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婚約破棄にトランプ関税 自動車各社はどう生き残る? 鈴木修

鈴木修

婚約発表からわずか1カ月半で破談になったホンダ︱日産の経営統合だが、これはとりもなおさず、現代の自動車業界の置かれた状況を示している。2位、3位メーカーでも無理を承知の生き残り策を模索する。4位以下はなお厳しい。各社のサバイバル戦術を追った。文=ジャーナリスト/立町次男(雑誌『経済界』2025年4月号より)

鈴木修
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足元好調のスズキはEVでBYDと提携

 車の電動化やデジタル化に巨額の投資が必要とされる一方、中国の電気自動車(EV)メーカーとの競争は激しさを増すばかり。自動車メーカーを取り巻くこうした環境の厳しさが、ホンダと日産自動車の経営統合検討の背景にあった。さらに深刻なのは中堅の自動車会社で、スズキやマツダ、SUBARU(スバル)、三菱自動車といった中堅メーカーは、生き残りに向けたそれぞれの戦略を加速させる。

 昨年11月、スズキは2025年3月期の業績予想を上方修正した。純利益は400億円引き上げ、3500億円とした。成長市場のインドで盤石の基盤を持つ同社は日本国内事業も好調だ。24年10月には、インドで製造して日本に輸入する小型のスポーツタイプ多目的車(SUV)「フロンクス」を発売。24年4~9月期の営業利益率は11・7%と、国内自動車メーカー7社で最も高く「一人勝ち」と言われた。

 しかしインド進出を果たし、スズキを大きく成長させた〝中興の祖〟である鈴木修氏が12月に94歳で死去。すでに経営トップを引き継いでいたが、困ったときに貴重な助言を得られた修氏を失い、長男の俊宏社長の手腕が問われる局面だ。

 インドでは25年に新工場を立ち上げる計画だが、かつては5割超あった同国のシェアは4割程度に低下。大気汚染が深刻で原油輸入による貿易赤字も抱える同国では政府がEV販売比率を飛躍的に高める方針。スズキの規模では単独で対処しにくいEV分野での競争に後れを取れば、インドでの優位的な立場を失いかねない。

 スズキは今年1月にニューデリーで開かれた国際自動車ショーでSUVの世界戦略EV「eビターラ」を発表。インドを拠点として「100カ国以上に輸出する」(鈴木社長)と説明した。インドではEVの基幹部品である電池を中国のEV最大手、比亜迪(BYD)から調達。日本国内では軽規格の商用車EVをライバルであるダイハツ工業やその親会社のトヨタ自動車と共同開発して25年度中に投入する計画だ。

 EV以外では、修氏の誕生日である1月30日に発表した新型車「ジムニー ノマド」の注文が殺到。発売日は4月3日だが、月間販売計画が1200台のところ、約5万台の注文が入り、注文の受け付けを停止した。この車はインドで生産するが、需要のある車の生産力を引き上げ、拡販につなげていくこともスズキの課題と言えそうだ。

米国依存の高いマツダに関税の恐怖

 マツダが今年1月30日に発表した24年の世界販売台数は127万7578台。そのうち米国販売は16・8%増の42万4379台で全体の33%を占めている。他の地域別販売は日本が20・2%減、中国が3・8%減、欧州が5・9%減となっており、「米国依存」が強まっている状況だ。

 焦点の一つは、マツダの次世代商品群の第1弾として12年に最初に投入され、マツダの業績の伸長につながったSUV「CX-5」の次期モデルだ。この車はエンジンやシャシー、ボディなど「スカイアクティブ・テクノロジー」を搭載し、同社の車の評価を大きく引き上げた。17年に発売された2代目の投入後、ビッグマイナーチェンジ(大幅改良)などは行ったが8年目で、全面改良が近いとされる。24年の国内販売台数は前年比21・1%減となっているが、全面改良すれば再び、マツダの主力車となる見通しだ。すでに米国や中国で販売している「CX-50」が後継なのか、CX-5は同じ名前を継続するのかにも注目されている。

 昨年11月、米大統領選でトランプ氏が返り咲いた。自国産業保護を重視するトランプ大統領が公約通り関税を駆使すれば、マツダやスバルなど、米国市場を主戦場とする日本の自動車メーカーに対して逆風となる可能性がある。

 カナダとメキシコへの関税が実現すれば、米国への輸出を念頭にメキシコなどに拠点を置いている自動車メーカーや部品メーカーには大打撃となる。トランプ氏が実際に追加関税を課せば、メキシコは報復関税を課す可能性がある。部品や半製品が国境を何度も超え完成車が作り上げられる場合、そのたびに関税を支払っていては十分な利益を得られなくなる。

