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ワークライフバランスは必要な時まで考えなくていい 端羽英子 ビザスク

端羽英子 ビザスク

世界190カ国60万人超の知見をつなぐナレッジプラットフォーム「ビザスク」を運営するビザスク。CEOの端羽英子氏は、学生時代に結婚し、ゴールドマン・サックス証券を入社1年目で妊娠退職後、2社を経てビザスクを創業する。入社1年目、ワークライフバランスの取り方をどう考えればいいのか。聞き手=和田一樹 Photo=西畑孝則(雑誌『経済界』2025年5月号「社長が語る入社1年目の教科書」特集より)

端羽英子 ビザスクCEOのプロフィール

端羽英子 ビザスク
端羽英子 ビザスクCEO
はしば・えいこ 1978年7月生まれ。東京大学卒業後、2001年ゴールドマン・サックス証券投資銀行部門に入社。日本ロレアルにて予算立案・管理を経験。その後、マサチューセッツ工科大学にてMBAを取得。帰国後、ユニゾン・キャピタルにてPE投資に5年間携わる。12年3月にビザスクを創業し、20年3月に上場。趣味は茶道。

「もっと自信があったら」違う選択もあったかもしれない

―― 端羽さんは東京大学卒業後にゴールドマン・サックス証券(GS)に入社しました。そして、1年目で妊娠し、退職という選択をしています。まず、どうしてGSに入社したのでしょうか。

端羽 就職をするにあたってプロフェッショナルになりたい気持ちが強く、グローバル思考もありました。また、子どもの頃から歴史が好きで、社会に何か良いインパクトを残して人生を終えたいと考えていたので、新しい価値の創造にチャレンジしたいとも思っていました。

 外資系は就職活動期間が日系企業よりも早く、かなり早い段階で内定が出ました。その後、日系のメーカーの新規事業部などもOB訪問して面白そうだなと思ったのですが、 当時は配属や働く場所が決まっている企業がいいなという考えもありました。今は異動がある会社の方が転職せずに複数の可能性を楽しめていいなと思うんですけど。

 なにより、プロフェッショナルになりたい気持ちが強く、いろんなライフイベントに直面した時にも、柔軟に働き続けられるようにとにかく強みを身に付けるんだと考えていました。それでGSに決めたというのが経緯です。

―― そして入社1年目にして妊娠というライフイベントに向き合うことになりました。結果的に退職という決断をしています。

端羽 当時を振り返って思うのは、社会人としていろんな経験をして、社内からの信頼貯金があって、もっと自分に自信があったら会社に残る選択肢もあったのかもしれないということです。

 ですが1年目の私にとって、みんなが120%で頑張っている中で私だけケアしてもらう存在になる状況が、すごくプレッシャーだったんです。遅かれ早かれ多くの人が経験するライフイベントだし、少し早かっただけだ! と割り切ることができなくて、退職することにしました。

―― 妊娠や出産はコントロールしきることはできませんが、日系企業を選んでいたら違う働き方もできたなと思ったりはしませんでしたか。

端羽 ある時、フェイスブックCOO(当時)シェリル・サンドバーグさんの『LEAN IN: 女性、仕事、リーダーへの意欲』を読んでいて、「若い女性からワークライフバランスやキャリアの相談を受けるけど、ワークライフバランスは考えなくてはならないタイミングで考えればいいから、前もって自分に制限をかけなくていい」というようなことが書かれていて、我が意を得たり! と思いました。

 私は就職活動の段階で学生結婚することを考えていたので、両親からは子どもが生まれても働きやすそうな会社を選んだらどうかというアドバイスもありました。20数年前の話ですし、両親はずっと同じ会社で働くものという人生観を持っている世代ですから、それは当たり前の助言だったと思います。ただ、2025年でも女性は出産・子育てしやすい会社を選んだ方がいいという声が一定程度ありますよね。

 私は20数年前の時点で、それは違うのではないかと思っていました。もちろん、逆算して就職先を選ぶこともひとつの選択肢です。ただ、人生はいろいろなことがあって、その時々で興味関心も移り変わるし、ライフステージも変化し続けます。なので、その時点で心配しなくていいはずの将来の可能性で、目の前の選択肢が大きく影響を受けなくていいと考えていました。

 だからこそ、結果として1年で辞めた会社であっても、GSを選んで、めちゃめちゃ頑張って働いて良かったなと思っています。100%仕事に全力投球できた時期に、明朝までに仕上げろと任された仕事を頑張ってやり遂げた夜があったからこそ、地力がついて、働くということへの目線が上がって、次の仕事や今の自分につながったと感じるのです。

