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出版社が向き合うべきは人 集英社IP展開の現在と未来 廣野眞一 集英社

廣野眞一 集英社

グッズ化、アニメ化、映画化……。ライセンスビジネスについて語るとき、外せない媒体が「漫画」だ。中でも、かつて発行部数653万部を記録しギネスブックにも登録された「週刊少年ジャンプ」の掲載作品は、出版不況の今も人気を博し続ける。(雑誌『経済界』2024年7月号巻頭特集「IPが日本の生きる道」より)

廣野眞一 集英社社長のプロフィール

廣野眞一 集英社
廣野眞一 集英社社長
ひろの・しんいち 1956年、大阪府生まれ。早稲田大学卒業後、79年に集英社入社。広告部長、宣伝部長、コンテンツ事業部部長などを歴任。2013年役員待遇。14年取締役、16年常務取締役、19年専務取締役を経て、20年8月社長就任(現任)。

強みは圧倒的な作品力。ジャンプ作品の躍進続く

集英社提供画像 ハイキュー
集英社提供画像 ハイキュー

 2月16日に公開された映画『劇場版ハイキュー‼ ゴミ捨て場の決戦』の勢いが止まらない。公開から3日で観客動員数152万人、興行収入22・3億円のロケットスタートを記録し、本稿執筆時点(5月初旬)では観客動員数699万人、興行収入100億円を突破した。

 すごいのは、原作の連載が2020年7月で終わっていることだ。『ハイキュー‼』は「週刊少年ジャンプ(以下WJ)」にて読み切り版の掲載を経て、12年2月から20年7月まで連載されていた。原作が完結しているにもかかわらず、これほどの興収を上げたのは快挙だ 。今年はアニメ化10周年の記念プロジェクトも発足。映画公開以外に記念グッズの発売、展示会の開催などが予定されている。映画のヒットのおかげでプロジェクトの滑り出しは好調だ。

 「こうした根強いファンの方がたくさんいてくださることが、われわれとしてはとてもありがたいです」

 集英社の廣野眞一社長は、顔をほころばせる。

 「アニメや映画が好評だと、コミックスや関連書籍の売り上げにも跳ね返ってきます。原作漫画の価値も上がるので、 マルチで活発なビジネス展開は大歓迎です」(廣野氏)

 国内の出版社が持つIPの中でも、集英社が発行するWJ作品の展開は特に目覚ましい。米金融企業TITLEMAXが試算した世界のIP総収益ランキングでは、WJが341億ドルで9位にランクインしている。今年に入ってからも、1月に放送開始されたアニメ『マッシュル-MASHLE-』2期が話題を呼んだ。同作も、原作漫画の連載は昨年7月で終了している。しかし、ヒップホップユニットCreepy Nutsによるオープニング曲『Bling-Bang-Bang-Born』が国内外で人気を博したことも手伝って、アニメや原作漫画の認知度も大きく上がった。

 そもそもWJといえば、『DRAGON BALL』や『ONE PIECE』など、世代も国境も超えて愛されるIPを数多く世に送り出してきた漫画雑誌だ。廣野氏は、WJの強みを圧倒的な作品力だと評する。

 「まずは漫画として愛される作品でなければ、アニメにしよう、映画にしようなどと考えてくれる人も現れません。IPビジネスのノウハウよりも先に、作品そのものの強さがあるからこそ、その後の展開が生まれてきます」

 廣野氏は、1979年に集英社入社。宣伝部や広報部などを経て、社長に就任したのは、映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が公開される直前の20年8月のことだった。同作は、コロナ禍の劇場公開ながら異例の大ヒットを記録し、国内の歴代興収ランキング1位を塗り替えた。まさにIPビジネス黄金期に社長の座に就いたわけだが、現状に甘んじてはいない。廣野氏によれば、先代の堀内丸恵会長は、会社の持つ事業をよく「ぶどう畑」に例えるという。

 「今で言えば、『ジャンプ地方の実りがいい』ということになりますが、来年、再来年も豊作とは限りません。今後実りの悪い時期が来た時に備えて、常に他の何かを準備している必要はあると思います」(廣野氏)

