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会社経営の根幹とは働きやすい環境をつくること 岡藤正広 伊藤忠商事

岡藤正広 伊藤忠商事

現在時価総額で総合商社トップを独走中の伊藤忠商事。その立役者は、2010年に社長に就任し、現在会長CEOを務める岡藤正広氏。トップについてからの14年間、どうやって会社を成長させてきたのか。岡藤流企業活性化の極意とは――。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2025年2月号より)

岡藤正広 伊藤忠商事会長CEOのプロフィール

岡藤正広 伊藤忠商事
岡藤正広 伊藤忠商事会長CEO
おかふじ・まさひろ 1949年大阪府生まれ。74年に東京大学経済学部を卒業し、伊藤忠商事に入社。繊維部門を歩き、2002年執行役員、04年常務繊維カンパニープレジデント、06年専務、09年副社長を経て、10年4月に社長。18年4月から会長CEO。

社長就任後最初の仕事は会議の削減

―― 岡藤さんは2010年に社長となり、18年から会長を務めています。かつては総合商社4位が定位置だった伊藤忠は、岡藤さんが社長に就任して以来大きく飛躍しました。中でも時価総額は14年間で10倍以上となり、商社トップです。なぜこれだけの成長ができたのですか。

岡藤 社長昇格の打診は就任の2年前、そして1年前にもあったけれど、逃げ回っていました。だけど逃げ切れなくなった。でも不安で不安で、こんな大変な仕事ができるかなというのが正直な気持ちでした。例えて言えば、まったく運転したことのないクルマに乗ったようなもので、スピードを出すとか、他社と競争するとか、まるで考えられなかった。

 最初にやったのが会議の削減です。社長としての仕事をきちんとこなすには、仕事の内容や会社の仕組みなどを勉強しなければなりません。ところが当時の伊藤忠はとにかく会議ばかりやっていた。そのための書類も読まなければならない。おかげで勉強する時間をつくることができない。そこで会議や書類を大幅に減らすことを決めました。

 これによって僕も時間をつくることができたけれど、それ以上に社員にとって大きかった。会議のためには資料を提出する必要があります。そしてその資料を作成するために提出するものの10倍以上のデータを集めなければならない。これは膨大な作業です。そこで調べてみたところ、作業時間の3割がそうした内向きの仕事に費やされていることが分かった。つまり本来の仕事は7割しかやっていなかった。だから本当に必要な会議だけにして内向きの仕事を5%に減らしたら、95%を外の仕事に向けられる。これは全然違います。

―― 社長になる前から会議や資料を減らそうと考えていたのですか。

岡藤 大阪で繊維カンパニーのプレジデントを務めていた頃、本社から、こんなもんいるのかと思うような資料を要求されていました。そこで部下に細かい数字まで調べさせて資料を作成する。それが経営の役に立っているのならいいけれど、実際には経営するうえでの参考にはほとんどなっていない。こんなのまったく意味がない。そんな思いをしょっちゅうしていました。だからそれをやめさせた。そうすれば今まで70%しか本来の仕事ができていなかったのが、95%できるようになる。会議を減らすと会社は2割から3割業績が伸びるという自信がありました。

―― 今までやっていたことを変えるのだから反対もあったでしょう。

岡藤 誰もが会議なんて少ないほうがいいと思っています。でも変えられないのは、上の人間が不安になるからです。だから、最初から全部、スパッとやめるのではなくて、これはいらないんじゃないかというものを徐々に減らしていく。そして影響がないと分かった段階で思い切って大半をやめる。そうやって、就任2年目には会議の数は極端に少なくなりました。今では、僕の出る会議は月に2つしかありません。定例の会議が多いと大した議題がなくても開かざるを得ない。その結果、会議のために議題を探してしまう。テーマを決めて関係者をずらっと揃えて、いろんな資料を出してそれをもとに議論する。だけど多くの場合、結論が出ない。これでは本末転倒です。

