ゲームメーカーのセガ、パチンコ・パチスロメーカーのサミー。2004年、両社が経営統合してセガサミーホールディングスが誕生した。コロナが同社を直撃し、21年3月期の経常利益は対前年200億円以上減の17億円。しかし、21年に社長グループCEOに就任した里見治紀氏のもとV字回復を続ける。聞き手=和田一樹 Photo=小野さやか(雑誌『経済界』2025年3月号より)
里見治紀 セガサミーホールディングス社長グループCEOのプロフィール
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さとみ・はるき 1979年東京生まれ。2001年明治学院大学を卒業し国際証券に入社。IPOコンサルティングを担当し、出向先のフェニックス・キャピタルにて企業再生業務に従事。04年サミー入社。セガを経てSEGA of Americaにてデジタル配信ビジネスを立ち上げた。帰国後、12年セガサミーホールディングス取締役。複数の事業会社社長を経験し17年社長COO。21年4月社長グループCEOに就任した。12年にはUCバークレー大学経営大学院でMBAを取得している。
経営者は臆病であれ。まずは最悪のシナリオを想定
―― コロナ禍において運営するゲームセンターや取引先であるパチンコホールが休業を余儀なくされました。2020年、グループ全体で希望退職を募り、当時里見さんが社長CEOを務めていたサミーでも3分の1の社員が会社を去っています。
里見 苦しい判断でした。実際、「治紀社長だからこんなに厳しい決断をするんだ」という声も耳に入っていました。たしかに、父(里見治氏)はサミーの創業者でもありますし、会社が潰れそうな状況でもなかったので希望退職を募ることはしたくなかったはずです。しかし、当時は先行きの不透明感が強く、仮に会社が苦しくなった状況で希望退職を募ったのでは退職者に十分な支援ができません。十分なキャッシュが残されており、希望退職者には手厚いパッケージのもと、次の就職まで支援することができるタイミングだったからこその判断でした。
それ以外にもセガの祖業の一つであるゲームセンタービジネスの売却、 非事業資産や政策保有株の売却など、あらゆる手を打ち、営業利益、経常利益、当期利益を何とか黒字で乗り切ったのがコロナ初年度でした。
―― 経営者として、コロナのような危機的な事態にはどのように向き合いますか。
里見 コロナ初期にまず私がやったことは、過去に世界で起きたパンデミックを勉強することでした。すると、どうやら波が何回も来るという傾向がつかめた。コロナへの対応を経営陣で議論していても、SARSやMERSが局地的な流行で収まったこともあってか、どこか楽観的な雰囲気もあったんです。しかし、私はまず最悪のシナリオを想定することにしました。場合によっては400億円くらいの赤字が出るかもしれない(20年3月期の営業利益は276億円)。ここは一気に構造改革を進めて強い組織にしないといけない。そんなことを、当時グループCEOだった父にプレゼンすると、「最悪なことばっかり言わないでどのように打開するか、対処を考えろ!」と怒られました (笑)。
ただ、元インテルCEOのアンドリュー・グローブ氏が著書『パラノイアだけが生き残る』で語っているように、経営者にとって臆病さは重要な資質だという考え方があります。私もこれには賛成で、その上で不安材料をどう解決していくか考えるスタイルを大切にしています。こうした傾向は事業会社の社長を離れて、持株会社の経営に携わるようになって顕著になりました。マクロ経済の動向がグループにどういう影響を及ぼすのか、政治の動きはどう作用するのかなど、一歩引いた視点からシミュレーションできるように書籍やメディアに目を通し、専門家の話を聞くことを続けています。
―― 今後、コロナ以上の深刻な事態に直面するかもしれません。
里見 いろんな可能性をシミュレーションし、組織に起きる予想外を減らしていくことはトップの重要な役割のひとつです。一方で、個人的には予想外の事態に直面し、窮地に追い込まれると燃える部分もあります。
12年、セガネットワークスというスマホゲームを手掛ける会社を立ち上げました。セガの役員はじめ多くの人に反対されましたが、なんとかスタートしました。1年後の結果は計画以上の大幅な赤字。社員のモチベーション維持も大変でしたが、それでもみんなで腹を括らないとダメだと思って、全社員に転籍をお願いしました。赤字の会社への転籍ですから反対の声も多くありました。それでも一人一人必死に説得して最終的にほぼすべての方に同意していただきました。そこから2年目にはヒット作が出て単月黒字化を達成。社員を集めて発表した時、ぶわーっと拍手が沸いたことを覚えています。
