経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

海外法人が独立して経営しその集合体が「クボタ」 北尾裕一 クボタ

北尾裕一 クボタ

北尾裕一 クボタ
北尾裕一 クボタ社長
きたお・ゆういち 1956年兵庫県生まれ。79年東京大学工学部卒、久保田鉄工(現クボタ)に入社。一貫してトラクターの開発畑を歩み、2014年6月に取締役常務。取締役専務を経て19年に代表取締役副社長と機械事業本部長に就任。同年6月イノベーションセンター所長。クボタにとって創業130周年の節目となった20年1月から現職。

農業や水インフラを中心的な事業領域にし、時価総額は2兆2千億円を超えるクボタ。創業は1890年で、130年以上の歴史を持つ伝統的な日本企業でありつつ、積極的な世界進出も進めてきた。北尾裕一社長は、「真のグローバル企業」へのさらなる進化を語る。聞き手=和田一樹 Photo=山内信也

―― クボタは2004年からの約20年間で、売上高が約9300億円から3兆円を超える水準まで成長しました。また、同じく3割だった海外売上比率は約8割に達しています。

北尾 トラクターなど農業機械事業の海外進出の歴史を振り返れば、アメリカに販売子会社「Kubota Tractor Corporation(KTC)」を設立したのは1972年のことでした。さらに74年にはフランスに「Kubota Europe S.A.S.」を設立しています。こちらは先日、フランスで50周年記念式典に参加しました。改めて、クボタの歴史を感じる機会になりました。

 70年代というのは、日本で良い製品を作り、海外に販売会社をつくってディーラーネットワークを構築して売る、「輸出主導型」のグローバル化を進めていた時期です。その後、80年代の終盤、アメリカとドイツに製造拠点をつくり、現地での生産に乗り出しました。そこから欧米、アジアで着実に生産拠点を増やし、さらに生産拠点のみならず研究開発の現地化を進めてきました。これがクボタのグローバル化の歴史です。そして今、真のグローバル企業を目指して邁進しているところです。

―― 「真の」とは単純に売上比率の問題ではないということでしょうか。

北尾 端的に言えば、経営の権限と責任を現地に委譲した企業形態を実現してこそ、真にグローバルな企業だと言えると考えています。

 クボタは海外展開を進める中で、日本人が社長として出向して現地拠点をコントロールする形態を採ってきました。現地ではコーディネーターと呼ばれる日本人駐在員もいて、経営判断は日本人の社長とコーディネーターが主導するのがよくある姿でした。しかし、それが慣例になると現地の社員は経営判断に必要な情報を集めて持ってくるだけで、あとは決められた通り動くような、ある意味で主体性が失われた状態になってしまいます。

 私も役員になってからKTCの社長を経験しました。それ以前に、2年ほどアメリカに駐在した経験はありましたが、主に技術部門でキャリアを歩んできましたので、いきなりアメリカの販売会社の社長になって分からないことも多くありました。そこで、まずディレクタークラスの社員を集めて1泊2日の合宿を行いました。じっくりと腰を据えて、「みんなの課題は何だろう」と、対話の機会を設けることで現場の課題を把握し、ようやく組織を動かせるようになったのです。

 ただ、それでもやはり出向した日本人社長が現地をコントロールすることに限界を感じており、アメリカ人で経営を担える人材を採用しました。

―― 日本人社長がコントロールすることの限界はどんなところで感じるものなのでしょうか。

北尾 これは企業規模の拡大とも関連しています。例えば海外のトラクター販売台数で言えば、約30年前と比較して10倍以上の規模になっていますし、製造拠点も欧米のみならずアジアにも増えました。これを全て日本人が出向いてコントロールする体制では市場の変化についていけなくなります。

 そこで今、現地のトップに権限と責任を委譲し、経営のローカライズを進めているところです。KTCのトップは、私が採用したアメリカ人が務めていますし、イギリスやフランスも現地人がトップになりました。