 会議の時間も短くしています。伊藤忠では年に2回、大規模な会議を開いています。そしてこれを昔は3日間にわたって開いていました。ところが今では半日で終わります。その代わり、必要があれば人を集めます。昨日(11月下旬)も夕刻に海外から羽田に到着後、会社に直行し、関係者を集めて、1時間ほどのミーティングを開いています。

 でもそれができるかどうかは、トップの問題だと思います。トップには多くの仕事があるので時間の優先順位があります。そうすると当然、会議は後ろの方になる。しかも会議にも優先順位があるから、後ろの会議は省いていく。それを続けてきました。

2番目の仕事はフレックス廃止

岡藤正広 伊藤忠商事

―― 最初にやったのが、会議、資料の削減だとして、次の成長エンジンは何ですか。

岡藤 大きかったのはフレックスタイムの廃止です。これが諸悪の根源だと前から思っていました。だからそれをやめようと提案した。ところが人事部長が反対する。そんなことをしたら、せっかくうまくいっている労使関係がおかしくなるというわけです。だから最初は、非組合員の部長・課長に対して早く出社するよう指示しました。もっとも早いといっても8時半とか9時です。そして上司が早く来れば、部下の出社も早くなる。それを半年ほど続けたら、ほとんどの社員が9時前には来るようになった。その段階でフレックスをやめました。

―― 多くの会社が働き方改革の名の下、フレックスタイムを導入しています。なぜフレックスをやめることが成長につながるのですか。

岡藤 われわれは商売をやっています。お客さんにとってみれば相手がフレックスかどうかは関係ない。朝9時に電話がかかってきて、担当者がまだ出社していない会社と出社している会社があったら、どっちと仕事をしたいと思いますか。そういうところで他社と差がつくわけです。

―― 成長した理由に対しては、川下戦略の強化などを挙げると思っていたのですが、会議の削減とフレックスタイムの廃止と言われるとは思っていませんでした。

岡藤 川下戦略というのはビジネス上の戦略です。そういうこともいろいろやってきましたが、会社経営の根幹というのはやはり、社員が働きやすい環境をつくるということに尽きます。

 余計な会議と書類があると社員は働けません。フレックスをやめて朝早くから働くようになれば仕事の効率は格段に上がります。その代わりに、朝9時までの勤務には残業手当を1・5倍つける、社員に対して朝食を出す、というサポートをやっていく。今では朝6時半前になれば、朝食の支給場所には行列ができています。

―― ちなみに岡藤さんの一日のタイムスケジュールはどうなっているのでしょう。

岡藤 朝4時半に起きて5時20分には出社します。前の日に思いついたことを改めて考えて、6時半頃から役員を呼んで話をして指示を出します。そのあとに新聞を読んだりたまっている書類を整理する。8時半になるとお客さんが来たり、いろいろと考えたり決めたりしなければならないことを処理していく。そうこうしているうちに11時になるので昼食です。といっても社内のファミリーマートの商品を食べるので10分ぐらい。それからテレビで昼のワイドショーなどを見てから午後の仕事を進めていく。取材なんかもだいたいこの時間に済ませます。そして何もなければ3時にいったん家に戻り、少しくつろいでから会食に出掛け、8時には帰宅します。そして翌日の準備をして10時に就寝。だいたいこんな一日です。

勘違いしてはいけない。人があってこその組織

―― 最初は不安だったという社長・会長生活も、間もなく丸15年を迎えます。多くの商社が社長6年、会長6年で代わっていくのに比べて長いですね。

岡藤 元々伊藤忠は他社よりも任期が長い傾向があります。だいたい6年で交代したら欲求不満だけが残ります。時間が短すぎてやりたいこともみんな中途半端で終わってしまう。長期政権にも弊害はあるでしょう。でもそれを差し引いてもプラスのほうが圧倒的に多いと思います。

 商売というのは会社ではなく個人でするものです。〇〇さんがいるから、この会社と取引をする。長年の付き合いの中で、助けたり助けられたりして信頼関係を築いていく。その意味でも、その会社のトップの顔が分かったほうが絶対にいい。国だって一緒でしょう。一時、毎年のように首相が代わっていた時の日本は世界から相手にされなかった。安倍首相が長期政権になったことで日本の国際的立場は大きく上がった。人の力があって初めて組織の力になるわけです。

