして自動運転車にシフトするのは必然だ。この分野で世界をリードするのが中国企業。そこで世界一の自動車メーカーであるトヨタ自動車も、中国IT大手と手を結ばざるを得なかった。文=ジャーナリスト/立町次男

テンセントだけでなくBYDとも協業

 トヨタ自動車は4月下旬に開催された北京国際自動車ショーで、中国のインターネット大手、騰訊控股(テンセント)と中国内の事業で提携すると発表した。トヨタはハイブリッド車(HV)が牽引する米国市場で好調だが、EVなどへのシフトが進む中国市場では、他の日本勢と同じく苦戦しており、重要市場での挽回を目指す。中国では、若い消費者を中心に高度にIT化された車が人気となっていることから、テンセントとの提携に活路を見いだした。

 4月25日に北京市で開かれたトヨタの発表会。同社のCTO(最高技術責任者)を務める中嶋裕樹副社長は、「中国のお客さまが笑顔になるBEV(バッテリーEV=エンジンを積まない純粋なEVのこと)とは何か。このテーマを中国のパートナーと共に探求し、送り出すのが『bZ3C』と『bZ3X』です」と新型車を紹介した。

 両車種は昨年の上海国際モーターショーでコンセプトカーが公開され、量産モデルはこの日が世界初公開。いずれも、対象物に光を照射し、その反射光をセンサで捕捉して距離を測定するLiDAR(レーザーレーダー)などによる先進運転支援システムを搭載しているという。1年以内に中国国内で発売する予定だ。

 「bZ3C」は、トヨタと、同社と中国のEV最大手比亜迪(BYD)の合弁会社である「BYD TOYOTA EV TECHNOLOGY カンパニー」、「一汽トヨタ自動車」、「トヨタ知能電動車研究開発センター(中国)=IEM by TOYOTA」が共同開発した。「Reboot(再起動)」をコンセプトに、行動的な姿勢を表現したデザインを採用。「Z世代」と呼ばれる若い顧客をターゲットにしたEVだという。セダンとSUV(スポーツタイプ多目的車)の中間を表す「クロスオーバー」と言われるスタイルだ。

 また、「bZ3X」は、トヨタと「広州汽車」、両社の合弁会社である「広汽トヨタ自動車」、IEM by TOYOTAが共同開発。心地が良い動く家を意味する「COZY HOME」をコンセプトに、広い社内空間を特徴とした家族向けSUVスタイルのEVだ。

 トヨタが、中国でEV2車種を投入するのは、米国市場と並ぶ最重要市場である中国市場で変わり続ける消費者のニーズに対応し、劣勢を挽回したいからだ。

 トヨタの昨年の中国販売は1・7%減の190万7600台だった。前年割れは2年連続となる。中国市場では、中国政府による政策の後押しもあり、EVや、モーターとエンジンの両方を搭載し、外部給電もできるプラグインハイブリッド車(PHEV)など「新エネルギー車」の需要が拡大。HVを含むエンジン車の品ぞろえが中心の日本勢は苦戦しており、日産自動車は16・1%減、ホンダ10・1%減だった。

 トヨタは中国で現地企業の第一汽車、広州汽車とそれぞれ合弁会社を設立し、主に両社を通じて車を販売している。一汽トヨタの販売分は4・1%増だったものの、広汽トヨタは7・2%減と落ち込んだ。

EV、自動運転車での中国企業の優位性

 背景には中国で進むEVシフトがある。エンジン車では長い歴史を持つ日本や欧米の大手に太刀打ちできない中国は、「EV強国」を目指してEVに搭載する電池をつくる企業の業容拡大を後押しするなど、政府が旗を振ってEV産業育成を進めた。消費者に新エネルギー車購入を支援する施策もその一環だ。補助金だけでなく、ナンバープレートの取得も新エネ車が優遇される。

 その結果、中国ではBYDを筆頭に、新興の自動車メーカーが台頭。同社は2023年10~12月期のEV販売台数で米テスラを超えて世界首位になるなど、勢いが止まらない。スマートフォン大手の小米科技(シャオミ)も3月末にEVに新規参入し、「SU7」を発売。各社が新エネルギー車の新型モデルを次々と繰り出す。香港紙によると、米シティグループはSU7が1台売れるごとに6800元(約15万円)の損失が出ると分析しているように、価格競争は激化の一途だ。BYDが値下げに踏み切るとテスラが対抗して販売価格を引き下げるなど、首位を争う両社でさえ、価格面での競争を回避できていない。中国には新興のEVメーカーが100社以上あるとされ、下位の会社の淘汰が進むまで、こうした状況は続きそうだ。

