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サントリーで約10年ぶりの大政奉還 課せられたグローバル「やってみなはれ」

サントリー社長交代

サントリーホールディングス(HD)のトップが交代する。三菱商事出身の新浪剛史社長は会長となり、創業家の鳥井信宏副社長が6代目の社長に昇格する。佐治信忠会長は取締役会議長(会長兼任)に就く。3月25日付で正式就任する。〝大政奉還〟でサントリーはどこに行くのか。文=ジャーナリスト/永井 隆(雑誌『経済界』2025年3月号より)

サントリー社長交代
サントリー社長交代

創業125年がたち忍び寄る大企業病

 新社長の鳥井信宏氏は創業者の鳥井信治郎氏のひ孫。創業者の長男で31歳の若さで亡くなった鳥井吉太郎氏の孫、第3代社長だった鳥井信一郎氏の長男に当たる。サントリー食品インターナショナル社長などを歴任し、2016年からサントリーHD代表取締役副社長を務めている。

 サントリーのトップ交代は、10年半ぶり。三菱商事出身でローソン社長だった新浪氏がサントリー社長に就任したのは、14年10月。米蒸溜酒大手のビーム社(現サントリーグローバルスピリッツ)を、サントリーが約1兆6500億円を投じて買収した直後だった。

 創業家が経営を担う大手企業にあって、サントリーはやや特殊な会社だ。子会社のサントリー食品インターナショナルは上場しているものの、サントリーHDは株式を公開していない。プライベートカンパニーの色彩が強いのだ。

 それだけに創業家の存在は大きく、鳥井家当主である信宏氏に求められるのは、オーナーシップである。サントリーのDNAは、創業者が発した「やってみなはれ」だ。社員の誰でもが手を挙げることができるのは特徴。社員の内発的な「やってみなはれ」を受けとめるのは、やはり創業家の当主が適任だ。

 とはいえ、サントリーは1899年2月創業という125年もの長い歴史を有するためか、どうしても組織の官僚化は進んでいた。

 かつてのサントリーは「失敗よりも、何もやらないことが罪になる」(サントリーの元幹部)会社だった。このため、一流大学を出ていても組合員で定年を迎える人も珍しくはなかった。部下をもたない管理職は存在せず、管理職の構成比率自体が一般の日本の大手企業よりも低く、社員はやったことでしか評価されなかった。

 ところが、キリンHDとの経営統合計画が破談していく2010年前後からサントリーは管理職予備軍のような階層をつくり、実質的に管理職を増やしていった。普通の大企業のように変貌していき、「サントリーにはバカがいなくなった。その代わり、高学歴の頭のいい奴が増え普通の大企業になってきた。バカが面白いことをやってきたのに」(サントリー元役員)という声が漏れるようになる。

 個人的なことで恐縮だが、次のような比較を経験した。1992年春、当時新聞記者だった筆者は東京商工会議所記者クラブに所属していた。とある流通大手企業がシンガポールに新設した物流施設への見学会を企画し、各社の記者が取材旅行に参加する運びとなった。すると、どこから聞きつけたのか、サントリーの広報担当者が、「シンガポールにあるレストランサントリーをぜひ訪ねてほしい。当社をもっと知ってほしいから」と各記者に接触してきたのだ。ここまでやるとは、すごい会社だ、と筆者はその時感じ、現地取材の合間にオーチャード通りを歩き日本人店長と名刺交換を行った。

 それから31年が経過し、2023年秋に筆者は自費でニューヨークに取材する機会を得た。前年にサントリーがニューヨークに開設した拠点を「せっかくなので訪問したい」と同社幹部に申し入れる。ところが、「やめていただきたい。自分の仕事ではない」ときっぱりと拒否されてしまった。サントリーは変わった、と思った。しかし、〝働き方改革〟が実行されているいま、長時間労働につながる余計な仕事は、やらないのは正しい選択でもある。「24時間働けますか」の時代とは違う。

 また、サントリーには、「やってみなはれ」を超えて、「やっちゃいました」と上司に無断で実行してしまう社員もいた。しかし、旧ビーム買収を前にした13年7月に、サントリー食品インターナショナルが上場してからは、「株主への説明責任が重いため、サントリー食品インターナショナルでは『やっちゃいました』はできにくい」という声も内部から聞こえる。居酒屋チェーンの社長は「他のビール会社と比べ、最近のサントリーの担当者は〝上から目線〟に感じる。昔は、腰が低かったのに」と話す。

 社会全体の変化に対して、さらに完全なプライベートカンパニーではなくなっているなかで、「やってみなはれ」の精神、なによりDNAを絶えず維持させていくのも、新社長の役割となる。

信宏〝社長〟の育成は新浪氏のミッション

 さて、バドワイザーのアンハイザー・ブッシュ(現在はアンハイザー・ブッシュ・インベブ=ABインベブ)、三洋電機(同パナソニック)、ダイエー(同イオンの完全子会社)……。これら3社に共通するのは、創業家が経営に参加しながら、事業承継につまずき存在が消えたり、独立を失ったという点だ。3社とも株式を公開していた。

