演劇界に2.5次元ミュージカル市場を確立したネルケプランニング。若い女性層を中心に演劇ファンの裾野を広げ、次世代に向けた新たな挑戦を続けながら、今年創業30周年を迎えた。2016年から社長を務める野上祥子氏は、演劇を愛し、演劇界に変革を起こしてきた。聞き手=武井保之 Photo=逢坂 聡(雑誌『経済界』2024年7月号より)
野上祥子 ネルケプランニング社長のプロフィール
社長になってもプロデュース業は兼務
―― 1998年に入社され、2016年に社長に就任されました。これまでに手がけてきたことを教えてください。
野上 演劇の会社なので演劇にまつわることだけをやってきたと思われがちですが、当初はアニメの声優キャスティングを担当していました。
社内の独立した部署であるキャスティング部にて、TVアニメ『るろうに剣心』からスタート。キャストの声が合っているかだけでなく、アニメキャラクターの声になったときの芝居が映像を通して視聴者にどう伝わるかを重視したキャスティングを心がけていました。メディアは違っても演劇制作の延長に近い感覚の仕事でした。そこから、演劇の舞台制作における俳優キャスティングも仕事のひとつに加わりました。それがしっかりと確立したのが、後に2・5次元ミュージカルと呼ばれるようになる03年のミュージカル「テニスの王子様」(通称「テニミュ」)です。ほかに私が手がけてきた代表作には、ミュージカル「美少女戦士セーラームーン」シリーズ、ライブ・スペクタクル「NARUTO-ナルト-」、TVアニメ『テニスの王子様』、劇場版アニメ『雲の向こう、約束の場所』(新海誠監督)などがあります。社長に就いてからも、「テニミュ」は引き続きプロデューサーとして参加しています。
―― プロデューサーとしてヒット作を多く生み出してきて、創業者の松田誠さんに社長に抜擢されました。
野上 私は学生時代からずっと演劇をやってきて、演劇が大好き。加えて、いつも人をワクワクさせたり、驚かせたりしたいと思っています。それは演劇制作というエンターテインメントを発信していく会社において、とても大事なことです。松田とは長い付き合いですが、そういった部分がポイントになったと思っています。もちろん経営者としては、演劇のマネタイズや新規事業の収益化など企業としての利益拡大も大事な部分です。そちらのほうは学びながらですが、今のところ順調に成長路線を維持できています。
―― 22年7月からは、松田さんが会長を退任され、野上体制のネルケプランニング2ndシーズンとなる新たなスタートになりました。
野上 1人代表になり、やはり意識が変わりました。それまでは一生懸命に走ることだけ注力していましたが、明確なベクトルを示して先頭で旗を振り、社員がそこに向かって走れるように先導していかないといけない。先導するだけではなく、時には、温かく見守り、声をかけることも必要。ただ、1人ではすべてを担いきれないので、助け合いながらやっています。ネルケプランニングには明るく元気な社員が多く、私を含めて働く母親もたくさん在籍していますが、そういうことが性に合っている人たちが多いのだと思います。
社員はファミリーなんですよね。社長になってからはこれまで以上に、社員の幸せを長期的に持続させることを心がけるようになりました。幸せは連鎖していくから、発信するエンターテインメントにもつながり、お客さまも幸せになるはず。誰かの幸せのことばかり考えてしまいます。
―― 2・5次元ミュージカルのファンは女性が圧倒的に多いと思いますが、その制作会社の社員もやはり女性が多いのでしょうか。
野上 社員の約9割は女性です。もちろん男性も入ってきていますが、演劇というエンターテインメントを通して人を幸せにする会社のビジョンに共感する人に、女性の方が多いということはあるのかもしれません。
「テニミュ」初日は閑散。翌日から当日券に行列が
―― 創業から30年の歴史のなかでは、2・5次元ミュージカルを牽引し、いちジャンルとして市場に定着させた功績があります。
野上 2・5次元ミュージカルとは、漫画、アニメ、ゲームを原作とする3次元の舞台コンテンツの総称であり、歌があってもなくてもミュージカルと呼びます。海外制作の舞台は含まれません。03年の「テニミュ」以降、ファンの間で自然とそう呼ばれるようになりました。
あまり知られていませんが、それ以前にも『こちら葛飾区亀有公園前派出所』『赤ずきんチャチャ』など漫画原作の舞台はやっていましたが、「テニミュ」がヒットしてから、特に多く手がけるようになりました。
―― 漫画の世界観をそのままに俳優が歌って踊る舞台は、若い世代の女性層を演劇の面白さに目覚めさせました。
