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自動運転バスは横のエレベーター 全国で100万台は普及させたい 佐治友基 BOLDLY

佐治友基 ボートリー

BOLDLYは、ソフトバンクの子会社で自動運転バスの社会実装を行っている。2020年には羽田空港に隣接する再開発都市、羽田イノベーションシティにおいて、国内初となる自動運転バスの実用化を実現した。社長の佐治友基氏に、日本での実証実験のメリットと、理想のビジネスモデルを聞いた。聞き手=萩原梨湖(雑誌『経済界』2025年1月号巻頭特集「自動運転のその先」より)

佐治友基 BOLDLY社長のプロフィール

佐治友基 ボートリー
佐治友基 BOLDLY社長
さじ・ゆうき 2009年、上智大学経済学部卒業後、ソフトバンクモバイル(現ソフトバンク)に入社。 営業部門で施策推進などに従事する。10年にソフトバンクグループ代表・孫正義による後継者発掘・育成プログラム「ソフトバンクアカデミア」の第1期生として参加。16年4月、SBドライブ(現BOLDLY)を設立。2020年4月社名をBOLDLY(ボードリー)に変更。

「移動」の社会問題を解決する地域の自動運転バス

 BOLDLYの誕生は、2015年にソフトバンク社内で募集されたビジネスアイデアコンテストがきっかけだった。当時ソフトバンクの社員だった佐治友基氏は、孫正義にあこがれるうちのひとりであり、ソフトバンクアカデミアというソフトバンクグループの後継者発掘・育成のための機関の一期生でもあった。どこかで自分のアイデアをぶつけてみたいという気持ちがあったという。

 当時ソフトバンクは、スマートフォン中心のサービスに軸足を切り替えたタイミングであったが、スマートフォン保有率が100%を超え、同業他社とは値下げ競争が過熱していた時代。成長産業といえど、更なる発展を見据え、通信を活用した新しいビジネスモデルを常に模索していた社内では、中長期的なビジネスのビジョンを募集するビジネスアイデアコンテストが行われていた。

 すでに、バスやタクシーの運転手不足が拡大しており、12年にはGoogleが自動運転に着手し、15年にはDeNAが自動運転ロボットタクシー社を立ち上げるなど、自動運転の流れが出てきていた。

 その頃、佐治氏自身は「移動」に関して社会的な問題意識を感じていた。田舎に住んでいる佐治氏の父親ががんに罹患した時、バスで見舞いに行っていた。

 「行ったはいいけど帰りのバスがないなどかなり苦労をしました。日本全体で高齢化が進むと、今よりもっと移動が必要になるはずだ。このままではよくないと身をもって体験し、その時に人生を通して取り組むべきだと決意しました」

 「移動の問題をどうにか解決したい」という決意とビジネスコンテストが佐治氏を起業家人生へ導き、BOLDLYの前身であるSBドライブが誕生した。ソフトバンクとトヨタ自動車の共同出資会社で、オンデマンドモビリティサービスや、医療Maas/行政Maas事業を行うMONET Technologies(モネ・テクノロジーズ)ができるより前の話だ。

 しかし、モビリティの形はまだ決まっていなかった。

 「ぜいたく品、嗜好品ではなく、生活必需品としてのモビリティを考えたときに、実体験と結びつきバスに決めました」

 テーマが決まると、同社の技術で移動が変わった社会を描いたショートムービーをYouTubeで公開する。流れはこうだ。田舎のバス停で一人のおばあさんが待っていると、そこへ無人のバスが到着する。おばあさんが席に着いたことを確認し出発。次の駅では車いすの客と野球帽をかぶった少年が乗ってくる。少年は車いす用のスロープを手動で設置してあげ、そこへ車いすの老人が乗り込み、みんなで街へ行く。

 「従来のバスがいきなり近未来的な外見・機能を持つとかではなく、さりげなく自動運転が使われているイメージを広告代理店の方にお願いしました。自動運転車なのにスロープは自動じゃなくていいのかと聞かれましたが、それでいいんです。完璧を求めているわけじゃなく、不完全なものでいいから今すぐ欲しいというお客さんにどんどん使ってもらいたい」

 佐治社長は、地域のコミュニティ力があれば、100点満点じゃなくてもきちんと使うことができるし、それが日本で自動運転に取り組むことの有利な点であり、そこにチャンスがあると考えている。

法整備と技術面は9年前の構想通りに

鳥取県八頭町での実証実験。「歓迎!ありがとう」の横断幕が
鳥取県八頭町での実証実験。「歓迎!ありがとう」の横断幕が

―― 設立当初に思い描いていた自動運転と、現在の状況を比較していかがですか。

佐治 かなり成果が出ています。まず自動運転車を走らせるために必要な法整備の面は、時間がかかりましたがきちんと進んでいます。日本では警察庁と国土交通省が道路や交通を取り締まっています。警察庁は、遠隔操作自動車の実証実験のガイドラインや、道路使用許可の基準規定などを策定しています。国土交通省は、自動運転(レベル4)法規要件の策定と自動運転による地域公共交通実証事業、システムによる判断や走行環境の調査などを行っています。

