損害保険ジャパンが揺れている。中古車販売ビッグモーターの自動車保険金不正請求問題や企業向け保険料を事前調整していたカルテル疑惑など、企業体質の変革を迫られる事態が続く。2月1日、同社の社長に就任したのは石川耕治氏。社長として、第2の創業のつもりでカルチャー変革に挑むと意気込む。聞き手=和田一樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2024年8月号より)
石川耕治 損害保険ジャパン社長のプロフィール
根本的な組織の体質改善は腰を据えて取り組む
―― ビッグモーター問題、カルテル疑惑と、課題山積の中での社長就任となりました。率直な感想はいかがでしょうか。
石川 社長就任は今年の2月1日ですが、昨年9月8日に副社長に就任しました。その時点で、当時の白川義一社長は辞意を表明していましたので、私が責任をもって信頼回復に取り組まなければならないと腹をくくっていました。ですから、正式に社長になり改めて責任の重さを痛感していますが、私の中の覚悟は以前から固まっていました。副社長として、そして社長として課題に向き合う中で、損害保険ジャパン(損保ジャパン)をもう一度信頼される会社にしたい。そして、約2万1千人の社員が誇りをもって働ける会社にしたいという思いを強くしました。第2の創業だという覚悟でやり抜く所存です。
―― しかしトップがどれだけ覚悟を決めても巨大組織の体質改善は難しそうです。何が成否を分けると考えていますか。
石川 たしかに2万人以上の組織ですから、急に舵を切っても慣性の法則のように進んでしまってなかなか方向転換がうまくいかないという可能性はあると思います。ですから、ひとつポイントになるのは焦らないことだと考えています。もちろん、金融庁に提出した業務改善計画はすぐに実行すべきものですから、それは徹底的に大至急やります。ただ、根本的な組織のカルチャー変革は、じっくり腰を据えて取り組むことが勘所だと思います。
損保ジャパンを生まれ変わらせるべく、業界問わず全国さまざまな企業に信頼回復の取り組みについて話を聞きに回りました。その中で共通して言われたのは、企業文化、カルチャーの変化は焦ってはいけないということでした。3年、5年、場合によって10年かかる。それが組織のカルチャー変革だと、アドバイスを頂きました。
―― 時間をかけて本質的なカルチャー変革に挑むとのことですが、日々のオペレーションも並行しています。同様の問題が生じないためにどのような対処を考えていますか。
石川 まず、社外の調査委員会からも指摘された通りですが、一連の問題の原因を端的に表現すれば、営業を優先しすぎたカルチャーです。そして、私の問題認識としては、経営と現場の距離が遠くなっていたことにも原因があると考えています。経営陣は現場の状況を把握せずに経営判断をし、現場も経営陣の意図を腹落ちさせる余裕がありませんでした。
この距離感を近づけることで、経営陣も現場も誤った判断を減らせるはずです。そのための第一歩として、社長着任以降、すぐに全社向けにタウンホールミーティングを実施したり、2週間に1度はネットワーク放送を活用して国内全社員に向けて損保ジャパンの現状や課題、今後の方向性を発信したりしてきました。その中身に関して社員から意見が寄せられることも多く、無記名で3千件、記名でも500件ほどの現場情報が集まってきました。すべてに目を通して、経営戦略を修正したり現場への通達方法を工夫したりしています。
―― 社長の発信に対するコメントですから、どうしてもきれいな意見が集まりそうな気がします。
石川 経営層に上がってくる情報はリアリティが損なわれているというのはよくある話なのかもしれません。われわれも現場の声をリアルに吸い上げようと、「SJ-RどろたまBOX」という目安箱のような場所をオンライン上に設置しました。「どろたま」とは、泥のついた玉ねぎの略称です。ここでいう泥とは、現場情報や社員のアイデア、あるいは芳しくない情報だったりします。現場の声を〝泥〟がついたまま投げ込んでもらうのが、どろたまボックスです。
これはイメージの話ですが、泥のついた玉ねぎは現場の担当者、課長、部長、エリアの担当役員と上がっていく間に、泥が落ち、薄皮が剥かれ、どんどんきれいになってしまいます。すると、その担当役員はピカピカの玉ねぎを材料にオペレーションしているわけですから、どうしても実態とズレてしまう。さらにそれが新宿の損保ジャパン本社に運ばれてくると、そこでもさらにきれいになってしまって、玉ねぎがもはやらっきょうサイズになってしまったりします。それぐらいの情報量では正しい経営判断はできません。どろたまボックスには、4月中旬までに350件くらいの泥のついた玉ねぎが投げ込まれました。現場ならではのアイデアや会社への熱い思いなど、これまで集約できなかったリアルな情報が集まっています。やはり現場に解はあるのだと、痛感しているところです。
90年代前半に立ち上がった「地球環境室」
―― 組織の立て直しに注目が集まりますが、社長としては事業を成長させることも重要です。社長像として参考にする人などいますか。
石川 私が前身の安田火災海上保険に入社したのは1991年です。以来、本当に個性的で印象深い社長ばかりでした。ただ、中でも印象的なのは入社時に社長を務めていた後藤康男さんです。入社して間もなく、新人が集まる研修所のトイレで「いっぱい本を読め」といきなり声をかけられました。その瞬間は誰か分からなかったのですが、後に社長だと気が付いて驚きました(笑)。
後藤さんは93年まで社長を務めたのですが、「地球環境室」という組織を立ち上げて真剣に地球環境について考えていました。当時は、どうして保険会社なのに地球環境なのだろうと不思議に思っていましたが、こうしてSDGs全盛の時代を迎えて先見の明に驚くばかりです。現代はVUCAと呼ばれるような予測が困難な時代ですが、当たるか当たらないかは別にして会社の将来に向けたストーリーを語ることが経営者として重要なのだと感じます。必死に足元のカルチャー変革を成し遂げて、その先には「損保ジャパンがあってよかった」と言ってもらえるような、社会的な存在意義の大きい会社にしたいと思っています。それが私の描く未来の損保ジャパンの姿です。