われわれはエンタメ企業ですから、お客さんが商品を楽しんでくれるのを見たり聞いたりするのは大きなモチベーションです。ただ、個人的には窮地を切り抜けて社員の目の色が変わるような瞬間を目の当たりにすると、ぐっとモチベーションが上がります。私は有事の経営者なんでしょうね。
コロナで強く意識した上場企業の責任
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―― 構造改革の効果もあって、コロナ前に3千億円強だった売上高は24年3月期には4千億円を上回っています。
里見 22年に中計で掲げたテーマは、「Beyond the Status Quo」。つまり現状打破です。2004年にセガとサミーが経営統合し、初年度、2年度目は売上高が約5千億円で営業利益は1千億円を超えていました。そこから法規制や世界経済の変化もあって業績は右肩下がりでした。これを打破して、再び成長期に入ると位置づけた3年間です。
結果的に最終年度の24年3月期には売上高を約4600億円まで再成長させることができました。また、23年8月には株価が過去16年で最も高値になりました。それまで16年間にセガサミーの株を買った人は誰も損していない状態です。次に狙うは過去最高値。実現できれば、今セガサミーの株を保有している人は誰も損していないことになります。
―― ここ数年で約500億円の自社株買いや増配など株主還元を強化しています。上場企業の社長として株主を意識するのは当然かもしれません。ただ、里見さんは創業家出身の社長でもあります。もっと自分の色を出したくなりませんか。
里見 コロナ禍で強く感じたのは、企業が上場しているか否かによって経営判断は大きく変わるということです。極端なことを言えば、もし上場していなければセガのゲームセンター事業は売却していなかったかもしれません。コロナ禍が終われば利益が出ることは分かっていましたから。あるいは、24年に売却したフェニックス・シーガイア・リゾートもそうです。われわれのもとで黒字化を達成しましたので、単体の事業としてみれば必ずしも売却が必要なわけではありませんでした。ただ、他の事業に比べて収益力が弱く、われわれのポートフォリオのなかでは投資の優先順位は低くせざるを得ませんでした。そのため、いずれのケースも上場会社として、そして事業会社として、互いに企業価値を最大化できる判断をしました。
コンテンツを磨き込み、海外市場を攻める
―― 現在の中計で掲げている27年3月期の目標は、売上高5400億円、経常利益760億円(24年3月期がそれぞれ4678億円、597億円)。実現するためにはM&Aの成功も重要だと思いますが、買収先はどんな基準で選んでいますか。
里見 セガサミーは国内における統合型リゾート(国内IR)実現に向けて資金を内部留保していました。しかし、国内IRからの撤退により、約2500億円を成長投資に振り向けることにしました。このうち1500億円は、M&Aを中心にすでにコミット済みです。残りの1千億円弱を、27年までの中計で投資していきます。
M&Aの検討にあたっては、 まず定量的な面でIRR(内部収益率)やROIC(投下資本利益率)などの基準を設けて判断しています。それに加えて、定性的な面の判断もあります。ある経営者の方が「自分が経営できない会社は買わない」と言っていました。これは私も大事にしています。もしM&A後の統合に苦戦した時、自分が乗り込んでいって経営できるのか、あるいは送り込めるスタッフがすぐに思い浮かぶのか。M&Aのたびに自問自答しています。実際に、定量的な基準はすべてクリアしていたものの、「悔しいけど今の私の実力ではこの会社を明日から経営することはできない」と感じた案件は見送ったことがあります。
とはいえ、中計で掲げている数字自体は、既存のビジネスでヒット作を出し、より多くの感動体験を世界に届けた結果、目指したい数字として設定しました。ですから、M&Aによって増える連結上の売り上げや利益は織り込んでいません。昨今、デジタル技術の発展によって、商品をグローバルで展開しやすい環境が整いました。セガサミーグループとしてコンテンツを磨き込むことに注力し、どのくらい海外市場でシェアを拡大できるかが中計の成否を分けると考えています。
27年3月期までの中計のテーマは「WELCOME TO THE NEXT LEVEL!」。昔のセガファンはご存じかもしれません。これは1990年代に、セガがメガドライブというゲーム機を発売した時のマーケティングタグでした。当時、他社に先駆けて16ビットCPUを搭載した次世代機を世に出したのがセガでした。今回、われわれ自身が次のレベルに行くという意味を込めたスローガンです。高い目標かも知れませんが、サミーが培ってきた「積極進取」、セガが育んできた「創造は生命」、両社の精神を掛け合わせて成長を続けていきます。