―― クボタは鋳物づくりをルーツとして1890年に創業しました。歴史が長い分だけ日本人的な発想も根強い組織ではないですか。

北尾 やはりクボタウェイとでも言うような、培ってきたDNAがあるのは事実です。そうした組織文化の融合を進めるのも真のグローバル化には欠かせません。

 そこで経営のローカライズを進めると同時に、グローバルリーダー研修という場を設けていて、海外のマネジメント層を選抜して日本に招き、クボタの歴史を伝えたり、今後のクボタの在り方について議論したりしています。日本人的な考え方でアメリカの経営はできませんし、欧州の経営もできません。アジアもまた事情が違います。

 海外法人から見ると、取締役会を含めて日本人が日本で全体的な経営判断を行っているから中身は見えづらい。これから目指す真のグローバル経営のイメージは、例えばクボタの本社機能は日本にある必要がなく、情報をすべて日本で集約して経営判断をする必要がない。それぞれのエリアや国単位で独立して経営できる状態にし、その集合体がクボタであるような、そういった形態にしていかなければ世界的な競争についていけないと考えています。

テクノロジーの進化で中小型農機でも勝てる

北尾裕一 クボタ
北尾裕一 クボタ

―― 農業機械事業において、今後もグローバルでシェア拡大を目指す上で、どのような勝ち筋を描いていますか。

北尾 クボタが得意なのは40から60馬力の中小型農機です。コンパクトで高出力、操作性が良く、品質、耐久性がいい。こうした強みを生かしていくのは将来も変わりません。価格帯で考えれば、これまでクボタが得意としてきたのはスタンダードトラクターと呼ばれる中価格帯ですが、低価格のベーシックトラクター市場に参入するべく、2022年にインドのエスコーツ社を子会社化しています。これにより、世界最大のトラクター市場であるインドでシェアを広げるとともに、インドを足掛かりとしてベーシック農機の輸出を拡大し、クボタが得意な中小型市場で世界一をとっていくことを目指します。

 また、販売して終わりではなくアフターサービスも充実させ、ここも稼げる事業にしていく必要があります。先進国、発展途上国など市場の特性に応じて、これらをしっかりとやり抜くことが勝ち筋になると考えています。

―― クボタは中小型農機に強みを持つのと裏腹に、大型農機ではアメリカのディア社など海外メーカーに勝てないと言われてきました。これについてはどう考えますか。

北尾 欧米の大型畑作機械の事業はわれわれも一部参入しましたが、500馬力や800馬力のトラクタやコンバインが動く世界はなかなか手が出せないというのが正直な感想です。ただ、長期的に見て全く勝負にならないということはなく、例えば自動運転を駆使して100馬力の機械を5台動かせば大型の機械と同じ仕事ができます。100馬力くらいまでのサイズであれば、クボタは量産に強みをもっていますから、その分だけコストも下げられます。自動運転技術の精度が上がってくることで、こうした戦略も描けるようになりました。

 また、別の観点もあります。いま世界の農地で「ソイルコンパクション」が問題になっています。これは、主に大型の農機で作業することで地面が圧迫されてしまい、土地が傷んで収量が低下していく問題です。つまり、大型農機を使うことは農地の持続性に大きなリスクになる可能性があるわけです。こうした部分でも、中型、小型農機で勝負できる時期は来るかもしれません。

―― 今後、農業はどのような形になっていくのでしょうか。

北尾 2050年に世界人口は約100億人に達する見込みであり、地球温暖化がもたらす気候変動の影響も相まって、これから世界で食料不足が加速度的に進むと予想されています。こうした課題に向き合うべく、クボタは21年から東京大学と産学協創協定を締結し、「100年後の地球にできること」をテーマとしてさまざまな専門家を交えて議論を進めてきました。

 そうした中で、石油燃料を燃やして土地を耕し化学肥料をどんどん使うような農業の在り方は、生物多様性を含めてサステナブルではなく、農業には何か別の基軸が必要になるのではないかというような議論もなされています。ただ、将来の農業がどうなるかについては、こればかりは私にも分かりません。

 しかしながらひとつはっきりとしているのは、技術革新がなければダメだということです。もちろん農家さんが、有機農業など新たな手法に着手することも重要ですが、急激な人口増加を支えるためには収穫量を増やすことが不可欠で、クボタのような機械メーカーとしては農機の自動化・無人化やデータを活用した精密化などのスマート農業でしっかりと貢献していく必要があります。

