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阪急阪神HDの出資決定で現実味を帯びてきた大阪IR

昨年9月に事業者が決定した大阪IR(カジノを含む統合型リゾート)。しかし事業者が「実現不可能」と判断すれば撤退できるという条件付きだったため、本当にできるのか疑問符がついていた。ところが阪急阪神ホールディングス(HD)が出資を決定。誕生に一歩前進した。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2024年7月号より)

阪急阪神HDの出資で出そろった関西鉄道会社

 2030年秋ごろを予定する大阪市の人工島・夢洲での、大阪IRの開業が現実味を帯びてきた、との見方が上がり始めている。阪急阪神HDがこのほど参画・出資を決めるなど、開業を後押しする動きが新たに出てきたからだ。もっとも、夢洲は土壌問題を抱えている上、予定されていた鉄道の延伸がなかなか実現しないなど課題も多い。IR開業の現実味が高まったという期待は楽観論にすぎないのだろうか。

 大阪IRは、民間会社の大阪IR株式会社が運営する。この会社には、米カジノ大手の日本法人である日本MGMリゾーツとオリックスが中核株主として参画。それぞれ約4割ずつを出資している。

 そして、当初、関西企業20社が少数株主として約15%を出資するとなっていたが、今回、阪急阪神HDの子会社、阪急阪神不動産と阪和興業が新たに出資を決め、少数株主22社で約17%を出資することになった。阪急阪神HDの出資により、関西の主要鉄道企業はすべて大阪IRに参画することになる。

 それまで阪急阪神HD側は慎重姿勢を崩していなかったが、昨年末から液状化対策の工事が始まるなど事態が動き始めたため、前向きな決断に至ったとみられる。対策工事は、建物が立つ予定の敷地の地中にセメント系の固化材を注入して地盤を改良する。255億円の事業費は大阪市が全額負担する。

 また、最近のインバウンド(訪日客)回復の動きが阪急阪神HDの決断を後押ししたのではないかとの声もある。

 大阪の経済界周辺の関係者は「これまでは新型コロナウイルス禍の影響がどこまで長引くのかよく分からなかったが、最近ではインバウンドも大きく回復し、ビジネスとして成り立つ可能性があると判断したのではないか」との見方を示している。

 さらに阪急阪神HDの決断を後押しした可能性があるのが、日本法人が大阪IRに出資する米MGMリゾーツ・インターナショナルの動きだ。

 今年4月17日、IRと同じく夢洲で行われる2025年大阪・関西万博に米国が出すパビリオンの起工式が行われた。

 同パビリオンは、各国が自前で設計・建設する「タイプA」。今年秋に完成する予定で、来年初めからスタッフの訓練や教育などを始めるという。三角形の建物2棟を箱型の橋でつなげ、「文化の架け橋」になることを象徴する。米航空宇宙局(NASA)とも連携し、宇宙関連の展示を行うことも検討する。

 そして同日、明らかになったのが、MGMが米国パビリオンのスポンサーになることだ。この事実は、米国政府とMGMの夢洲における事業での緊密な関係を印象付け、「IR実現も米国政府がしっかりバックアップしていくのだろう」いう見方を関西経済界の関係者に植え付けた。

IRの経済効果は1兆1400億円

 実は昨年9月、MGMと大阪府・市が結んだ実施協定では、事業環境が整わない場合、26年9月までは契約を解除できる権利が事業者に与えられており、IR事業の先行きには不透明感が残っていた。

 しかし、米国政府とMGMの蜜月ぶりを察知し、阪急阪神HDも、IR事業の先行き不透明感が、ある程度、払拭されたと判断した可能性がある。

 さらに、阪急阪神HDなどの出資決定と並行し、三菱UFJ銀行と三井住友銀行が中心となった銀行団がIRに対する総額5300億円の協調融資を組んだことも明らかになった。当初、5500億円を見込んでいたが、阪急阪神HDなどが出資を決めたことで、融資額が縮減された。

 なお、ここで大阪IRの概要を振り返っておくと、初期投資額は1兆2700億円。施設は、カジノのほか、国際会議場、展示場、ホテル、ショッピングモール、エンターテインメント施設などで構成される。延べ床面積は約77万平方メートル、敷地面積は約50万平方メートルとされている。

 大阪府は「民間ならではの自由な発想で、ビジネス客やファミリー層など幅広い層が昼夜を問わず楽しめる魅力ある施設と質の高いサービスが提供されます」としている。

 そして、IR運営による近畿圏への経済波及効果は年間約1兆1400億円、雇用創出効果は年間約9・3万人、地元調達額は約2600億円と推計する。

 効果を最大化するための主な取り組みとしては、「イノベーションや新産業の創出支援」「大阪・関西への送客強化や周遊促進、地域での消費喚起(会員ポイントプログラムやICTの総合活用など」「地元産品の積極的な調達や地域ブランディングの向上」「質の高い雇用機会の提供や関西の人材基盤強化」などを挙げている。

 そして、IR事業者からの納付金や入場料を合わせた収入見込額年1060億円を大阪府・市で均等に配分し、「ギャンブル依存症対策や警察力、消防力の強化」「観光・地域経済・文化芸術の振興」「子育て・教育・健康・医療などの社会福祉の増進」「夢洲やその周辺の魅力向上」などに使うとした。

