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東西財界人事異変!異例ずくめの経団連と変わらぬ関経連

日本生命 筒井義信社長(大橋)

経団連で異例の人事が発表された。今年5月に任期を終える十倉雅和会長の後任に、日本生命保険の筒井義信会長が起用される。金融機関からトップが選ばれるのは初めて。一方、関経連の松本正義会長は5期目に突入する。変わる経団連と変わらない関経連の差が際立っている。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2025年3月号より)

日本生命 筒井義信社長(大橋)
日本生命 筒井義信社長

機関投資家としてあらゆる産業に目配り

 「製造業、非製造業ということを意識せず、人物本位で選んだ」

 昨年12月17日、十倉雅和氏は記者団に対し、日本経済団体連合会(経団連)の次期会長に筒井義信氏を選んだ理由をこう説明した。

 そして、筒井氏が会長を務める日本生命は「機関投資家として、いろいろな産業に目配りしており、地域に根ざしている」と指摘。筒井氏については、「社会課題に対し、長期的な視点で解決策を提言することができる」とも述べた。

 経団連の次期会長は1月の会長・副会長会議で正式に内定した後、十倉氏の任期が満了となる5月29日の定時総会を経て正式に決まる予定だ。

 筒井氏は1954年生まれで神戸市出身。京大卒業後、77年に日本生命に入社した。企画畑、調査畑を主に歩み、旧大蔵省との交渉役などを担ってきた。2011年に社長、18年に会長へ就任。経団連では23年から副会長を務め、その後、GX(グリーントランスフォーメーション)推進の責任者としても活動してきた。

 次期会長候補には、筒井氏以外にも有力者がいた。例えば日本製鉄の橋本英二会長がその一人だ。

 だが、米USスチールの買収交渉が難航。1月には、バイデン政権が「米国の国家安全保障を損なうおそれがある」として買収中止命令を出した。こうした難題を抱えていることが、橋本氏の会長就任を阻んだともささやかれている。

 このほか、NTTの澤田純会長やソニーグループの吉田憲一郎会長らも下馬評に挙がっていた。しかし、澤田氏については、NTTの筆頭株主が国であり、民間企業を束ねる経団連のトップになるのはふさわしくないとの指摘があった。吉田氏は24年に経団連の副会長になったばかり。このため、会長に昇格するのはまだ早いとの意見もあった。

 そうした状況を追い風に筒井氏が会長に就くことになったわけだ。

新会長の母体企業は株主のいない会社

 だが、筒井氏が次期会長に就くことはきわめて異例だ。

 まず、これまでの大半の会長と違い製造業企業のトップでなく、金融機関トップが初めて就任する点だ。

 経団連が発足したのは、終戦まもなくの1946年。十倉氏まで会長は15人に上るが、このうち13人が東芝、新日本製鉄、トヨタ自動車などの製造業だった。

 製造業出身でないのは、植村甲午郎氏(任期は1968〜74年)と平岩外四氏(同1990〜94年)の2人のみ。しかし、植村氏は経団連事務局長で、戦前には旧農商務省の官僚として活躍し、戦後、経団連の創設に携わった、いわば経団連と「一心同体」の人物だ。平岩氏は、日本の産業をエネルギーの面で支えてきた巨大インフラ企業・東京電力の会長であり、重厚長大の産業と、ほぼ「裏表」の人物といえる。

 経団連の会長を製造業のトップが歴任してきたのは、ある意味、当然といえるだろう。1950年代からの日本の高度経済成長を牽引してきたのは鉄鋼、自動車、電機などの製造業だった。これらの産業が輸出で外貨を稼ぎ、日本の経済力を強くしてきた。日本の経済界を引っ張る経団連の会長を、これら製造業のトップが務めるのは当たり前だった。

 しかし、バブル崩壊後の90年代以降、日本経済は長い低迷期に入る。製造業は競争力の高い中国や韓国勢に押され、国内総生産(GDP)に占める比率もサービス業がどんどん大きくなっていった。製造業がかつてのような日本経済の牽引役でなくなる中、製造業出身者が経団連会長を務める必要はなくなった。

 すでに金融業、サービス業、小売業などさまざまな産業が日本経済の「柱」の役割を果たしており、そうした業種のトップが経団連会長になってもおかしくない時代になったといえる。その意味で今回の経団連会長人事は、時代の変化を象徴していると見ることもできるだろう。 

