経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

ゴジラ展開の攻めと守り、その両輪がアカデミー賞に貢献

ゴジラヘッド

(雑誌『経済界』2024年7月号巻頭特集「IPが日本の生きる道」より)

ゴジラヘッド
新宿東宝ビルに設置されたゴジラヘッド

 今年3月、映画『ゴジラ-1・0』が米アカデミー賞視覚効果賞を受賞した。同賞受賞は日本の作品としては初めてだ。この快挙を東宝関係者および日本のゴジラファンが手放しに喜べたのも、約8年前の「英断」があったおかげだろう。

 1954年に『ゴジラ』第1作目が公開されてから2000年代まで、東宝はゴジラを使ったIPビジネスに大きな関心は示していなかった。東宝に限らず、IPビジネスという概念自体が日本に浸透していなかった時期のことだ。14年、米レジェンダリー・ピクチャーズによるモンスター・ヴァース版『GOZILLAゴジラ』が公開。この頃から東宝は、ゴジラの製作場所をハリウッドに移し、マーチャンダイジング権(商品化権)もレジェンダリー・ピクチャーズに売却してしまう。

 しかしこの『GOZILLA ゴジラ』が、全世界興収530億円を超える大ヒットを記録。東宝社内でも、これほどのヒットを生み出せるゴジラの権利を自社で管理していないことに対し、疑問の声が上がるようになる。

 そこで14年、東宝社内で「ゴジラ戦略会議(通称ゴジコン)」が発足。社内各所から精鋭社員を集め、ゴジラ関連ビジネスに集中させるための特別な部署だ。この時「ゴジラは東宝が世界に誇れる大切なIPだ」という発想が生まれた。

 そして16年、日本で製作した映画『シン・ゴジラ』も、国内興収で82・5億円の大ヒット。この勢いに乗り、ゴジラのマーチャンダイジング権の買い戻しに乗り出し、成功。満を持してゴジラを活用したIPビジネスに乗り出す土壌ができた。

 ライセンス事業の拡大、イベントの開催など、IPビジネスの文脈でゴジコンが果たしてきた功績は大きい。最高責任者であるCGO(チーフ・ゴジラ・オフィサー)の大田圭二氏は、本誌24年6月号の「#熱盛エンタメ」で、ゴジコンで取り組んだ新宿東宝ビル・ゴジラヘッドの設置について振り返っている。その名の通り、ビルのてっぺんからゴジラが頭を出しているオブジェだが、歌舞伎町の中心に位置していることもあり、インバウンドを中心に観光スポットとして大人気だ。これは直接マネタイズにはつながらないが、世界的なゴジラの知名度を上げ、日本のシンボルのひとつとしてゴジラを想起させる仕掛けにもなっている。東宝社内でも、事業の垣根をまたぐ新しい挑戦だった。

 こうしてゴジラをスクリーンから飛び出させ、さまざまな形で展開するにあたり、東宝社内には「ゴジラ憲章」というルールがある。詳しい内容は非公開だが、「ゴジラは圧倒的な生命力であなたの魂を揺さぶります」というスローガンの下、ゴジラの最低限のブランドを守りつつ育てていくための決まりだという。

 ゴジラヘッドの設置のように、社内外のあらゆる先入観を取り払ってゴジラを暴れさせる姿勢を「攻め」とすれば、ゴジラ憲章の制定は「守り」といえるだろう。この両輪が、ゴジラのクオリティを担保しながら、世界を驚かせる仕掛けを続けるためのバランスをとっている。そのブランド強化の積み重ねが、今回の米アカデミー賞にもつながった。

 このゴジラの事例は、日本がこれからあらゆるIPを世界に羽ばたかせていくにあたり、最高のお手本となるはずだ。