 メキシコなどへの関税発動が確実視されていた2月3日の東京株式市場でマツダ株は一時、前営業日比で7・5%下落して取引を終えた。同社はトヨタ、日産、ホンダと同じくメキシコの工場を米国市場向けの生産拠点としてきたため、影響が懸念される。

 マツダのメキシコでの生産台数は11万台程度とみられ、他社に比べ少ないが、もともとの企業規模が大きくないだけに、トランプ関税は打撃だ。メキシコ工場で生産する車の約6割が米国向けだ。毛籠勝弘社長は2月4日、東京都内で報道陣の取材に応じ、「今まさに米国とカナダ、メキシコの3カ国がギリギリの交渉をしており、推移を見守る。自分たちが取れるすべてのオプションをテーブルにあげて、準備を進めたい」と語った。

 内燃機関に強いこだわりを持つマツダだが、30年までにEVの世界販売に占める割合を25~40%に高める目標を掲げる。今年1月には27年度にも稼働させるEV向け電池工場を山口県岩国市に建設すると発表した。パナソニックエナジーから電池のセルを調達し、この工場でパッケージ化して大型部品に組み上げ、同年度に発売するEVに搭載する予定だ。 米国市場を主戦場としているのはスバルも同じだ。スバルは国内で約57万2千台を生産。輸出台数は48万2千台で、その大半は北米だ。

 トランプ氏は選挙戦中、各国に一律10%の関税をかけると言及していた。これが実現すれば日本から米国に輸出している自動車メーカーの利益を下押しするが、米国市場の比重が大きいスバルは特に痛手だ。

 三菱自動車の加藤隆雄社長は2月3日の決算会見でホンダと日産の経営統合について、「両社の協議を踏まえながらスピード感を持って判断していきたい」と話した。統合すれば規模の小さな三菱自は埋没してしまう懸念が強い。また、「三菱」を冠する有力企業でつくる三菱グループから事実上、外れることとなり、「スリーダイヤ」ロゴを使用できなくなることも考えられ、デメリットは大きいとみられる。

破談のホンダと日産 これからの針路

 しかし、ホンダと日産は急転直下、経営統合協議を打ち切り、合意を撤回する方向となった。ホンダ側が打診した日産のホンダ子会社化案への反発が強く、溝が広がったようだ。

 両社は24年12月23日に本格的な統合協議入りを発表。持ち株会社を26年8月に発足させ、両社が傘下に入る計画だった。25年6月に最終合意し、統合契約を結ぶことを目指していた。協議は難航し、方向性を2月中旬に改めて発表するとしていた。そもそも、2月5日の終値ベースの時価総額をみると、ホンダは7兆9200億円、日産は1兆4369億円と、5~6倍の差がある。12月の記者会見では両トップが「対等」を強調したが、資本の論理からいうと対等はあり得ず、ホンダからは不満が出やすい状況だったのは確かだ。

 三菱自も経営環境は厳しい。同社は3日、25年3月期の連結業績を下方修正。最終利益は前期比77%減の350億円になる見通しと発表した。引き下げ幅は1090億円で、従来予想の1440億円から4分の1以下となる。主力の東南アジアの一部で販売が想定を下回ったほか、米国では競争激化に伴い販売奨励金が増えることが要因だ。

 24年10月、三菱自は主力車種であるプラグインハイブリッド車の「アウトランダーPHEV」を大幅改良。電動車分野での優位性を維持できるかが、同社にとって大きな課題となりそうだ。

 現在、日本の乗用車メーカーは3グループに分けられる。トヨタと子会社のダイハツ、トヨタと資本提携しているスズキ、マツダ、スバルがトヨタ陣営だ。これはトヨタの豊田章男会長が進める「仲間づくり」で、EVの車台など協力できる分野は協力し、車の開発や販売などでは競争するという考え方だ。あとは日産と三菱自、そして国内ではどことも組んでいないホンダだ。

 ホンダと日産の統合で、3グループが2グループになるとみられていたが、破談となったため、ホンダと日産はそれぞれ、新しいパートナーを探す可能性がある。スズキやマツダ、スバルはトヨタ陣営のため、日産やホンダと組むかは不透明だが、スケールメリットや特定分野で他社との協業が必要な状況は続く。いつまた、国内自動車メーカーの再編が動き出しても不思議ではなく、そのときは中堅メーカーが〝主役〟となる可能性も否定できない。