 他にも筒井氏の就任には異例な点がある。それは未上場、しかも株式会社でない企業のトップの経団連会長就任であることだ。

 日本生命はいわゆる「相互会社」。保険業界特有の会社形態で、保険の契約者一人一人が「社員」という身分になっている非営利法人だ。

 最高意思決定機関は「総代会」。株主総会もなく、最近なにかと話題になる「物言う株主」からの攻撃にさらされることはない。また、外資系企業やファンドなどから買収の標的になることもないため、安定した経営を続けられるメリットがあるといえるだろう。

 このように異例ずくしで経団連会長に就任する筒井氏だが、取り組まなければならない「宿題」は多い。

 まず最低賃金の引き上げだ。石破茂首相は、最低賃金の全国平均を2020年代に1500円まで引き上げることを目指しており、25年春に対応策をまとめる考えだ。達成には、毎年7%以上という高い伸び率の最低賃金の引き上げが必要だが、5月29日に就任する筒井氏が、石破政権がまとめたばかりの対応策に、果たしてどう応えていくのか。

 十倉現会長は、20年代中の1500円までの引き上げについて「劇薬」と表現し、慎重な考えを示している。人件費が中小企業の経営を直撃し、雇用の維持を難しくして、消費の冷え込み、さらには経済全体の停滞を引き起こすと見ているからだ。

 筒井氏がこうした考えと石破政権の方針の折り合いをどうつけていくのか。さらには、昨年の春闘で鮮明になった賃上げの流れを、今後どこまで、より確かなものにしていけるのかも注目される。

経団連の地盤沈下を食い止められるのか

 さらに、長期的な視点で筒井氏が取り組むべき宿題は、「地盤沈下」が叫ばれる経団連の地位をどこまで高められるかだ。

 日本経済が元気だった高度経済成長期、経団連は自民党の最大の献金口の一つであり「財界総理」と呼ばれる経団連会長は、名実ともに国政に対して大きな発言力を持っていた。

 しかし、冷戦構造が崩壊すると、経団連が巨大スポンサーとして自民党を支え続ける意味合いは薄れた。1993年、2009年には政権交代も起きた。また、1990年代にバブル経済が崩壊し、日本企業の活動のグローバル化が進むと、経団連が政治に圧力をかけ国内の「環境整備」を進めてもらう必要性も小さくなった。

 その結果、経団連自身の存在意義を問う声すら上がるようになり、2011年には楽天が経団連を脱退して新しい経済団体をつくった。経団連は今も政策提言などを行っているが、国の政策を劇的に動かすほどインパクトのあるものとは言い難い。

 こうした地盤沈下の状況を、異色の筒井新会長が少しでも変えることができるのか。

 さて、今年5月に任期の終わりを迎えるのは経団連会長だけでない。関西経済連合会(関経連)の会長も同様だが、現在4期目の松本正義会長が続投し、5期目を務める方向だ。

 最大の理由は、4月から10月までの万博を成功させる必要があることだ。松本氏は17年5月に関経連会長に就任。万博の誘致や経済界からの資金集めに力を発揮し、開幕が近づいても不調な万博前売り券の販売にリーダーシップを発揮した。とくに資金集めについては、「『白水会』(旧住友財閥系企業グループ)からもお金を集める力がある松本さんでなければうまくいかなかった」と言われたほど。万博を成功裡に終わらせるため、松本氏が関経連会長を続け、関西経済界を牽引するのはある意味自然といえる。

 むしろ関係者の関心の焦点は、松本氏が10月に万博が閉幕するのに合わせ退任するのか、27年までの任期を全うするのかに移っている。

 もっとも、松本氏が続投してもしなくても関経連の会長ポストを限られた大阪発祥の大企業で持ち回りする「古い」伝統が維持されるという印象は変わらない。

 ここ30年の関経連の会長6人は、住友電工、住友金属工業、関西電力の3社のいずれかのトップが務めている。戦後の混乱期が終わったばかりの1951年以降を見ても、東洋紡績が加わるだけ。

 松本会長の後任については、24年5月に関経連副会長に就任した関西電力の森望社長が有力だが、実現すれば、関西経済界の「古い伝統」は、さらに引き継がれていくことになる。

 これは時代に合わせて会長選びの在り方が変わりつつある経団連とは対照的だ。時代が猛スピードで変化する中、グローバル化、DX、GXなど課題は多い。これからの関西経済界のリーダーの在り方が問われるようになるのは間違いない。