 今年夏ごろには準備工事に入り、来年春ごろには建設工事が始まる。そして30年夏ごろには工事が完了して、秋ごろに開業する、という流れだ。阪急阪神HDなどの出資が決まり、いよいよ本格的にIR開業に向けた動きが加速する、と言いたいところだが、懸念材料も山積している。

 まず、建設工事の開始時期は万博の開幕するころに重なる。大勢の万博来場客でごった返す夢洲で十分な工事ができるのだろうか。

 そして土壌の問題だ。夢洲の地盤は軟弱であるし、もともと有害な物質を含んだ土砂で埋め立ててつくっているので、土壌汚染の問題がある。行政側はこれらにしっかりと対策するとしているが、たとえば、昨年末に始めた液状化対策工事も、建物の立つ敷地のみが対象だ。費用の問題があって対象が限定されたわけだが、ほかの部分をしなくていいのかという疑問が残る。

 さらには、地盤沈下も不安材料だ。軟弱地盤に数多くの巨大な施設を立てて、その重みに耐えきれるのかという心配を指摘する声があり、運営側はその疑問に答えていく必要があるだろう。

 土壌の問題と並ぶ懸念は、会場まで来る交通インフラがしっかり整備されるのかという点だ。夢洲は大阪湾に浮かぶ人工島で、現在、大阪市内から行くには、南側の海底トンネル「夢咲トンネル」か、北側の「夢舞大橋」を通る車道しかない。

 2025年万博に合わせては、大阪メトロ中央線をコスモスクエア駅から延伸し、25年1月に夢洲駅を開業させる方針だ。すでに延伸工事は始まっており、まずは予定通りに開業することは間違いないだろう。

 さらには、夢洲の北岸には、関西国際空港や神戸空港から船で乗り入れることができるよう、小型船専用の船着き場も置かれる計画だ。夢洲駅や船着き場は、30年秋に開業するIRでも活用することが可能だ。

 だが一方で4月、京阪HDがIR開業までに京阪電鉄を延伸させる計画を断念したことが明らかになった。

 具体的には、大阪市内の地下を東西に走る京阪中之島線を中之島駅から約2キロ延伸させ、大阪メトロ九条駅とつなぐ計画だった。つながれば、夢洲へ行く人は京都から直接乗り入れることができる。

 京阪HDは昨年夏以降、この構想が実現可能かどうか、検討を重ねてきた。しかし、先ほど触れた、実施協定に盛り込まれたMGM側による契約の解除権の存在が、京阪HDに二の足を踏ませた。MGM側は解除権を行使するとき、違約金を支払う必要はないので、いとも簡単に解除することができてしまう。

 巨額の費用を投じて延伸工事をしたのはいいが、はしごを外される形でIRが頓挫してはたまらない。このリスクを踏まえて、京阪HDは延伸の断念を決断したもようだ。

「もしトラ」リスクがIR実現の障害に?

 そして、意外なところでは、トランプ前大統領が今年11月の大統領選で返り咲きするかもしれない「もしトラ」のリスクもささやかれている。

 大阪IRに向けては、当初、米カジノ大手ラスベガス・サンズも参入に名乗りを挙げていたが、19年、撤退を決めている。このサンズと関係が深いとの噂もあるのがトランプ氏だ。一方、MGMと近いといわれているのがバイデン大統領。そのためもしもトランプ氏が大統領になった場合、MGMに対して積極的なバックアップをしなくなり、大阪IR開業へ向けた道のりが険しいものになるのではないかともささやかれている。

 なお、IRは万博と同じく夢洲で開業するが、敷地は万博の会場とは重なっていない。

 万博の会場跡地をどう開発・利用するかについて、大阪府・市は今年1月、夏ごろに1次募集として民間事業者から開発計画の提案を受けると発表している。事業者からの提案にもとづいて、大阪府・市が基本計画を策定する考えだ。そして、万博が閉幕した後の26年度以降に、具体的に開発を手掛ける事業者を決めるとしている。

 開発の対象となるのは、大阪府・市が出展する「大阪ヘルスケアパビリオン」や夢洲駅の敷地などを除く約50ヘクタールだ。22、23年に調査したところ、11の事業者から、アリーナ、劇場、野外ライブ会場、ホテル、サーキット場、住宅などを開発すべきだというアイデアが挙がったという。土壌などの問題があるとはいえ、開発の自由度が高いため、うまくアイデアを出せれば、夢洲は魅力的なエリアへと変貌するだろう。IRとも一体になって楽しめる施設ができれば、さらに夢洲の魅力は高まるはずだ。

 ちなみに、万博会場に関しては、世界最大の木造建築となる大屋根(リング)の活用が課題となっている。日本国際博覧会(万博協会)が今年2月に活用案を公募したところ、「家具、ベンチ、建物の内装などに再利用する」「仮設住宅の柱などとして再利用する」「会場の跡地に全部または一部を残して利用する」といったものが寄せられた。

 リングは350億円もの建設費用がかかるため、「世界最大級の無駄遣い」「世界一大きい日傘」といった批判や揶揄の声が上がっている。それだけに、多くの人が納得できる活用案を決められるかがとても重要となる。