2024年7月、お墓・葬儀・終活に関連する事業を手掛けるニチリョクに、同業界の上場企業では初となる女性社長が誕生した。生命保険業界出身の新社長は、サービス業の意識が根強い組織に営業マインドを植え付けることに力を注ぐ。高齢化の進む日本で、葬儀やお墓ビジネスへの注目も高まっている。文=和田一樹
中途入社2年で社長へ。きっかけは父親の他界
社長就任の打診があったのは、別の業界から中途で入社してまだ2年ほどしかたっていない時のことだった。営業の現場で受けた思いがけない電話に戸惑いはありつつも、返事は「ぜひ!」。そこから、社長としての日々が始まった。
1966年創業のニチリョクは、お墓・葬儀・終活に関連する事業を手掛ける東証スタンダード上場企業。都心赤坂で運営する「威徳寺 赤坂一ツ木陵苑」は、法要施設や納骨堂、参拝室、葬儀式場などが揃った施設であり、終活から葬儀、お墓までを手掛けるニチリョクを象徴している。
そんなニチリョクに、現社長の三浦理砂氏が入社したのは、2022年6月のことだった。数年前に父を亡くし、葬儀やお墓に対する知識の足りなさに直面した。
「私は20年以上生命保険業界で仕事をしてきました。お客さまには、生命保険は万が一の備えですから生前に準備をしましょうとお話をしてきたのですが、実際に自分の親を亡くし、人が亡くなった時に必要になる知識というのを教えてもらう場所はないんだなと、痛感したんです」
三浦氏の両親は離婚していたこともあり、自身が喪主を務めることになった。しかし、父の宗派も分からない。病院からは数時間以内に遺体を運び出してくださいと告げられた。病院の地下駐車場に止めた車の中で、ひとりスマホを片手に必死で調べた。ようやく葬儀会社に連絡が付き、駆けつけてくれた担当者に葬儀に関する段取りを教えてもらった。
三浦氏は、生命保険会社で多くの顧客の相談に乗ってきた立場だったからこそ、人が一番不安になる時に寄り添える、葬儀業界の魅力を感じた。そこから業界のリサーチを始めたのだが、ニチリョクへ転じた決め手はそれだけではなかった。
「父の一件で葬儀業界に魅力を感じたのは事実です。そこで何社かに話を聞く中で、ニチリョクはこれから生命保険会社との提携を強化して新たな事業を作っていきたいと思っていることを知りました。であるならば、自分が培ってきた強みを生かしながら葬儀業界で仕事ができるかもしれないと考えたんです」
三浦氏に期待されたのは、生命保険の知見を生かした生命保険事業の立ち上げだった。ニチリョクに入社すると、それまで1社だけだった生命保険会社の提携先を6社まで拡大し、お墓や葬儀に関する自社開催のセミナーに参加した人たちに生命保険を提案していった。順調に事業を軌道に乗せ、やがて生命保険を超えて終活全般のセミナーなどを手掛けるようになった。生命保険事業部は終活事業部へと拡張し、問い合わせがあれば顧客の自宅まで訪ねて個別相談に応じた。こうして入社から約2年が経過したある日、社長就任を打診されたのだった。
ちなみに、三浦氏は社長になった今でも、肩書には「兼営業本部長」の文言が付いている。実は三浦氏が生命保険の知見以上に期待されたのは営業力だった。葬儀業界はセールスよりもサービス業の色が強い。それはニチリョクも例外ではなかった。また、昨今は葬儀業界への新規参入も増えつつあるが、もともと競合が少なくやや極端な言い方をすれば待っていれば顧客が来る経験があるからこそ、営業マインドは薄かった。
「150人ほどの従業員の中で、50人弱が営業に関連するポジションにいますが、自分たちは営業を担当しているという意識が足りず営業マインドの浸透に苦心しています。たしかに、葬儀事業は顧客を連れてくることはできません。では葬儀会社の営業は何をしたらいいのかと言えば、地域密着が一つのヒントです。イベントの時は地域のお店の商品を使ったり、あるいは病院などの施設を訪問して関係をつくったり、そういう活動の先に送客があるような姿が出来上がってくるんです」
三浦氏自身、生命保険時代には担当エリアの人たちを自分のファンにするつもりで営業力を磨き込んだ。
「営業力は特別な力ではなくて、単なるコミュニケーション力だと思っています。お客さんの話を聞いて、求めているものを察知し、自分が提供できるものから解決策として提案する。営業と言うと、無理やり水を売ってこい! というようなイメージがありますけど、そんなことは私でもできないです(笑)」
組織として営業力を強化するために、事業部の壁を壊し、横の連携を強化するような施策も打ち出している。ニチリョクはもともと三浦氏が社長に就任するまで、縦割り意識が強く、事業の間に壁があった。人生のエンディングに関する提案をワンストップでできる事業を持っていたにもかかわらず、葬儀事業の顧客にお墓の提案をしなかったこともあった。
「そこは入社してから違和感がありました。本来であれば、例えばお墓の見学に来られたお客さまときちんと対話をすれば、終活のお悩みを聞けたりします。そこで当社の終活関連セミナーを一言ご案内できれば、何か役に立てるかもしれない。目の前のお客さまに寄り添うことを徹底すれば必ず事業も成長します」
葬儀やお墓が持つ意味を改めて提案することも使命
葬儀業界のターゲットは高齢者というイメージがあるが、三浦氏はこれから50代、60代との接点を強化したいと語る。
「私がニチリョクへ転じたきかっけに父の葬儀の経験がありました。まさにあの時の私のように、これから喪主になる世代に向けて葬儀やお墓の知識を届けていきたいのです。そして、少しでも後悔する人を減らしたい。この仕事に携わるようになって、親の葬儀はあれでよかったのかずっと考えるという話をよく聞きます。最低限、自分の中ではやり遂げたと思えるように、もっと若い世代から葬儀やお墓のことを考えてもらえたらうれしいです」
葬儀やお墓の選択で後悔する人が減るように、ニチリョクは葬儀やお墓、終活に関する相談がいつでも受けられる会員制度を充実させている。あるいは、企業への出張セミナーや地域の住民が気軽に終活相談ができるカフェを仕掛けていくことも進めている。
また、終活は高齢者だけのものではない。一見、葬儀やお墓と縁遠そうな世代も、悔いのない生涯を送るという意味で自身の一生の終え方を考えることに意義があると強調する。
「葬儀やお墓は先祖とつながる大切な機会です。近年、そうした意識が若干希薄になっていて、葬儀やお墓を簡素に済ませる傾向も出てきています。もちろん、それも間違ってはいません。ただ、ニチリョクとしては、葬儀は亡くなられた故人への感謝の場であり、子供たちの教育の場でもあると考えています。こうした視点も伝えていくのが、私達の使命だと思っています」