自動車2位、3位のホンダと日産自動車が経営統合に向け走り始めた。一般的にはこの統合、経営悪化に苦しむ日産をホンダが救済という構図で語られている。しかし両社を知れば知るほど、実は似た者同士であることが分かる。それだけに、統合作業や統合後への懸念が膨らむ。文=ジャーナリスト/伊藤賢二(雑誌『経済界』2025年3月号より)
利益率が極めて低いホンダの四輪車事業
2024年3月に覚書が交わされたホンダと日産自動車の技術提携は同年12月、経営統合交渉に発展した。日本の自動車産業史上最大の〝合併劇〟であるばかりでなく、独立色を旗印にしてきたホンダと旧日本興業銀行系で半官半民の気質が色濃い日産という、一見水と油の両社の経営統合とあって、統合後の企業統治を不安視する声も少なくない。
この統合自体、ホンダの三部敏宏社長が12月の会見で「日産が(経営再建計画の)ターンアラウンドを着実に実行すること」と条件を付けるなど、まだ確定したわけではない。今年度、営業キャッシュフローが2四半期連続でマイナス2千億円以上となり収益の見通しが全く立たないという未曽有の経営危機に陥った日産の抱き込みは、ホンダにとって火中の栗を拾うようなもの。警戒感をあらわにするのも無理のないところである。
そんな日産との経営統合にホンダが前向きなのはなぜか。日産を潰したくない経済産業省の働きかけは要因のひとつだが、メリットがなければ当然断る。ホンダがあえて火中に飛び込むのは、日産という栗に拾う価値を見いだしているからだ。
日産の今期上半期の自動車事業の営業利益率はマイナス2・7%と赤字。それをホンダが救済するという構図とみられがちだが、当のホンダも四輪の営業利益率は3・7%にすぎない。財務を担当していたあるホンダOBは次のように内情を話した。
「今は超円安で少しマシな数字に見えますが、このところ営業利益率は1~2%台で推移していました。実はそれもかなりメイキングしたもので、赤字転落を防ぐために予算はゼロを基本としろという通達が毎年のように各部署に出されるくらい苦しい状況でした」
決算は営業利益1兆円超と一見安定的だが、それは超高収益の二輪車事業に支えられてのもの。四輪車事業の将来性に劇的な不安を抱えている点はホンダも日産と変わるところがないのだ。
ホンダ社内では2代前の伊東孝紳社長時代から「スマイルカーブ」という言葉が使われてきた。年間の生産台数が少ないメーカーと多いメーカーは有利で、ホンダのような400万~500万台クラスのメーカーは不利とするマーケティング界の仮説である。
もっとも仮説はあくまで仮説。たまたま収益力が低い自動車メーカーが中間層に多かったというだけで根拠は薄いという声も多い。気になるのはそれが正しいか否かではなく、ホンダの経営陣が自らの収益力不足を環境のせいにしているということ。
「かつてホンダは世界生産600万台という計画を公言していましたが、内部では800万台という計画もありました。それが破綻した今では生産能力の適正化に向かうべきなのですが、インドなど世界各地で生産能力を削減したのに事業が順調とはとても言えないアフリカでナイジェリアに続きガーナに新しい工場を造ったり。今何をやるべきかを見失っている」(前出のホンダOB)
状況に応じて経営方針をコロコロ変える「朝令暮改」は創業者・本田宗一郎氏から現在に受け継がれるホンダの良き伝統といわれてきたが、現在ではむしろ弊害のほうが目立っている。
世界販売はピークの18年度の532万台から100万台以上減り、北米に次ぐ第二の収益基盤にしようとしていた中国では現地メーカーとの競争に敗れて販売台数3割減等々、ホンダが厳しい状況に追い込まれているのはまぎれもない現実であり、その流れを止められなかったのは、歴代経営陣の失態にほかならない。
協業が苦手なホンダのDNA
世界の自動車業界は、異業種参入を含む新興メーカーが自動運転をはじめとするクルマの知能化や電動化で権勢を急拡大しており、旧来のメーカーは競争激化に対応するため巨大グループに再編されつつある。
ホンダは他メーカーの下につくのではなくリードする側に立ちたいと考えているが、現状の実力で従えられる有力メーカーはもういくらも残っていない。一方の日産は官僚主義的気風が災いして経営危機に陥っているものの、カルロス・ゴーン氏が実権を握っていた時代から継続して潤沢な研究開発費を投入してきたことが功を奏し、人工知能やバッテリーなど次世代を戦う基盤技術を豊富に持ち合わせている。
今回の経営統合はホンダ歴代経営陣の失態の積み重ねで招いた今の状況を挽回する千載一遇の機会なのだ。日産に対して再建策を着実に実行するようリストラを強く要求しているのも、これがホンダにとっても自動車業界の先頭グループにとどまる事実上ラストチャンスであり、何としても日産との経営統合を実現させたいという思いがあるからだ。