 これは事業においても同じこと。新規事業に取り組む時、まず組織を立ち上げて人を集めてスタートさせたのではうまくいきません。既存の事業部にしてみれば優秀な人材であればあるほど出したくない。だから中途半端な人間が集まってくる。これは人よりも組織を優先したためです。そうではなく、まず人を決めるところから始める。順番が逆なんです。

―― 伊藤忠は川下戦略を強化するために、ファミリーマートやデサントを子会社化し、最近ではビッグモーター(現WECARS)を買収しました。これもまず人ありきなんですか。

岡藤 もちろんです。企業買収は、誰に任せるのかが頭に浮かんで初めて決断します。ビッグモーターの時も「自分が行きます」という社員がいて、こいつなら任せられると思ったから買収に踏み切りました。取締役会にかけてくる案件も、それぞれ細かいデータを持ってくる。それはそれで大切だけれど、それ以上に誰がやるのか。その人や組織の過去の戦績はどうだったのか。そういうことを重視します。

―― では、今後の伊藤忠を率いる人材の条件とは何ですか。

岡藤 第一にビジネスセンスがある人ですよ。商社のビジネスというのは商売の芽を見つけるところから始まります。そのためにはやはりビジネスセンスがなければ務まりません。そして基本がしっかりしている人。積み木を積み上げていく時、小さなずれでもそれが重なっていくと上の方では大きなずれになって倒れてしまう。ですから一つ一つの判断をおろそかにせず、正しい判断を行っていく。そしてもうひとつは勝ち方を知っている人。つまり営業の場合なら、どれだけ実績を上げてきたかということです。勝ち方を知っているということは自信につながります。これが最低限必要です。

―― センスがあるかないか、どうすれば分かりますか。

岡藤 一緒に仕事をすることです。その過程でどんな考え方を持っているのか、どんな仕事の進め方をするのを見て、彼はなかなかいいな、と判断するしかありません。

セブン&アイのMBO。頼られるのはありがたい

―― アメリカではトランプ大統領が再登場し、輸入品に多額の関税をかけると明言しています。一方国内は、自公が少数与党に転落、政権運営は予断を許しません。このように内外ともに先行きが見通せない時代に、リーダーにはどのような心構えが必要ですか。

岡藤 五里霧中の状態で考えたり決断する時に、あんまり先のことを考えたら失敗します。大事なことは長期的に物事を見るのではなく、自分のやろうとしている目先のことを細かく判断していくべきです。例えばカーボンニュートラルの問題でも、今後化石燃料は使われなくなる、クルマもすべてEVになる、と一斉に舵を切ったわけです。でもそれが今どうなっているかと言えば、EVは思ったほど伸びず、EVに集中投資していた自動車メーカーの多くが苦戦しています。しかもトランプ大統領に代わることでどうなるかも分からない。だから将来を決めつけるのでなく、慎重に見ていかないと。

 ただしその一方で、将来に大きな変化を見据えて準備をしていなくては、いざそうなった時に遅れてしまう。大切なのはそのバランス感覚です。ではどうやったらその感覚を養えるかというと、場数を踏むしかない。もちろん元々のビジネスセンスもあるけれど、厳しい現場を数多く経験することで感覚が研ぎ澄まされてくると思います。

―― 最後にセブン&アイ・ホールディングスについてお聞きします。夏にカナダのコンビニ大手がセブン&アイへのTOBを表明して、その行方がどうなるかと思っていたら、今度は創業家がMBO構想が出てきました。そして資金の出し手として、伊藤忠の名前も挙がっています。

岡藤 伊藤忠は傘下にファミリーマートがあるから、反対する意見もあるでしょう。でも日本にセブン-イレブンが誕生する時、伊藤忠は深く関わってきました。ですから、これからどうなるかは分かりませんが、頼りにされるのはありがたいことだと考えています。