どうすれば自分の将来のオプションが最大化するか

―― かつてよりキャリア設計を強調されるようになり、ジョブホップを前提に1社目を選ぶような人も増えていると聞きます。

端羽 いずれ絶対に自分はこれをやりたい! と、よほどはっきりしているのなら、選ぶ道を逆算することは大賛成です。でも、そうした強固なビジョンが決まっていないのなら、まずは、面白そうだと思ったことを最大限頑張ってみることが大事ではないかなと思います。

 若い自分が考える長期プランは、10年後の自分が振り返ったら本当に小さかったなと感じると思います。その小さなイメージから逆算したら、選択肢はさらに小さくまとまってしまいそうですよね。全力で何かに頑張ってみたら視界が開けて、本当にやりたいことが見つかるかもしれない。その時に転職も起業もあっていいと思います。

 私自身、ロレアルではコントローラーとして予算立案・管理の仕事をしていて、業務理解を深めようと消費者調査の様子を横で見ていた経験が、ビザスクの事業で知見者インタビューを「BtoB領域でのユーザーインタビュー」に活用することにつながったり、ユニゾン・キャピタルで記事検索をしながら業界調査を繰り返した経験が、「業界経験者の知見から学ぶ業界調査」につながったり、過去の努力が思わぬところで起業に生きています。

組織的赤ちゃん期は積極的に発語すべし

―― 端羽さんはビザスクを創業する前に、日本ロレアル、ユニゾン・キャピタルと転職を経験しました。それぞれ、入社1年目はどんなことを心掛けて過ごしてきましたか。

端羽 まず、やっぱりどこでも1年目はつらい! (笑)。

 私はよく「組織的赤ちゃん期」という言い方をしますが、どんなに賢い人、優秀な人でも、転職すれば最初はベビーです。組織の大人たちは周りでなんか話しているんだけど、本人はベビーだから分からない。しばらくすると本人は何か喋っている気になってくるけど、どんな優秀な人でも周りから見たら一語文くらいなのでしょう。

 組織的赤ちゃん期は、早い人だったら2カ月で終わるかもしれないし、長ければ1年くらいかかるかもしれません。あるいは、上のポジションで転職すると学んでおくべきことが多いので、意外とポジションが上の方が長く必要だったりもします。当然、会社のことを一番分かっていないのはベビーな自分なので、最初は役に立てないな、なんか自己肯定感下がるな、という感覚に陥ります。だから私も1年目はどの会社でも辛かったです。

 でも、ちょっと恥ずかしくても、一語文、二語文から話していかないと正しい文章を話せるようにならないので、組織的赤ちゃん期の入社1年目、周囲が「赤ちゃんかわいいな」と見守ってくれる間に「発語すること」がすごく大事です。

―― 「発語すること」をもう少し行動に落とし込むと、どんなことを大事にすればいいのでしょうか。

端羽 ビザスクは7つのバリューを定めていて、その中に「プライドはクソだ」というものがあります。もっと言えば、学べないプライドはクソだ。ということで、昨日より今日、今日より明日もっと賢くなろう!と私自身もとても大切にしています。

 これにつながっていると思いますが、今の自分は一語文しか話していないんだけど、それでも話さないとしょうがないんだ! という自己認識のもとに、失敗してもいいから先輩たちにいろんなことを質問しにいくことです。

 これってこういうことですか? と積極的に聞きに行って、時には「何センスない質問してるんだよ」と言われちゃうこともあるかもしれない。でも、間違っていることを指摘されるまで待っているよりも、絶対に早く成長できます。

 なので、相手の時間をもらう上での最低限の礼儀はわきまえながらも、自分の学びのサイクルが早くなったら結果としてこの会社に早く貢献できるようになる! という開き直りとともに、能動的なコミュニケーションを取ることが大事だと思います。

―― 端羽さんのお子さんは就活中だそうですね。入社1年目のお子さんからアドバイスを求められたら、何と答えますか。

端羽 子どもにも、ビザスクに参画してくれる社会人1年目の仲間にも、きっと同じことを言うと思いますが、1年目はつらいこともあると思うけど、3年たつと景色が変わるということです。もちろん、ブラックな職場は別です。違和感を覚えたら周囲に相談して、もしそうならすぐに逃げるべき。

 でも、そうではないなら、今が辛くてもいずれ景色が変わる、自分で変えるんだと思って3年頑張ってみてほしい。

 もしかしたら、入社1年目の今やっている仕事が、将来何につながるのか分からない人もいるかもしれません。でも、成長したら見えてくるものがあったり、周りから信頼されれば任される仕事が変わってきたりするものです。2年目に、あれ、少し変わったかもしれないなと思った景色が、3年目に大きく変わると感動します。目の前の仕事に全力で取り組んだ先に視野が広がって、世界が変わることを楽しみにしてもらいたいです。