 昨今自動運転は、交通事故の削減、渋滞の緩和、人手不足の解消に役立つと考えられており、規制官庁も総出で自動運転を推進しています。日本は法改正などの対応が遅いというイメージがありますが、自動運転に関しては、世界で最も先進的です。

 技術に関しても順調で9年前YouTubeにアップしたショートムービーに登場する、自動で走行する技術や座ったことを検知するAI、遠隔監視の技術などは、3年で作り切りました。

 これまで自動運転市場での競争というと、センサーやアルゴリズムなどの技術が中心でしたが、最近は搭載する車のプロダクトが分化してきています。EV、小型車、大型高速バスなどさまざまなプロダクトの自動運転車が登場する、いわば自動運転のカンブリア紀に突入しました。

―― その様な経緯を経て、20年には羽田イノベーションシティにおいて国内初の自動運転バスの実用化を実現しました。

佐治 羽田空港の近くで、鹿島建設さんを中心としたデベロッパーが、未来型都市をコンセプトに再開発を進めているエリアです。18年に、自動運転車を走らせたいと相談を受け、参加することになりました。

 当時はまだ更地だったこともあり、自動運転バスを最大限有効活用できるような提案をしました。例えば、バス停にほかの車が停車していると自動運転車がスムーズに止まれないから専用のバス停を作ることや、道は一方通行で車道と歩道を分けるなどです。結果的に、施設の1階は車専用で自動運転車と業務用搬入車のみの通路で一方通行、2階は人が歩くフロアと設計していただき、日本初の自動運転を前提とした商業施設になりました。

 一人一台しか運転できなかったものが、数台同時に遠隔で運転できるようになると、一人の仕事効率が上がり給料も増える。若手や女性の従業員も気兼ねなく働くことができる。このような、公共交通事業の再構築を行い、再度魅力ある産業にしていくことがゴールです。自動運転技術はそのための手段だということを念頭に置き、「アップデートモビリティ」の精神でモビリティ業界を再度成長サイクルに乗せられるよう頑張ります。

―― 今後さらに普及させるにあたってどのような課題がありますか。

佐治 先ほど、法整備と技術はクリアできているとお伝えしましたが、圧倒的に遅れているのがビジネスモデルです。ニーズに対して供給が追いついておらず、1台当たりの値段も高い。限られたお金でやりくりしなくてはならない自治体やバス会社にとっては手が出しにくいという状況です。

 こういった課題を解消するには、運賃頼みのビジネスモデルを脱却する必要があります。例えば、ビルや商業施設の中を動いているエレベーターは運賃ではなく、共益費や管理費で賄っています。運賃を徴収してしまうと、上の階にお客さんが行かなくなり経済的にマイナスの効果があるからです。

 公共交通に関しても、運賃ではなく別の形で支えていく方法を考えるべきです。運賃で100円、200円、徴収するよりは、子供から老人までがスムーズに出かけられた方が、地域全体の経済の活性化につながります。

 すでに羽田イノベーションシティではそういったビジネスモデルを構築できており、管理費や共益費でランニングコストを賄いました。世界的に見ても、交通無料化に踏み切っている国や地域が出てきています。

―― 国が公共交通の予算を決め、自治体やバス会社に予算が渡り、自動運転車が購入されます。一民間企業で達成できることではありませんよね。

佐治 ですから、政府とともにそういった機運醸成を行っていきたいと思っています。そのためにはまず、自動運転バスが2~3年間動いている街で、実際に効果があったことを証明しなくてはなりません。

 今、ようやく茨城県や岐阜県、鳥取県八頭町でそれができてきて、地域の方々が自動運転バスが必要だと言ってくれています。八頭町という町はとても活気のある町ですが、通院と通学のためのバスがないことに困っていました。

―― 今後の目標を教えてください。

佐治 現在全国で16カ所の地域に活用していただいており、27年までに100地域への拡大を目標にしています。自動運転バスを活用している地域が1県に2地域ほどあると、ほかの自治体も関心を持ってくれます。そういった理由で、47都道府県で約100地域という目標を定めました。台数で言うと、30年までに全国で100万台は普及してほしいと考えています。

 これまでの考え方だと、日本で走っている6万台のバスのうち、ドライバー不足などで減少が予想されていた1万台を補填する目的で、自動運転バスを1万台普及させる計画でした。しかし、ビルとビル、街と街をつなぐ横のエレベーターだと考えれば、もっとポテンシャルを引き出せるはずです。現在日本のエレベーターは約90万台ありますが、水平エレベーターとしては100万台の需要があると予想しています。

 先日ドイツのハンブルク市が30年までに市内だけで1万台のバスを走らせると発表しましたが、日本は100万台目指せると考えています。

 しかしそれには、自動運転バスを作るメーカーの力だけでは不十分です。どんなにいいスターがいても、方向性や売り出し方を考えるプロデューサーがいなくては流行りません。自動運転車も全く同じで、それぞれ異なる考え方を持ったメーカーの特徴や売り方、実装の仕方を熟知したプロデューサーが必要です。当社は業界の中で、そういったポジションで成長していきたいですし、後発企業にはノウハウを共有しBOLDLY2、BOLDLY3のような企業が生まれることを願っています。