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「英雄待望論」を乗り越える日本のリーダー育成の要諦 冨山和彦 日本共創プラットフォーム

冨山和彦 日本共創プラットフォーム

冨山和彦 日本共創プラットフォーム
冨山和彦(とやま かずひこ) 日本共創プラットフォーム 社長
1960年東京都生まれ。東京大学法学部卒業。スタンフォード大学経営学修士、司法試験合格。ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年産業再生機構設立時に参画しCOO就任。07年経営共創基盤を設立しCEO就任。20年よりIGPIグループ会長。同年日本共創プラットフォームを設立し社長就任。

自社の存在意義を明確にしたパーパス経営を掲げる企業は多い。しかし、それは「稼ぐ力」が前提であると経営コンサルタントの冨山和彦氏は強調する。ガバナンスの徹底と、ゲームチェンジャーの役割を果たす若きリーダーの抜擢に企業成長を牽引する鍵がある。 聞き手・文=金本景介

成長に欠かせないガバナンスの本質とは

―― 近年は「パーパス経営」が主流となりつつあります。収益性が高いだけでは事業として完璧ではないといった風潮です。

冨山 パーパスと「稼ぐ力」はトレードオフであるかのような議論がありますが、ナンセンスです。もちろんパーパスはより高い次元の目標であり、環境破壊や人権侵害への加担を抑制する効果があるのは事実です。ただ、それで企業の営利行為が過小評価されるのは誤りでしょう。社会全体の福利を実現する上で、稼ぎを追求する株式会社の役割は極めて大きい。企業が成長することはそのまま公共の利益に大きく貢献することになる。そうでなければ数百年以上にわたり続いてるこの市場経済の仕組みはとっくに廃棄されています。

とはいえどんなに良い仕組みや制度でもうまく機能しないところもある。そこでパーパスを立てながら社会貢献への意識を持つのは経営者として正しい姿ではあります。

―― 企業成長にはガバナンスが重要です。

冨山 ガバナンスの本質は、権力は絶対に腐敗していくという考え方にあります。権力の健全な新陳代謝を促す取り組みです。価値観や文化、行動様式が異なるそれぞれの組織にとって、理想的な権力の形を追求していく営みです。「統治」という訳語が示すように、この言葉は政治にルーツがあります。例えば自由と民主主義という共通価値を持っている西側諸国を見ても、どれ一つとして同じガバナンスはありません。大統領制もあれば立憲君主制、共和制などもありさまざまです。

ガバナンスは人類が社会生活を始めてから数万年間対峙してきた永遠の課題でもあります。シェークスピアの戯曲もほとんどガバナンスの話ですから。

―― 個々の企業にとってもガバナンスのあり方は異なります。

冨山 これさえやれば良いという万能なガバナンスは存在しません。時代や環境の変化に応じて課題を克服していくしかありません。そして残念ながら日本企業は、世界市場の環境変化に対応し切れておらず、その根本的な原因はガバナンス構造にあるのではないかと多くの人が考えています。この構造を抜本的に変えなければいけません。

35歳を過ぎたら全員が社長候補

―― 慣習を変えるのは簡単ではありません。

冨山 まずリーダーの選び方から変える必要があります。最近の日本では優秀なトップが出てこず、脆弱化したリーダーシップの挽回を求める英雄待望論が幅を利かせています。しかし、日本社会で卓越したリーダーシップを持つ人間の出現率は大昔から変わりません。現代にも潜在的なリーダーが大勢いるわけです。時代環境にフィットしているはずの潜在的リーダーが然るべき地位に就けないことに問題があります。

 この30年間の日本企業の不振の原因はサラリーマン型の「新卒一括採用」「終身雇用」「年功序列」にあります。サラリーマンの出世競争ゲームで勝ち残った人が持つ経営トップとしての能力は、世界のビジネス競争で求められる経営力とは一致していません。このズレを正すためには抜擢人事を積極化するしかない。

―― 若手に裁量を与えるのですか。

冨山 私はどんなに大きい会社でも35歳を超えたら全員が社長候補だと本気で考えています。35歳からの優秀人材を現実的な社長候補にすれば多様な人材プールができます。その中から選べばいい。そのためにも30代から相応の高いポジションを経験させ、負荷を掛けた上で適正を見極めていくべきです。

部下としての学びは35歳までで十分です。これ以上は部下として過剰適応してしまい負の側面が出てきます。上司の顔色をうかがうばかりでは対峙した問題に対して最も有効な答えが何であるか考える習慣が付かない。大企業の中間管理職を20年務めた経験も、組織全体のトップに求められる能力とは一切関係がありません。これでは永久に盤上の駒であり、将棋指しにはなれません。明治維新に大きな影響を与えた吉田松陰も26歳で亡くなっていますが、濃密な人生を送っていれば年齢は関係ない。

―― 企業のリーダーに最も必要な資質は何でしょうか。

冨山 市場環境の変化を読み、組織をトランスフォームさせる資質です。従来型のオペレーションをしている人からは嫌われるような人間がリーダーに向いています。目の前の収益事業を最大化するという役割は重要ですが、将来性がなければ事業を切る決断も厭わず取り組まなければいけない。

ただ、リーダーには「合理」だけでなく「情理」も必要です。企業は機械ではなく有機的な生物であり、意志と感情と利害損得があります。だから、人を動かすためにあらゆる施策や根回しなど手を替え品を替え本気で取り組まなくてはいけない。この情理が理解できなければ遠回りは避けられません。

―― 時代の転換期だからこそ多様な人材を確保しなければ企業は停滞を免れられません。

冨山 組織は多元性を持たせなければ強くはなれない。多元性はそのまま変容力となります。リーダーの資質を持つ尖った人を受け入れながら、同時に昔の日本企業の強さの源泉だった真面目にコツコツ仕事をするタイプの人がそれぞれに補完し合える組織が理想です。

今時の強い組織は、常に世界中で起こっている破壊的イノベーションの種を探索しつつ、それを自社に取り入れて独自に進化を深めることに成功しています。そして市場の目まぐるしく変わるルールに合わせて自社の資源配分を柔軟に組み替えることができるリーダーが必要なのです。それもメンバー同士が良い気分で共存している環境を創り上げながらです。これらの離れ業を実現するリーダーを生み出す仕組みを確立していかなければなりません。