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ヨーカ堂大量閉店に買収提案 セブン&アイの内憂外患

セブン&アイ・ホールディングス本社

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セブン&アイ・ホールディングス本社

最近、ニュースでよく、イトーヨーカ堂店舗の閉鎖が報じられる。慢性的な赤字体質に陥り、大量閉店に踏み切ったためだ。その一方、親会社のセブン&アイ・ホールディングスは、カナダのコンビニ大手から、買収提案を受けている。セブン&アイの内憂外患は今後も続く。文=ジャーナリスト/下田健司(雑誌『経済界』2024年11月号より)

世界73位が15位相手に小が大を飲む買収提案

 セブン&アイ・ホールディングスはカナダのコンビニエンスストア大手アリマンタシォン・クシュタールから買収提案を受けたが、今後の行方が見通せなくなっている。8月19日に買収提案を受けたことを明らかにしたセブン&アイは9月6日、提案を拒否すると回答したと発表した。しかし8日、アリマンタシォンはこれを遺憾としたうえで、買収意欲を再表明したのである。

 セブン&アイは公表した回答書簡の中で、買収額が1株14・86ドルで、全株式を現金で取得する提案だったことを明らかにした。1ドル150円弱換算で買収総額は6兆円規模になるが、企業価値を「著しく過小評価している」とした。

 セブン&アイの2024年2月期売上高は11兆4717億円。アリマンタシォンの24年4月期売上高は692億ドル(約10兆円)でセブン&アイとほぼ同規模だが、アリマンタシォンはガソリン販売事業が約75%を占め、コンビニ事業は約25%にすぎない。海外のコンビニは日本と異なり、ガソリンスタンド併設が多いからだ。

 コンサルティング会社デロイトトウシュトーマツ調査の「世界の小売業ランキング2023」によると、ガソリン販売を除いた物販の売上高は、セブン&アイは15位、アリマンタシォンは73位につけている。

 アリマンタシォンはカナダに本社を置く企業で、1980年にコンビニ1号店を出店し、「クシュタール」ブランドで店舗数を増やしていった。積極的なM&Aで知られ、これが成長の原動力となった。2001年に米国に進出すると、03年には「サークルK」の運営会社を買収。17年には米国の中堅コンビニを取り込んだ。北米だけでなく欧州にも進出し、約30の国と地域に1万6千店舗超を展開する。

 アリマンタシォンの買収提案に対し、セブン&アイは、取締役会議長であるスティーブン・ヘイズ・デイカス氏を委員長とする独立社外取締役のみで構成される特別委員会で検討してきた。

 セブン&アイのこの対応は、経済産業省が23年に発表した「企業買収における行動指針」に沿ったものだ。指針は企業価値を高める買収を妨げないためのものだ。経営支配権を目的とした買収提案は取締役会に付議または報告するよう求めており、買収提案には真摯な検討が必要としている。

 アリマンタシォンは提案を拒否されても買収意欲を失っていない。両社が合意に至らなかった場合、アリマンタシォンが敵対的TOB(株式公開買い付け)に出る可能性もある。 ただし、セブン&アイは、外資による日本企業への出資を規制する外国為替及び外国貿易法(外為法)の対象となっている。出資規制は技術流出や軍事転用を防ぐのが目的で、武器、宇宙、原子力、電力などが安全保障上重要な業種として指定されている。外資が指定業種の株式を1%以上取得する場合、事前に届け出て審査を受ける必要がある。

 小売業は指定業種に含まれないが、セブン&アイが対象となっているのは、グループに金融や警備事業などを手がけているからではないかと見られている。

 国は、審査で安全保障上問題があるとされれば、買収中止や株の売却を勧告・命令できる。セブン&アイの独立社外取締役による特別委員会で買収提案を検討しているが、国の審査が影響を与える可能性もある。

アリマンタシォンは21年にフランス小売大手カルフールに買収提案をしたが、食料安全保障の点から反対したため最終的に買収を断念した。

アリマンタシォンとの20年にわたる確執

 アリマンタシォンは、セブン&アイの前に突如として現れたわけではない。アリマンタシォンはセブン&アイに対して05年、20年にも買収提案をしていたとされる。

 05年はSEJが米セブン-イレブン・インクを完全子会社化した年だ。

1980年代後半に経営危機に陥った、セブン-イレブンの本家である米サウスランド社は、日本に支援を求めた。これに対しイトーヨーカ堂とSEJは91年にサウスランド社株式の7割を取得し再建に乗り出した。

 SEJ流のコンビニ運営方式が持ち込まれ、業績が回復していったサウスランド社は99年に社名をセブン-イレブン・インクに変更し、ニューヨーク証券取引所に再上場した。そして2005年にSEJの完全子会社となったのである。

 これを機にSEJは、市場が細分化され成長余地の大きい米国でのコンビニ事業強化に乗り出す。得意とするファストフードの品揃えを増やすほか、5〜10店舗規模の中小コンビニの買収や他業態からのセブン-イレブンへの看板替えを進めていった。

 18年1月には、米国の中堅コンビニ、スノコLP(テキサス州)からガソリンスタンド併設型コンビニ1030店舗を取得した。取得価額は31億ドル(約3450億円)。セブン-イレブンは米国コンビニ市場で店舗数首位だったが、この買収で店舗数は1万店弱に拡大し、2位のアリマンタシォンとの差を広げた。

