パナソニックホールディングスの楠見雄規社長は5月21日、本誌などの共同インタビューに応じた。そこから伝わってきたのは、なかなか上がらない収益性に対する強い危機感だった。社長就任から3年。なぜ低迷が続くのか。楠見社長の発言を再構成してお届けする。構成=関 慎夫(雑誌『経済界』2024年8月号より)
楠見雄規 パナソニックホールディングス社長グループCEOのプロフィール
EVは減速でなく巡航速度に戻った
5月に発表した前3月期決算で、パナソニックは過去最高の最終利益を上げた。しかしその実態は為替差益や液晶事業解散の一時益によるもので、テスラ向けなどに提供し成長エンジンと位置付けている車載電池が伸び悩むなど、苦戦している。しかもEVの減速が顕在化しているだけに、今後の成長にも陰りが生じている。
「これまでEVが爆発的な成長を続けてきたのは、私から言わせれば少しバブリーなところがあったと思います。パナソニックはEVに車載電池を提供していますが、では私自身がEVに乗っているかというと、実はプラグインハイブリッドに乗っています。今の段階のバッテリーEV(BEV)には充電インフラが十分には整っていないため、遠出をした時に不安になるなど、いろんな課題があります。カリフォルニアあたりではスーパーチャージャーという高速充電装置が普及し始めていますが、どこに行ってもそれがあるという状況にならないとBEVに爆発的に切り替わることはないと思います。ですから今の状況は減速したとか伸び悩んでいるというよりも巡航速度に戻ったという印象です」
課題は車載電池だけではない。これまで安定的に利益を出すキャッシュカウとして他の事業への資金供給役を果たしてきた、くらし事業(家電部門)も営業利益率3・5%と低収益に陥った。
「くらしアプライアンス社全体で見たら、そこそこ収益を出しています。ただし事業別に見ると、調理家電が期待ほどの収益を出していない。あるいは成長領域として位置付けている空質空調もそう。特に空質空調は規模も大きいだけに、この収益性を回復するということが非常に大きな課題になります。7月1日付でくらしアプライアンスの社内分社である空質空調社のトップを交代しますが、これも収益課題を鑑みてのことです」
かつて「家電の王様」といえばテレビだった。しかしパナソニックのテレビ事業は、プラズマディスプレー戦略のミスによって大赤字を計上。今も苦戦が続く。そのためテレビ生産から撤退し、他社からOEM供給を受けるとの観測も出ている。
「テレビ事業についてですが、他社が生産したものをパナソニックの名前で販売する方法もあるわけです。ただパナソニック製品だけを取り扱っていただいている専門店さんの中で、テレビ販売の占めるウエートはけっこう高い。専門店のみなさんは価値ある商品を販売しようと取り組んでおられる。そしてパナソニックのテレビにご期待いただいている。そうである以上、テレビを含む家電のフルラインアップというのは維持していくべきだと考えます。その上で、収益性をどう維持するのか。事業構造をどう変えていくかが問われます。そうやってせめて赤字は出さないようにする。でもやることをやって、さらに赤字が続くようであれば、もう一歩踏み込むことも必要になってきます。
いずれにしても家電全体の戦略の中でバランスを取っていくわけですが、テレビだからといって聖域化するつもりはありません」
上に言われたことをやることが目的化
前期の売上高は8兆4964億円。過去に何度も10兆円へのチャレンジを表明したが、一度も達成できていない。振り返ればバブル経済崩壊からの30年以上にわたり、パナソニックグループはあまり成長していない。その原因はどこにあるのか。
「当社が30年間、成長してこなかった理由は上意下達にあると思います。これだけ販売する、これだけ利益を上げると上から言われ、それが目的化してしまっていた。当社の存在する意義は、お客さまへのお役立ちを通じて、お客さまに喜んでいただき、適切な利益を頂くということ。ここからかけ離れてしまっていた。
特に事業環境が厳しくなれば、事業部長は営業利益などの目標ばかりを追いかけてしまう。そういう時代が長く続いた結果、現場の人たちは言われたことをやるだけになっていた。本来であれば、自分で考えて改善に次ぐ改善を行うべきなのに、その日に作らなければいけないものだけを作るというようになってきて、上から言われたことをやるのが仕事だという大きな誤解が生まれてしまう。
経営の基本的な考え方は、社員一人一人が任務を遂行するためにより良い方法、より良い手段を生み出して、積極果敢に挑戦してより大きな成果を生むこと。これを当社では自主責任経営と創業者の時代から言っていますが、これを取り戻す必要があります。