しかし、ホンダにとってそれはゴールではない。問題はむしろ統合を果たした後だ。新アライアンスのガバナンスは持ち株会社を設立し、それにホンダと日産が独立性を保ったままぶら下がるという形になる。持ち株会社は「資本の論理」(三部敏宏・ホンダ社長)でホンダが出資比率の過半数を握り、CEO(最高経営責任者)にもホンダ出身者が就く見通しだ。
日産の内田誠社長は「どちらが上、下という話ではない」と語るが、ルノー傘下入りした時を振り返ると、日産は窮地に陥った時に必要以上に卑屈になり、重要なことまで主張できなくなる傾向がある。ホンダにはそういう日産の気質も理解しながらアライアンスをリードしていくことが求められる。
果たしてホンダの経営陣にそんな力量があるのか。まず懸念されるのはホンダが決して他社との協業を得意としていないことだ。
過去を紐解くと1980年代に経営危機にあった英ローバーに出資していたことがあった。社長業から引退してはいたが経営判断に隠然と影響力を持ち続けていた本田宗一郎氏が高級車を勉強するためにという意向を示したことで始まったこの提携は相応の成果を出した。ローバーはホンダの生産技術移転などが功を奏して立ち直り、ホンダは新高級車チャネル、アキュラブランドでリリースした「レジェンド」が大評判となって北米史上でのプレゼンスを1ステップ上げた。
見事なウィンウィンに見えたこの提携だが、90年代半ば、独BMWの接触を受けたローバーの〝裏切り〟にあって崩壊。この苦い経験がホンダの提携アレルギーの一因となったのは間違いない。その後、ホンダは将来性が不確実な分野について他社と協業することはあったものの、「お互いの技術を見せ合うことに不慣れ」(ホンダの技術系幹部)という及び腰の姿勢が仇となり、大きな成果を出せなかった。
それが端的に表れたのは最大の提携先だったGMとのコラボレーション。燃料電池、バッテリー式電気自動車、自動運転など先進分野の共同研究を行ったが、2023年にGMの自動運転車が事故を起こしたのを契機に自動運転の共同事業は破綻。バッテリーEVについても性能、価格の折り合いが付かず終了と、成果を出せずじまいだった。
日産との協業では人工知能をはじめ膨大な工数がかかる次世代車のソフトウェア開発の統合が最大の目玉。ソフトウェア系エンジニアの人材確保に頭を痛めていたホンダにとって、日産との経営統合でプラットフォームを共通化することはその問題を解決できることを意味する。が、その実現にはホンダが自分の共同開発下手を解決できるかどうかが最大の焦点となる。
官僚体質は日産の専売特許ではない
ガバナンスにおける第2の問題は、日産とホンダの両社が共に拭い難い官僚体質を持っていることだ。世間的には日産は官僚主義、ホンダは自由闊達というイメージだが、
「ウチの場合は前任者のやってきたことを否定できないという前例主義が官僚的な体質を生んでいます。例えば伊東孝紳元社長が進めたグローバルビジネスを6つの地域に分けてそれぞれに本社機能を持たせる六極体制。これは非効率そのもので莫大な負の遺産を生みましたが、後任の八郷隆弘前社長になっても六極体制を否定できず、在任5年をかけてうやむやにするしかなかった。万事この調子なので、ウチは表面的な素早さとは裏腹に実際の改革は本当に遅い」(ホンダの品質系幹部)
自動車メーカーの大型資本提携は世界に多数あるが、官僚体質の企業同士の経営統合はダイムラーとクライスラーはじめ、失敗例が多い。どうすれば大きな成果を共同で得られるかという本来の目的より、自分の組織が傷を負わないよう安全策を打つほうを優先してしまうのが原因だ。
ホンダ、日産の両社が自分の官僚体質を自己批判し、強みと弱みを互いに素直に見せ合いながら共同事業に取り組まないと、成果を出せないまま時間を空費し、「圧倒的なスピード感と価格競争力をもって勢力を拡大している新興メーカー」(内田誠・日産社長)に対抗することなど到底できない。
ホンダの第3の弱点は明確なゴールを決めるのが苦手という点。ホンダ社員がよく「ホンダは失敗が許される会社」という言葉を口にするが、「今は失敗をなかったことにする会社と言ったほうが当たっている」(前出の品質系幹部)という。統合後のアライアンスのあるべき姿を、会見で述べたような数値的なイメージではなくもっと明確に打ち出さないと、途中でゴールをすり替えてうまくいったことにしてしまう可能性がある。
他社と経営統合する以上、ホンダがそれらの短所を企業文化の一言で片づけることはもはや許されない。このアライアンスをしっかりコントロールできなければ、将来的にはホンダ、日産共々巨大陣営の軍門に下ることになるだろう。そんな事態を回避してホンダ・日産アライアンスが世界のトップランナーとなれるかどうか、今後の展開は要注目だ。