経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

京都のオーバーツーリズム問題。打開策は酷暑の夏にあり

鴨川沿いでひときわ目立つ洋館、東華菜館

国内外からの観光客でにぎわう京都。ホテルの客室稼働率は、既にコロナ禍前を上回る。しかし一方で、オーバーツーリズムが問題にもなっている。この問題を解消し、利益を最大化させるカギは、真夏の観光にある。30年にわたり京都観光の旗を振るJR東海の取り組みを追った。文=小林千華(雑誌『経済界』2024年9月号より)

酷暑酷寒の時期を活用し観光客を分散

 国内屈指の観光地である京都。社寺など日本文化が感じられるスポットが多いことから訪日外国人観光客の人気が特に高く、国内からも旅行客の多い地域だ。京都市の調べでは、2022年の同市の観光消費額は1兆179億円。観光が地域経済を支える重要な要素なのは間違いない。

 その一方で近年叫ばれるのが、オーバーツーリズム解消の必要性だ。この後、1993年に開始されたJR東海のキャンペーンについて取り上げるが、京都府内への年間観光客数は、93年当時は5708万人、コロナ禍前の2019年では8791万人に増え、22年では6668万人に戻った。公共交通機関は既に飽和状態で、主要な観光地を巡れる路線バスの混雑や道路の渋滞、地域住民がバスに乗れなくなるなどの問題が起きている。

 京都市もこの問題を受け、公共交通機関の利用を分散させるべく、昨年9月、「バス1日券」の販売を停止。新たに今年6月から「地下鉄・バス1日券」の販売を開始した。その他にも、特に人気のある観光スポットにのみ停車する「観光特急バス」の運行を開始するなど対策を講じている。

 京都近辺は盆地地形のため、夏は暑く冬は寒い「酷暑酷寒」の気候が特徴。本稿執筆時点(7月上旬)時点で、京都市内では既に、最高気温35℃を超える「猛暑日」が続いている。国内外から多くの観光客が訪れる京都だが、こうした気候の影響もあって、観光客は特に、春と秋に集中する。京都市観光協会の調べによると、市内の主要ホテルの客室稼働率は、昨年10、11月、今年3~5月ではいずれも80%台を記録している。これに対し、昨年7、8月、今年1、2月は60%台だ。

 そんな中、既に人気の高い春や秋だけでなく、酷暑の夏にもうまく観光客を分散させることが、京都の観光界が抱える課題の解決策にもなるはずだ。

JR東海が打ち出す「夏に訪れたくなる京都」

鴨川沿いでひときわ目立つ洋館、東華菜館
鴨川沿いでひときわ目立つ洋館、東華菜館

 東海道新幹線を運営し、京都への観光客の移動を支えるJR東海は、キャンペーン「そうだ 京都、行こう。」で、四季折々の京都を楽しめるプランを打ち出してきた。1993年、平安建都1200年を前に開始し、昨年秋で30周年を迎えた。

 この夏は、30周年を迎えて初めての夏。「京都がくれる癒し」をテーマに、5月30日からキャンペーンを開始した。これまでは、主に一つの社寺を取り上げる形をとっていたが、今夏は、複数の寺院や街角のカフェ、レストランなど、さまざまなスポットで感じられる癒しをプランに反映している。

 既に女優・安藤サクラさんが「旅人」として出演するCMやポスターが放送・掲出されている。30年の歴史の中で、ナレーションで旅人の声のみが広告に登場することはあったが、姿が登場するのは初めて。安藤さんも、旅人らしく風景の中に溶け込めるよう気を配って演じたという。

 JR東海の担当者は、「30周年の夏ということで約1年かけて、どんな時間が癒しになるか、担当者同士で議論してきた」と語る。暑さの厳しい時期でも訪れたくなるようなスポットの選定にも意識して取り組んだという。実際、今回プランに盛り込まれているスポットには、夏の京都ならではの良さを体感し、厳しい暑さをしのぎながら観光するための工夫がみられる。

 例えば、鴨川沿いの洋館・東華菜館。京都では、川岸にせり出した桟敷でお酒や料理を楽しむ「納涼床」が夏の風物詩だ。この東華菜館は、約100年前に建てられたスパニッシュ・バロック式の洋館で、鴨川の流れを見ながら本格北京料理を楽しむことができる。和の印象が強い京都では稀有な空間ながら、京都らしさも同時に感じることができる。

 また、多くの人が京都観光の第一目的とする寺院についても、蓮華寺、東福寺のように、初夏の新緑や、真夏の鮮やかな自然を眺められるスポットを、プランに組み込んでいる。どちらの寺院にも深い歴史があり、仏教の教えを体感できることはもちろんだが、それに加えて暑さの体感を和らげ、癒しをもたらす風景を有する寺院を選ぶことで、夏にこそ訪れたいと感じさせる工夫を凝らしている。

 その一方で、寺院によっては定員制の貸し切り拝観・見学プランを設けたり、京都市などと連携を図り、地下鉄の利用を促進したりと、さらなるオーバーツーリズムを避けるための取り組みも行っている。JR東海の担当者によれば、首都圏から京都駅間の新幹線利用を含む旅行商品の利用客は、2009年度からコロナ禍前の18年度にかけて、1割以上増加したという。コロナ禍が終わり、再び国内外から観光客が戻ってきつつあることは同社にとって喜ばしいことでもあるが、それが地域にもたらす懸念を解消し、観光客にとっても快適な旅を実現できるような策を講じながら、今後もプランを練っていくという。

 観光客の増加は地域の懐を潤すが、その結果、地域住民の暮らしが損なわれては意味がない。利益の最大化を目指し、地域住民にも観光客にも過ごしやすい京都を実現するため、「酷暑の夏」を生かす策がどう効果を発揮するのか、注目される。