コンテンツ事業部立ち上げの契機はONE PIECE展

集英社提供画像
集英社提供画像 ワンピース

 集英社の第82期(22年6月1日~23年5月31日)決算資料によると、「版権」の収入額は563億1100万円(前期比18・2%増)と大きく伸びている。この期間には、映画『ONE PIECE FILM RED』(23年1月時点で興収197億円)や、映画『THE FIRST SLAM DUNK』(23年末時点で興収158億円)が上映されるなど、日本のアニメ映画史の中でもメモリアルな記録が相次いだ。83期にあたる今期も、冒頭で挙げた『ハイキュー‼』新作映画のヒットなどが寄与し、版権ビジネスの売り上げは堅調と予想される。

 一方同社では、IP展開のもうひとつの形として、社内でも漫画や書籍といった自社コンテンツのイベント化、グッズ化などの企画・製作を行っている。廣野氏は2013年のコンテンツ事業部立ち上げに携わり、事業の基礎を作ってきたという。

 もともと同社宣伝部で、コンテンツのプロモーションイベントなどを無料で開催することはあったが、そこでマネタイズできるような取り組みはほとんど行っていなかった。契機となったのは12年に行われた『ONE PIECE』初の展覧会「尾田栄一郎監修 ONE PIECE展~原画×映像×体感のワンピース」だという。東京・六本木ヒルズの森アーツセンターギャラリーで90日間にわたって開催され、同ギャラリー開館以来最高記録(当時)となる51万3136人が訪れた。

 「入場料収入だけでなく、グッズも好評でした。もともとあったアニメのグッズとは別に、われわれが版権を持つ原作漫画のグッズを作ったのですが、これがファンの方に大変喜ばれたのです。このグッズは、後にJUMP SHOPやECサイトでも販売し、さらなる収入につながりました。この展覧会は朝日新聞さんと共同で主催したので、朝日新聞のノウハウを見て学ぶこともできました。当時ライツ事業部は既にありましたが、版権を売るだけではなく、今後こうして集英社で内製化してマネタイズすることもできるのではということで、コンテンツ事業部の立ち上げがともまりました」(廣野氏)

 時代とともにIP展開の需要も可能性も高まっている中、「社内でIPビジネスに関わる人が増えたことが一番の変化」と廣野氏は語る。

デジタル作品が増えても作品作りの根っこは不変

 ここまで集英社のIP展開について見てきたが、IPの生まれる環境はどう変化してきただろうか。

 再び同社の第82期決算を見ると、「雑誌」「コミックス」「書籍」といった紙媒体の売り上げは、どれも前期比で減少。しかし、「デジタル」の売り上げが15・8%と大きく増加したことで、紙媒体とデジタル合わせた「出版売上」全体の額は、前期比で5・6%増加している。紙媒体の売り上げ減少は、集英社だけでなく出版業界全体が直面する現状だ。その中において「デジタル」部門の健闘が、コンテンツを生み出す出版社としての価値を支えている。

 14年、デジタル発のヒット作品創出を目指してマンガ誌アプリ「少年ジャンプ+(以下J+)」が開始された。WJの電子版も取り扱うが、数多くオリジナル作品を生み出し、今年6月公開予定のアニメ映画『ルックバック』や4月に放送開始のアニメ『怪獣8号』、劇場版もヒットしたアニメ『SPY×FAMILY』等の原作漫画も、J+発祥だ。

 デジタルの才能を発掘することは、J+の狙いのひとつでもある。漫画投稿サービス「ジャンプルーキー!」で高い閲覧数を得た作家がJ+の連載権を勝ち取れる仕組みもあり、デジタル分野独自の新人発掘のエコシステムができているといえる。

 このようにIPの生まれる場所も多様になりつつある昨今だが、廣野氏は「紙のIPが強いことは今後も変わらない」と考える。

 「われわれの社内でIPをゼロイチで生み出しているのは、やはり紙媒体です。近年はボーンデジタルの人気作も増えていますが、作品作りの手段は変わっても、やはり紙がIPの塊であるということに変わりはないですし、面白いものを作るという根っこの部分も不変です」

 最後に、作家から作品を預かって展開していく出版社として担うべき役目について、廣野氏の考えを聞いた。

 「やはり出版社が、あるいは編集者が向き合うべきは『人』なんです。作品がアニメになったり映画になったりと姿を変えていくときに、作家さんがどう考えているかを、編集者が一番理解しないといけないですし、各方面に対して代弁していかなければならないと思います」