経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

悪い奴らに気をつけろ 活況の裏側でトラブル続発 荒井邦彦 M&A仲介協会

荒井邦彦 ストライク

(雑誌『経済界』2024年11月号巻頭特集「あなたの会社は誰が継ぐ?」より)

荒井邦彦 M&A仲介協会代表理事のプロフィール

荒井邦彦 ストライク
荒井邦彦 M&A仲介協会代表理事
あらい・くにひこ 1970年、千葉県生まれ。一橋大学商学部卒業後、太田昭和監査法人(現EY新日本有限責任監査法人)入社。財務デューデリジェンス、株式公開の支援などの業務を経験。97年、ストライクを設立。2016年6月に東証マザーズに上場し、翌年6月に東証一部(東証プライム市場へ市場変更)に上場。一般社団法人M&A仲介協会の代表理事。

 これだけ活況のM&A市場だから、参入する事業者も増える。中小企業庁のM&A支援登録機関は約3千機関に達した。しかも、8割ほどが2020年代に設立された事業者だとされる。数が増えれば、一定数は質の低い事業者が紛れ込む。

 24年に入り、大手新聞などで悪質な買い手の事例が盛んに取り上げられるようになった。M&Aに際し、元オーナーの経営者保証を解除せず、M&A成立後に会社の資産を巻き上げる。そして最後は行方をくらましてしまう。元オーナーの手元には債務の個人保証だけが残る。

 中小企業の経営者が金融機関に融資を申し込む際、経営者個人が弁済の義務を負う経営者保証を要求されることが多い。一般的には、M&Aにあたって元オーナーの経営者保証は外れるのが筋だ。しかし、現実的にはM&A実行と同時に経営者保証が解除されないケースも存在する。買い手の信用力が低く金融機関がそれを認めない場合もある。結局、悪質な買い手は経営者保証を外すと約束しておきながら、資産を吸い上げたら逃げてしまう。トラブルを防ぐために、事前に金融機関に話をしておきたいが、それが難しい場合もある。例えば、メインバンク以外の銀行とM&Aの相談をしている場合、メインバンクの耳に入れば関係が不安定にもなりかねない。M&Aを検討していること自体が、メインバンクにネガティブに捉えられることもある。そうした事情もあって、融資を受けている金融機関に声をかけるのを後にする事例もあるのだ。

 ただ、グループ内の資金の有効活用などを目的にグループ会社内で資金を一括管理する行為自体は珍しいことではない。問題はそこに悪意が介在するケースが存在することだ。そして、悪意を見破ることが難しいから厄介だ。

業界でナレッジを共有し問題に取り組む

 中小企業が安心してM&Aに取り組める環境を整備することを目的に、21年10月にM&A仲介協会が立ち上がっている。悪質なケースが目立ち始めた状況に協会はどう対処していくのか。代表理事の荒井邦彦氏(ストライク社長)に聞いた。

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荒井邦彦 M&A仲介協会代表理事

あらい・くにひこ 1970年、千葉県生まれ。一橋大学商学部卒業後、太田昭和監査法人(現EY新日本有限責任監査法人)入社。財務デューデリジェンス、株式公開の支援などの業務を経験。97年、ストライクを設立。2016年6月に東証マザーズに上場し、翌年6月に東証一部(東証プライム市場へ市場変更)に上場。一般社団法人M&A仲介協会の代表理事。

市場が拡大するにつれて、新規参入が増えてトラブルも生じるようになるのは、あり得ることだと予見はしていました。しかし、同じM&A仲介業者の看板を掲げる以上、老舗であるか新規参入業者であるかは顧客には関係のないことで、業界としてナレッジを共有し問題に取り組む必要があると考えています。

 特に注目を浴びている悪質な買い手問題については、悪質な買い手企業をリスト化し、会員間で共有するようにしました。10月1日から運用を開始し、被害の抑制に役立てていきます。

 悪質な買い手についてはいくつか特徴的な行為を想定しており、該当する事業者は通報するように会員に呼びかけています。根絶に向けて絶えず対処を続けていくことが重要だと考えています。

 また、そうした悪質な買い手に対処するのはもちろん、仲介会社としても、より安心してM&Aに取り組めるように改善を続けていきます。例えば、M&A仲介業者は買い手と売り手の双方から仲介手数料を頂きます。かねてから、これが利益相反にあたるのではないかと指摘を受けていました。手数料がブラックボックスになっていると、実際に利益相反を引き起こす可能性は高まります。

 例えば良い売り手企業が現れた際に、買い手企業が仲介業者に対し「他社にこの売り手を紹介しないでほしい、代わりに通常の報酬に上積みして報酬を支払う」というケースもあると聞いています。これは明らかな利益相反行為です。本来は売り手が受け取るべき譲渡対価を仲介業者が上積み報酬という形で受け取ってしまっている点で売り手の利益を害していますし、報酬を増額した買い手候補以外へのマッチングの機会を奪ってしまっているということも利益相反に当たります。そこで、9月に自主規制ルールを改定し、買い手と売り手から受け取る報酬を、双方に説明するよう会員企業に義務づけました。

 人口減少と高齢化が続く日本で、経営者も高齢化し後継者も不足しています。これまでと同じ企業数は維持できません。経済活動を停滞させないためにもM&Aは非常に重要です。また、中小企業のオーナーはM&Aの専門家ではありませんし、現実的には顧問弁護士を雇う余裕がない企業もあります。ですから、仲介業者には高い次元の倫理感も求められます。

 今後はアドバイザーの資格制度を導入するなど、より適正なM&A市場であるべく協会としても取り組みを続けていきます。(談)

文・聞き手=和田一樹