そうしたことを変えていくには、人事施策も見直す必要があるかもしれません。例えばコミュニケーションの在り方をどう変えていくべきなのか。上意下達で言われたことだけやってきたのを評価されて課長や部長になった人たちも相当数います。自主責任経営を徹底した時のコミュニケーションは当然違ってくるけれど、彼らはそのやり方を知らない。でもここは変わってもらわなければいけない。ですからミドルマネージャーに対する施策が必要になってくると思います」
津賀一宏前社長の時代、家電のパナソニックからB2Bのパナソニックに生まれ変わると宣言。さらには構造改革を行い膿を出しきったはずだった。しかしいまなお低収益から脱しきれない。
「津賀社長の時代に構造改革に取り組んだおかげで、構造的な問題のある事業はかなり減っています。ただし利益が出ていないわけではないけれど、競合他社に比べて利益は劣っていないかどうか、そういう目線で見る必要があります。営業利益率5%という目標を立てたけれど、なかなかそこに到達しない。その場合、ほんとに思い切った手を打ってエグゼキューションしたかというと必ずしもそうではない。低収益というのは経営が悪いと断じざるを得ない。本来の経営のやり方をきっちりとやっていれば、業界でトップ水準の利益を出して当然です。
われわれは経営は事業部制で成り立っています。ただしひとつの事業部の販売規模が、東証プライムに上場している企業ぐらいの大きさがあるものもある。ですから事業部長には、上場企業の経営者並みの意識を持って経営してもらわなければ困ります。それを徹底するということを、内部にも外部にもコミットメントとして発信したわけです」
これまでしなかった「クールな決断」
共同インタビューに先立つ5月17日、楠見社長はグループ戦略に関する会見を開いたが、その中で危機感という言葉を使っていた。そしてこの共同インタビューの中でも何度となく危機感を口にしている。
「製造であれ、営業であれ、最前線の現場では変わりつつあると手応えは感じています。ただそれが数字に結び付いていない。その根本的な課題が何かというと、やはり危機感のなさだと思います。
私が入社した当時(1989年)の松下電器は、競合に負けているというだけでものすごい危機感を持っていた。ところが今では赤字でなければいい。そんなふうになってしまっている。なぜそうなったか、突きつめて考えていくと、前任者を否定するつもりはないですが、ハードルを越えられなかった事業に対して、クールな判断をしてこなかったのではないかと。これは単に事業を売却するというだけでなく、悪い部分に思い切って手を入れる、根本的に変えるということをやってこなかった。極端に悪いところに対しては、いろんな手を打ってきましたが、中途半端に悪い事業、利益は出ているけれど競合には負けている事業に対しては、あまりやってこなかった。
もちろんメスを入れようとすれば社内の反発も出てきます。これまでこのやり方でやっていたのに、なぜ今頃そんなことを言うのかと。昨日も事業部の下にあるビジネスユニットの商品を担当する責任者を集めていろいろ話をしたのですが、質問も何も出てこなくてシーンとしている。これを変えたい。特に経営責任を負う人たちは、大切な人とお金を預かっている。この人たちの危機感の欠如はあってはならない。それなのに社外取締役の方からも危機感がないのでは、とのご指摘を受けたりする。ですから健全な危機感を復活させなければなりません。そのためにも言うべきところには厳しく言っていく。これを徹底させます」
業績低迷は株価にも反映されている。パナソニックのPBR(株価純資産倍率)は1倍を下回る。つまり時価総額が会社の解散価値を下回っている。それだけ投資家から厳しい視線を向けられているということだ。
「昨年のこの場でギアチェンジをすると言い、実際やってきました。ただ投資家の方などが期待する収益性になかなか近づかない。それがPBR1倍割れにもつながっています。1年前の5月の株価は1500円前後。それが6月に1800円になりましたが、これは車載電池への期待が反映されたためで、PBRも1倍以上になりました。しかしその後株価は戻り、PBRも現在0・7倍前後。この状況は何が何でも脱しないといけない。そのためにもそれぞれの事業がそれなりの収益を上げて全体の収益も上げていく。そこでこれまではキャッシュフローを増やすことを目指して経営してきましたが、今期からはROIC(投下資本収益性)を重視する。事業別WACC(加重平均資本コスト)3%以上を超えるROICを、全事業で目指します」