地表と地下数メートルはGAFAに取られるな

―― 農機の自動運転などスマート農業が進化するに従い、自動車産業のようにテクノロジー企業が競合として出現する可能性もあります。

北尾 データが重要になるほど、グーグルやマイクロソフトのようなデータ活用に強みを持つプラットフォーマーが農業分野に参入する動きが出てもおかしくないでしょう。ただ、データが持つ意味を正しく読み解けるのはわれわれです。そして、お客さまと国内では全国約700以上の拠点でつながっていますから、ネットワークも負けていない。これらはクボタの財産です。

 同じようなことは、農業だけではなく水道管に関する事業でも同様です。ですから、私はよく「地表と地下数メートルはGAFAに取られるな!」と言っているんです。 

―― クボタが打ち出している長期ビジョン「GMB2030」では、プラットフォームという言葉が強調されています。

北尾 20年に社長になり、クボタの歴史について考えたことがあります。約130年前、創業者は初めて水道用鋳鉄管の国産化を実現し、日本中に安全安心な水を届けようとしました。言ってみれば、水インフラのプラットフォームをつくったわけです。同じような、時代を超えても朽ち果てないプラットフォームを、今後の食料・ 水・環境の分野でも作り出すのがクボタの使命だと考え、「豊かな社会と自然の循環にコミットする“命を支えるプラットフォーマ

ー”」というビジョンに落とし込んだのです。

 これは産業構造的にも重要だと思っています。もともとクボタが10年前に営農支援システムの「KSAS(ケーサス。Kubota Smart Agri System)」を手掛けたのは、モノからコトへ産業構造が変化していけば、将来的に農機の販売と修理だけをやっていたのでは事業は伸び悩む時代が来るだろうと考えてのことでした。今後は、産業の入り口から出口までのトータルソリューションを提案してこそ、初めて社会の役に立てる。それを実現するのも、「GMB2030」で重要な視点です。

チーム経営がポリシー。若手が挑戦できる仕組みを

―― 北尾さんにとって、社長のいちばんの仕事はなんでしょうか。

北尾 目指すべき目標をはっきりとさせ、いろんな部門の社員に同じ方を向いてもらうこと。そこに尽きるのではないでしょうか。そのために、経営陣もチーム経営がポリシーです。いろんな知恵を出し合って、その上で社長の私が方向性を示していく。

 「地表と地下数メートルはGAFAに取られるな」や「命を支えるプラットフォーマー」のようなキャッチーな言葉を使っているのもその一環であったりするわけです。もう少し具体的に言えば、今までのように機械の販売や修理をしているだけではだめで、農業で言えば農家さんが培ってきた長年の経験や勘をデータ化して自動運転などを組み合わせていく事業。水環境で言えば浄水場や下水処理場の運転維持管理データを活用したより効率的な事業。そういった新しいビジネスをみんなで考えて組み上げていくのが30年までの10年間だと思っています。

―― あえて、今のクボタの課題をどう考えていますか。

北尾 事業のグローバル化のスピードに対して、人材育成がやや遅れてしまったのではないかと危惧しています。だからこそ、社員がもっとチャレンジできる環境は準備していきたい。そのための仕組みも整えつつあります。

 例えば、新興国のNGOや社会的企業に3カ月間入り込み業務を通じて社会課題を解決してくる留職プログラムや、グループで新事業を創案し採用されたテーマは事業化を検討するアントレプレナー塾、イノベーションセンターを中心に進める社外パートナーと連携した新規事業の創出にも力を入れています。制度を整えると同時に、特に大切にしているのは、個々人のパーパスと会社組織の成長のベクトルを合わせることです。これこそ私の最大の役目です。

 最後に個人的な思いを付け加えるのであれば、ぜひ若い人たちにはもっともっと失敗を経験してもらいたい。私もそうでしたが、人はいろんな失敗をした時にこそ成長するものです。だからこそ、失敗を許容できる、そんな組織をつくっていくことも心がけていきます。