 サントリーの事業承継は、父と子との間での激しいバトル(闘い)を通して実行されてきた。「銀のスプーンをもった息子だから」と、バトンが渡されたわけではない。

 本来なら第2代社長になるはずだった吉太郎氏が亡くなったのは1940年9月。太平洋戦争をはさみ、創業者の次男の佐治敬三氏がサントリー(当時は寿屋)に入社したのは終戦直後の45年10月。敬三氏は大阪大学理学部を42年に首席で卒業し、本当は化学の学者になるはずだった。入社した敬三氏は、信治郎氏の反対を押し切って、家庭向けの科学雑誌を発行。毎号赤字が嵩み、親子は対立する。最終的に、吉太郎氏の岳父で阪急東宝グループの創始者だった小林一三氏に諭され、敬三氏は雑誌を休刊にした。

 敬三氏と信忠氏の間でも、闘いはあった。信忠氏は「親父とはよく喧嘩をした。役員会で互いに背を向けていたことも多かったが、息子の喧嘩を正面から受けて立ってくれる親父だった。だから、経営者としての父を私は尊敬する」と、敬三氏が亡くなった後だったが、筆者に話してくれたことがあった。

 信忠氏にとって信宏氏は、従兄弟の子に当たる。親子の闘いという帝王学ではないものの、「信忠会長は信宏さんを厳しく鍛えている。一族という甘えはない」(サントリー元幹部)という証言はある。むしろ、育成という点では新浪氏の存在は大きかった。

 新浪氏は「(信宏氏が)次期社長に育ってもらうこと。10年前に佐治会長から託されたミッションだった」と昨年末の会見で明かし、その上で「(信宏氏は)経験を積み、酒類事業で着実に業績を上げてきた。だから社長に推薦した」と語った。

 もっとも新浪氏の役割は、大型買収後のいわゆるPMI(M&A後の経営の統合プロセス)に取り組むことだった。10年をかけて「やってみなはれ」や「利益三分主義」といったサントリーの創業精神を旧ビームの外国人社員に浸透させていった。1923年に創業者が竹鶴政孝氏をスカウトしてウイスキー事業に参入したように、海外事業の専門家である新浪氏を信忠氏が招請しPMIを完成させたのだ。

 PMIで特に大きかったのは、旧ビームを引き続き〝モノづくり〟の会社として方向付けたことだ。日米で共同開発したウイスキーの商品化も果たしている。

 インベブは、カリスマ経営者だったオーガスト・ブッシュ三世が率いていたアンハイザー・ブッシュを2008年、約5兆円で買収。ABインベブが誕生した。「これにより創業家のブッシュ家が経営から離れてしまい、モノづくりへのこだわりは希薄になった。ABインベブは、M&Aを展開する投資会社の道に舵を切った」(日本のビール会社首脳)のとは、大きく異なる。

 サントリーは「消費財メーカーでは日本初の真のグローバルカンパニー」(新浪氏)を目指すとしている。そのためには、グローバル人事制度の構築は求められる。国籍や人種、性別、年齢、学歴なども関係なしに、人を抜擢するし、活用していく。サントリーの創業精神をもつ多様な人々が働く、日本初の唯一無二のグローバルカンパニーをつくっていく。信宏氏と新浪氏による〝二人三脚〟により、ゆっくりと形にしていくべきだろう。

見た目はおとなしいが芯は強くて懐が深い

 鳥井信宏氏は「サントリーグループが真のグローバル企業として、世界で戦うためには、国内酒類事業の盤石化と売上収益の向上が必要」と話す。国内酒類で、規模が大きいビール類(ビール、発泡酒)事業の盤石化は新社長には求められる。

 国内ビール類商戦だが、アサヒビールは2020年から販売数量の公表をやめていて、キリンビールも25年からアサヒに追随して販売数量の公表をやめてしまう。両者とも「過度のシェア競争を避けるため」としていて、いずれも販売金額の公表に切り替えた。

 2社に対し3位サントリーは「ビール(類)だけでなく、ウイスキーもRTDも、数量および金額を積極的に開示する。そうしないと、私より偉い人(佐治信忠氏)に怒鳴られてしまう」(信宏氏)と、従来通りに情報開示していく。

 ビール類市場は最盛期だった1994年に対し、2024年は6割弱の規模にまで縮小してしまった。上位2社の情報開示の制限が、ビール類に対する消費者の関心を減らすのではと懸念されている。推計だが、24年のシェアはアサヒとキリンはいずれも30%台半ば。サントリーは、販売量を前年比で3%減少させシェアは10%台後半と見られる。

 今年サントリーは24年比で販売量の1%アップを目指す。26年10月の酒税一本化に向けて、市場の約8割を占める家庭用市場で販売量をいかに増やすかはポイントになる。

 ビール類事業を拡大できれば、信宏氏のグローバルでのオーナーシップは強固になっていく。慶應義塾大学の同学年で、信宏氏をよく知るライバル社の元幹部は言う。「佐治信忠氏や敬三氏、そして新浪氏ら、サントリーの歴代経営者は強烈な人が多く、信宏氏はおとなしいと見られてしまっている。しかし、本当の彼は芯が強く懐が深い人物」、と。

 グローバルでの「やってみなはれ」は、6代目社長に課せられている。

 事態がどう転ぶのか、予断を許さない。