 消耗戦が繰り広げられる中、外資との合弁や現地メーカー各社は付加価値の高い車による差別化戦略に躍起。運転中、割り込ませてもらったときなどに、後方のディスプレーに感謝の言葉やハートマークを点滅表示する小型EVや、停車時に前方の歩行者に向けて絵文字を表示するEVも販売されている。

 また、シャオミのSU7は、車から自宅の家電を操作したり、スマートフォンで車の機能の一部を使うことができる。スマホについては他の中国企業のEVでも、離れた位置からドアを開閉するなど活用が進む。また、高精度地図に頼らない自動運転を実現するなど、IT技術も大きな差別化要因となっている。トヨタがテンセントと提携したように、日産は百度(バイドゥ)との連携を検討。ホンダは通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)と車載ディスプレーの分野で協業する。

 ファーウェイは通信機器の分野で中国国内で圧倒的な優位性を誇るが、米中貿易摩擦を受け、米政府により米企業に対する電子部品やソフトの取引が禁じられた。さらに米政府は、米国以外の企業に対しても、製造に米国の技術を使えば半導体の輸出を禁じるとした。このため、脱スマホを図る必要があるファーウェイは中国国内の自動車市場に本腰を入れている。

 ファーウェイが協業している中国の現地メーカーは、奇瑞汽車や賽力斯集団(セレス・グループ)。両社はファーウェイ独自の基本ソフト(OS)を搭載したEVやPHEVを販売し、急激に中国市場での存在感を高めている。トヨタも24年に発売した中国仕様の9代目「カムリ」では、運転席にファーウェイの技術を採用した。

 トヨタは提携により、テンセントが強みを持つビッグデータ、人工知能(AI)、クラウドコンピューティングを活用したサービスを提供できるようになる。24年に投入する中国で製造した乗用車に、テンセントの技術による機能を搭載するという。

ガソリン車の存命もEVシフトは必然

 テンセントは、広東省深圳市に本拠を置く。インターネット関連の子会社を通してSNS(交流サイト)や電子決済、メッセージのやり取りができるサービスなどを展開。売上高では世界最大級のゲーム会社となる。「コール・オブ・デューティ」などの人気作で知られるアクティビジョン・ブリザードや「アサシンクリード」シリーズなどを手掛けるユービーアイソフトといったゲーム会社の大株主でもある。IT大手としての存在感は非常に大きい。

 通常、自動車の開発期間は3~5年とされるが、中国のEVメーカーは開発開始から2年程度で市場に投入し、変わり続ける現地の消費者のニーズに対応している。トヨタは自社でも車載OS「アリーン」の開発を進めているが、実用化目標は25年。テンセントと組むことで車の開発期間を短縮し、中国勢に対抗したい考えだ。

 日本ではEVの普及が進まず、米国でもHV人気が再び盛り上がり、トヨタの好業績につながっている。これは次世代車戦略を「全方位」としてEV偏重に舵を切らなかったトヨタの狙い通りともいえる。現地の報道では、自動運転車を視野にEVへの新規参入を目指していた米アップルは、10年間続けてきたプロジェクトを打ち切り、開発から撤退したという。

 米国については11月の大統領選でトランプ前大統領が返り咲いた場合、米国市場でのEVシフトは完全に巻き戻される可能性がある。

 EVシフトを進めてきた欧州でも中国の低価格EVに市場を荒らされたことで方針が修正されている。欧州連合(EU)は、35年にガソリンなどで走るエンジン車の新車販売をすべて禁止するとしてきた方針を変更し、環境に良い合成燃料を使うエンジン車は認めることにした。独メルセデス・ベンツは30年までに全販売車をEVにする方針を掲げたが、3年もたたずにこれを撤回し、30年以降もエンジン車の販売を継続するとした。

 しかし、中国では政府の意向もあり、EV需要が拡大し続けていくのは確実だ。例えば、新型コロナウイルス禍後の景気対策として22年6月から、車両価格が30万元(約645万円)以下、排気量が2000cc以下の低燃費車を対象に自動車取得税を半減する優遇を実施した。この措置は当初の予定通り22年末で終了したが、並行して実施された新エネ車に対する優遇措置は、27年まで継続することになった。

 トヨタは得意のHV戦略を進めると同時に、中国市場向けにEVを開発していく必要がある。トヨタといえども単独で優位性を発揮するのは難しい状況で、協業する現地のIT企業としてテンセントを選んだようだ。もちろん、EV開発を進め、その知見を蓄積するのは、将来的にEVが次世代車の本命として世界に普及したときの布石ともいえる。

 トヨタが日本や米国で販売好調を維持しつつ、苦戦している中国で巻き返すことができるか。それは中国市場でのシェア争いだけでなく、将来の世界的な次世代車の販売競争を占う上でも重要な試金石だ。