ゲストは、日本各地の歴史や文化をVR動画にして世界に配信する事業等を行う起業家のリン・レイチェルさん。ハーバード大学院修了、元ミス・シンガポールなど華やかな経歴を持つ彼女が惹かれたのは、なんと日本の地方でした。「日本の奥深い魅力を世界に伝えたい」と熱く語るリンさんと対談しました。似顔絵&聞き手=佐藤有美、構成=大澤義幸 photo=市川文雄(雑誌『経済界』2025年5月号より)
リン・レイチェル SeiRogai代表取締役COO兼共同創設者のプロフィール

シンガポール生まれ。デューク大学卒業、ハーバード大学院修了。韓国のシンクタンクや日本の投資会社を経て、2019年にSeiRogaiを共同創業。国際スピーカー、東アジア専門家、エッセイストとしても活躍。元ミス・シンガポール。
観光で訪れた日本の地方 その奥深さに魅了される
佐藤 リンさんは日本でSeiRogaiというメディア制作・運営会社をオーストラリア人のユエンさんと共同創業・経営されています。過去には元ミス・シンガポール、ハーバード大学院修了、東アジア専門家、日韓での会社勤務など、豊かな国際経験をお持ちですが、日本に関心を持ったきっかけは。
リン 私はシンガポールで生まれ、家族の仕事の関係で6歳の時に中国・上海に移り住みました。他にもマレーシア、インドネシア、香港、台湾などでも過ごしています。学生の頃は米国デューク大学で公共政策と東アジア研究を、ハーバード大学院では国際関係と異文化コミュニケーションなどを研究していました。
日本には大学院修了後に入った韓国の会社を辞めた後、観光旅行で訪れました。地方を回り、各地で異なる歴史や文化、特産品などに触れ、その奥深さに興味を持ったんです。それで日本の会社やビジネスについてもっと知りたくなり、日本の投資会社に就職しました。
佐藤 リンさんなら世界的な大企業や別の道も選べたのでは。
リン 当時は日本語も話せなかったので、「それで日本の会社に入るの?」と笑われましたし、MBAの道も考えました。しかし、周りの友人から「日本で事業を始めたいが、日本はビジネス感覚が独特でコミュニケーションを取るのが難しい」とか、逆に日本人からも、「海外展開したいが、事業の始め方が分からない」という声を聞いていました。私が日本について学んでそのギャップを埋められれば、世界との橋渡しになれると考えたんです。
佐藤 思い切りましたね。そこから今の会社の創業に至ったのは。
リン その投資会社には社員に起業を促すオープンかつフレキシブルな社風がありました。そこで私は日本の魅力を世界に伝えるメディアの事業をしたいと考え、ハリウッドなどで映像・広告制作に長年携わっていたユエンと一緒に会社を立ち上げたんです。現在は日本の各地を紹介するVR動画を制作していますが、他社の動画は食べ物や景色を紹介するだけの表面的なものが多い。一方、私たちはストーリーにこだわり、日本の地方ごとの歴史や文化、伝統工芸や特産品を掘り下げたドキュメンタリー仕立てにしています。360度VRを使ったバーチャル世界旅行を提供する「Global Virtual Travel」は昨年実証実験を始めたばかりですが、インフルエンサーによる紹介やクチコミで、登録者数は300万人を超えました。
佐藤 東京・府中の大國魂神社など、日本人から見ても少しマニアックな場所を紹介されていますね。
リン 大國魂神社は東京五社に数えられる神社ですが、府中に住んでいてもその歴史を語れる人はそういません。そこで大國魂神社の宮司さんの目線で、通常は入れない社殿などをドキュメンタリースタイルで案内しています。これが視聴者にとって独特な体験や学びとなります。
佐藤 面白いですね。コロナ後の観光業界はインバウンドで持ち直してきていますが、御社がメイン顧客として狙うのもインバウンドですか。
リン はい。従来は台湾、香港、中国などから観光客が団体で訪れ、バスツアーなどを利用して各地を回っていました。私たちはそれに加えて、消費力の高い富裕層や個人旅行者を対象としたサービスを企画中です。
ここで鍵となるのが地方です。地方で団体が宿泊できる施設は限られますが、少人数の対応は可能です。そうした層は素養があり、日本の地方の文化や歴史に興味を持つ人が多い。日本のアニメや映画もよく見ています。そこで地方を紹介するコンテンツを増やしています。今後は今あるサービスを通じてホテルや交通手段の予約もできるよう、他社との連携を増やしていきます。
事業で大切にしているのは当事者目線とストーリー

佐藤 御社では他にメディア配信事業等も手掛けられていますよね。
リン はい。東南アジア向けにテレビ番組や映画を配信する「SeiRogai TV」や、日本企業の海外進出、越境ECのマーケティングや環境構築の支援などを行っています。ありがたいことに、中小企業基盤整備機構やJETROの認定パートナーにもなっています。
海外向けECで扱っているのは、藍染めや和紙、漆、お茶など、日本の伝統工芸品や特産品です。日本の職人さんは年配者が多く、伝統工芸品を創る仕事も日本の若者からするとダサいと感じるかもしれませんが、外国人の目には新鮮に映ります。ここでも大切にしているのは、職人さん自身によるストーリーの説明です。和紙も製法や歴史の説明がなければ、単なるジャパニーズペーパーで終わってしまいます。これを私たちのアジアのネットワークやリソースを生かして広めていきます。
佐藤 ストーリーの有無で消費者の購買行動に大きな差が出そうですね。御社の今後の動きは。
リン 今の事業をさらに発展させていくことはもちろん、海外の留学生向けに東京・多摩地域と連携して、キャンパスツアーを行う予定です。地域と大学の歴史を踏まえて紹介していきます。少子化が進む日本では国内外の人材を問わず、若い世代を増やさなければ企業も大学も経営を維持できません。日本の奥深い魅力を世界にもっと知ってもらえるよう活動を続けていきます。