 さらにアクセルを踏み込んだのが、210億ドル(約2兆3千億円)を投じた買収だ。セブン&アイは20年8月、米石油精製会社マラソン・ペトロリアムから、約3900店を展開する米国コンビニ3位のスピードウェイ(オハイオ州)を買収すると発表した。2月にいったんはスピードウェイ買収で独占交渉に入り、約220億ドルを提示したが、価格面で折り合わず断念していたが再交渉の結果、買収を成立させた。

 20年にアリマンタシォンが買収提案を行ったとされるのは、まさにこのときだ。スピードウェイ買収を巡っては、アリマンタシォンも入札に参加していたと報じられている。

3位のスピードウェイを買収することで、セブン-イレブンは2位のアリマンタシォンを大きく引き離すことになった。

 拡大路線はまだ続く。市場シェアを高めて北米市場での成長を加速していこうと、24年1月には、スノコから追加で204店舗を9億ドル(約1370億円)で取得すると発表した。

 セブン&アイは米国だけでなく、アジア、オセアニア、欧州、中南米など、30年までに30の国・地域に10万店を出す方針を打ち出している。

 米国で7千店舗規模の店舗数を持ち、約30の国と地域に店舗を展開するアリマンタシォンにとって、セブン&アイは強力なライバルでもあるが、豊富なM&A経験を持つ点からは買収の対象と捉えて機会をうかがってきたのだろう。

 ただ、買収が実現するには、米国の規制もクリアする必要がある。米国コンビニ店舗数は、セブン-イレブンが1位で、アリマンタシォンが2位。両社のシェアを合わせると10%を超える。そのため米独占禁止当局の連邦取引委員会(FTC)が買収に異議を唱える可能性があるのだ。

 実際、セブン&アイによるスピードウェイ買収の際には、21年5月に買収は完了したものの、FTCから反トラスト法(独占禁止法)に違反すると指摘され、命じられた293店舗の売却に応じた経緯がある。

イトーヨーカ堂を巡る。アクティビストの攻撃

 アリマンタシォンから買収提案を受けた背景には、かねてより指摘されてきたセブン&アイのコングロマリット・ディスカウントの構造がある。シナジーを生まない低収益事業によって株価が割安に評価されているというのだ。株価が割安だから買収の標的にもなりやすい。アクティビスト(物言う株主)と呼ばれる投資ファンドからは再三にわたり、イトーヨーカ堂の切り離しなどの構造改革を求められてきた。

 古くは15年に米投資ファンドのサード・ポイントからイトーヨーカ堂の分離を求められた。16年に、お家騒動から鈴木敏文会長(当時)が退任し、サード・ポイントが支持する井阪隆一氏が社長に就いた。井阪社長はイトーヨーカ堂の切り離しではなく、不採算店舗の閉鎖、人員削減、自社運営アパレルの縮小などイトーヨーカ堂の構造改革を推し進めていく。しかし、イトーヨーカ堂の業績が持ち直すことはなかった。

 記憶に新しいのは米投資ファンドのバリューアクト・キャピタル・マネジメントとの攻防がある。バリューアクトは22年に入り、百貨店のそごう・西武の売却、イトーヨーカ堂の切り離しを求めた。セブン&アイは22年春からそごう・西武の売却に動き出すが、イトーヨーカ堂については構造改革を続行しグループ内にとどめることを表明した。

 さらに23年になると、バリューアクトはセブン&アイ井阪隆一社長の退任を含めた取締役選任案を提案した。総会で提案は否決、会社側による取締役選任案が可決され、井阪社長は続投することになった。

 一連の攻防のなかで、セブン&アイは総合小売の看板を下ろし、食を中心にした小売グループを目指すとし、イトーヨーカ堂の自社運営アパレル事業からの撤退、店舗閉鎖、首都圏への集中などを打ち出した。

 イトーヨーカ堂は、セブン&アイ傘下の首都圏食品スーパー、ヨークの吸収合併(23年9月)、地方店舗の他社への譲渡など、首都圏集中を着々と進めてきている。

 店舗閉鎖については23年3月に、126店舗のうち33店舗を約3年で閉店する計画を示した。閉鎖する33店舗も固まり、店舗数は24年度中に93店舗体制にする計画だ。

 さらにセブン&アイは24年4月、イトーヨーカ堂などのスーパーストア事業の株式について新規株式公開の検討に入ると取締役会で決議したと発表した。26年2月期までに収益体質を改善した上で一部株式を売却し、成長に向けて外部企業との連携も検討するという。連結にはこだわらないが、グループからは分離しない方向だ。具体的には、中間持ち株会社にイトーヨーカ堂やグループの食品スーパー、ヨークベニマルなどをぶら下げ、外部出資を受け入れる案が有力視されている。

 鈴木氏の社長時代から続くイトーヨーカ堂の構造改革。井阪社長はそれに終止符を打ち成長軌道に乗せられるのか。そごう・西武の売却は実現したものの、売却が2度も延期され、労働組合のストライキを招いてしまうなど、対応の稚拙さを露呈した。イトーヨーカ堂改革という難題だけでなく、アリマンタシォンによる買収提案という新たな課題も重くのしかかっている。