野上 「テニミュ」のお客さまには、中学生から高校、大学生と若い女性も多くいらっしゃいます。若いうちに劇場で芝居やミュージカルを体験するきっかけになったことで、劇場に行くと楽しい、夢中になれるものがあると気づいていただけたと思います。お客さまの人生の楽しみの選択肢に演劇を加えられたことは、ネルケプランニングの大きな功績のひとつ。演劇人口にその世代が増えたことの一端を担っているのではないでしょうか。
―― 「テニミュ」がそこまで大きなヒットになることを企画時から確信していたのでしょうか。
野上 これは、いろいろな要素が偶然重なったものだと思います。ラケットを振る動作が踊るように見えるのではないかという演出家のアイデアから、男の子たちの汗と涙と情熱のこもった白熱した試合と、歌って踊るミュージカルが完全にリンクする瞬間がありました。目の前で具現化された原作の世界観を見たお客さまに共感いただけたことが大きいと思います。
私はキャスティングに関わっていますが、もともと『テニスの王子様』のアニメをキャスティングしていて、作品そのものを深く理解していると自負していました。それで、有名無名を問わず、見た目も人間性も見たうえで、キャラクターの種を持っていて、そのすべてを背負ってくれる俳優を探しました。それぞれのキャラクターと一緒に歩む自信がある俳優を選んだつもりです。結果、自分の好きな作品に一生懸命向き合っている俳優に夢中になりたい、成長を見守りたいという気持ちがお客さまの中に生まれ、いわゆる〝推し〟をつくることにつながりました。
実は公演初日の客席はガラガラでした。しかし、お客さまの間で「面白い作品だから見たほうがいい」とあっという間に口コミが広がって、翌日から当日券売場に行列ができるようになり、噂が噂を呼んで千秋楽まで満席が続きました。そこから今年で22年目です。
―― 舞台には、漫画やアニメといったメディアとは異なる特有の引力があるように感じます。
野上 ライブコンテンツの強みですよね。演劇空間に身を置くことで熱量が伝わると、ステージから目が離せなくなります。チケット代も決して安くはないので、われわれはその価値以上のものを作らなければならないという気概もありますし、お客さまも心待ちにしていた作品がやっと見られるという期待に胸を膨らませて劇場にいらっしゃる。お互いの熱量がぶつかり合うことで夢中になるのではないでしょうか。
お客さまを単なる消費者として扱わない
―― ミュージカルのマネタイズ戦略を教えてください。
野上 興行は、劇場の客席数と公演回数、チケット代が決まっていてそれ以上にはなりませんから、配信やライブビューイング、マーチャンダイジングなどの二次利用が重要になります。かなり前からトライしていてコロナ禍以降に定着した配信は、公演初日、中日、千秋楽でアングルを変えるスイッチング配信もあれば、全公演配信することもあります。舞台は生き物とも言われるゆえんですが、公演ごとにニュアンスや雰囲気が違うこともあるので、お客さまから好評を得ています。海外向けの配信もこれからさらにトライしていきたいですね。世界中の人に見ていただけるように、グローバルプラットフォームとの連携も考えていきます。
ほかには、劇場で見るような迫力を映画館で作ることができるライブビューイングにも力を入れています。最近は応援してくれるテレビ局が多くなり、番組販売も増えています。
―― 二次利用もファンに喜ばれるサービスになりそうです。
野上 二次利用には、お客さまの痒いところに手が届くホスピタリティが必要です。お客さまを単に消費者として扱わない、というスタンスがないと良い関係性は構築できません。すべてがお客さまのワクワクにつながっていることを社員全員が理解していないといけない。一緒にエンターテインメントを作る仲間という意識をベースに持つことが大事です。
―― 次世代の演劇人口を増やすための取り組みを教えてください。
野上 たくさんの子どもたちに演劇に触れてほしい、一生の思い出となるようなモノに出会ってもらいたいという思いのもと始めた「WELCOME KIDS PROJECT」。子どもから大人まで全世代で楽しめる作品を企画するプロジェクトになり、小学校貸し切り公演のほか、早めの時間帯の公演など子どもが見やすいタイムテーブルの工夫をし、親子席やお子さまチケットを用意することもあります。演劇を見た後の子どもたちは、感じたことや気づいたことを率直に話していて、反応がすごく伝わってきます。いつか全国の小学校を回るツアーができたらいいですね。
―― 会社の持続と発展のために必要なことは何ですか。
野上 エンターテインメントで人をドキドキ、ワクワクさせたいという精神がずっと続くことだと思います。その気持を携えていないと100年企業にはなれない。チャレンジし続けることを忘れず、お客さまに寄り添ったエンターテインメントを提供していくことがすべてです。