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新入社員は会社の外へ飛び出せ 改革志向を育てた1年目の過ごし方 山北栄二郎 JTB

山北栄二郎 JTB

コロナ禍真っただ中の2020年6月に、JTB社長に就任した山北栄二郎氏。未曽有の危機を乗り切り、22年には「世界一の旅行会社」から「あらゆる交流を創造する会社」へリブランディングを図るなど、大胆なかじ取りで組織を成長させてきた。そのマインドの秘密は、新入社員時代の過ごし方に隠されていた。聞き手=小林千華 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2025年5月号「社長が語る入社1年目の教科書」特集より)

山北栄二郎 JTB社長のプロフィール

山北栄二郎 JTB
山北栄二郎 JTB社長
やまきた・えいじろう 1963年生まれ、福岡県出身。87年、早稲田大学卒業後、日本交通公社(現JTB)に入社。本社経営企画室等を経て、旅行事業本部グローバル戦略担当部長、JTB欧州代表、常務執行役員などを歴任。2020年6月より現職。

最初の仕事は「好きなこと」培った感性が業務に生きた

―― 山北さんは1987年に大学を卒業後、日本交通公社(現JTB)に入社し、現在までJTB1本のキャリアを歩んできています。1年目を思い返してみて、どのような新入社員でしたか。

山北 今思えばけっこう生意気というか、怖いもの知らずな新入社員でした。おかしいと感じたことはすぐにおかしいと言う性格で、時には上司と言い合いになることもありました。

 でも本当に環境には恵まれましたね。入社してすぐ、上司に「自分の好きなことは何か」と聞かれたんです。芸術や文学が好きだったのでそう答えると、「じゃあそれらについて、自分で人にしっかり話せるくらい勉強しなさい。そのための行動は自由にしていいから、好きなことから自分で仕事をつくれるようになりなさい」と。他の先輩方も同じ姿勢で接してくれ、勉強したいことについて2万円分も本を買っていいと言ってもらったこともありました。

―― 新入社員に対してまず「好きなこと」とはすごいですね。それはJTBの社風だったのでしょうか。

山北 社風も自由な方ですが、当時の上司は特にそういう方針を強く持っていたと思います。私も当時から自分のやりたいことがはっきりしている性格で、戸惑うこともあまりなく、言われた通りいろいろなことをやりました。自分で勉強するだけではなく、好きだった芸術関係をはじめとする、さまざまな業界の人にも会いに行きました。

 そうした出会いがツアーの企画など直接仕事につながることももちろんありましたが、間接的に自分の役に立ったことも多いです。

 例えば一時期、建築に興味を持って勉強していたことがありました。その時学んだ「心地いい空間をどうつくるか」という建築の考え方は、心地いい旅をつくる時にも重要なものだったと思います。文章を書く時も空間の置き方、間の取り方を意識しますよね。

 何が後々役に立つかは、学んでいる最中はなかなか分からない。でもどんな経験も感性に影響を与えて、他の場面で間接的に生きてきます。言われたことをただこなすだけではなく、いろんな経験から感性を磨いていくことが重要だったのだと今になって思います。

―― 自ら積極的に経験することでしか得られない学びですね。

山北 「自由にやれ」と言われて良かったことはもうひとつあります。私は怖いもの知らずだったと最初に言ったように、業務の中で非効率だ、改革すべきだと思ったことも、かなり自由に指摘していました。周囲から反発がなかったわけではないですが、基本的にはそんな姿勢を評価してもらえることの方が多かったです。

 例えば、ツアーの参加者に100通以上もの案内書類を発送する時でも、40年近く前ですから1通1通自分たちで封筒に切手を貼って送っていたんです。ところが会社の目の前に郵便局があったので、私は「封筒をそのまま持っていけば一括で処理してもらえるんじゃないか」と思い、郵便局に行って交渉して手続きを済ませてしまった。それまで毎回切手を貼って処理していた社員からすると、それが当たり前のルーティンだからこそ、覆すなんて思いつかなかったのだと思います。

 新入社員だった当時はそんな初歩的で小さな気付きを形にしていただけですが、それを積み重ねて周りから評価してもらってきたことは、その後とても役に立ちました。小さな改革も大きな改革も、元になる視点や発想は同じですから。今振り返ると生意気で空恐ろしく思うこともありますが……。

―― 山北さんに後輩・部下ができた時も、自分の新入社員時代と同じ姿勢で接しましたか。

山北 そうですね、自分がそうしてもらってよかったという思いがあるので。相手とコミュニケーションはとりながらも、自由にやってもらうように心掛けてきました。

若い時は好奇心を大切に外の世界にも学びはある

―― もし新入社員時代の自分にアドバイスをするなら、どう声をかけますか。

山北 当時の自分に言ってもなかなかできないかもしれませんが、もう少し先輩方の言うことを体系的に聞いておけばよかったですね。昔から何でも「自分でできる!」という思いが非常に強く、自分で自由に突き進んできたのですが、もっと周りにいろいろ聞いていればこういうことを教えてもらえたんじゃないかと、後になって感じることがありました。

―― ではもし今の山北さんが新入社員としての1年をやり直すとしたら、前とは違う臨み方をするでしょうか。

山北 いえ、また同じようにやると思います。時代背景的に昔の方が今より自由なこともありましたが、もし今同じ環境でキャリアのスタートを切れるなら、もっといろいろな場所に顔を出して、いろいろな人にも会って知識を吸収したいですね。

 特に現代は、テクノロジーの知識をどう得て自分をアップデートするかが問われる時代です。どんな場所にも自分で足を運んで、情報をとりに行く姿勢が大切だと思います。

―― 間もなく新年度が始まります。春から新しい環境に飛び込む方々へメッセージをお願いします。

山北 何と言っても好奇心を持ってほしいです。そのためには、好奇心のきっかけになる刺激を受ける機会を増やすこと。会社の中にばかりいると、その中の環境やルールを守ることにエネルギーを使ってしまうと思うんです。それも大事ですが、やっぱり若い時しか許されない失敗もたくさんありますから。

 私も新人の頃から仕事でよく海外へ行きました。アジアの中だけ見ても地域によって文化や環境が全然違う。ましてや中東などは、当時の自分にとっては全く未知の世界でした。でも現地に行ってみると、そこに住む人たちもみんな同じ人間なんだなと感じました。外の世界にはそんな学びがあります。ぜひどんどん外へ出ていってください。