社外取締役がどのような役割を果たしているのか、実はあまり知られていない。中には、「月に数時間の取締役会に出席するだけ」と思っている人もいるだろう。セガサミーホールディングス(HD)をはじめ、上場企業6社で社外取締役を務める大久保和孝氏に、社外取締役の実務や果たすべき役割について話を聞いた。聞き手=和田一樹(雑誌『経済界』2025年6月号より)
大久保和孝 大久保アソシエイツのプロフィール
おおくぼ・かずたか 慶應義塾大学法学部卒。EY新日本有限責任監査法人経営専務理事を経て、商工組合中央金庫取締役、セガサミーホールディングス取締役(監査等委員)、LIFULL取締役、サーラコーポレーション取締役、サンフロンティア不動産取締役(監査等委員)、武蔵精密工業取締役(監査等委員)、ブレインパッド取締役(監査等委員)、他複数の企業等の役員に就任。公認会計士。公認不正検査士。
取締役会を議論の場にモニタリング型から戦略型へ
―― 2019年、セガサミーHDの社外監査役(当時) に就任しました。どんな経緯で就任し、どんなことから取り組みましたか。
大久保 20年以上勤めたEY新日本有限責任監査法人を退職する際、里見治紀社長からお声がけをいただいたことがきっかけです。取締役会に参加してみると、当時から活発な議論が行われていましたが、実質的には報告事項や既に経営会議を経た決議事項が中心で、議論の幅には限界があると感じました。
これは多くの企業に共通する課題だと思いますが、 社外取締役の立場からすると、既に社内で合意形成がなされた案件に対して大きな修正を加えるのは容易ではありません。また、報告事項に対してはコメントするにとどまり、意思決定に直接関わる機会が少ないのが現実です。こうした状況に対して、取締役会の実効性を高めるには、決議の前段階での「議論の時間」をいかに増やすかが重要です。
―― 議論の時間を増やすためにどんなことをすればよいのでしょうか。
大久保 まず、社内外の取締役間の情報格差を減らすことが出発点です。セガサミーHDでは、取締役会の前に事務局が各議案についての動画を用意しており、取締役はそれを視聴してから会議に臨みます。議案が多いと負担は大きくなりますが、理解が深まり、会議当日の議論が格段に充実します。
次に重要なのが、決議事項・報告事項とは別に、自由に議論する時間を設けることです。セガサミーHDでは取締役会終了後に「グループ経営委員会」を開催しており、社外を含む取締役と主要事業会社の代表取締役が参加します。ここでは、ビジネスの方向性やリスクマネジメントなど、グループの幅広いテーマについて踏み込んだ議論を行っています。この場で十分に議論されたテーマが、後の取締役会で円滑に決議されることも少なくありません。また、こうした議論の場を臨時で設けたり、年に一度は中期経営戦略について議論する「経営合宿」を行ったりするなど、環境変化に対応できるよう柔軟に運営しています。
企業を取り巻く環境が激変する今、社外取締役の役割も変化しています。モニタリング型にとどまらず、戦略的な議論を主導できる取締役会のあり方を常に見直すことが必要です。
―― 社外取締役の役割は執行の監督とはいえ、より能動的に関わっていく必要があるのですね。
大久保 私は監査等委員として、「実査・立会・確認」という監査の基本を重視しています。取締役等の会議への参加に加えて可能な限り現場に足を運び、現地の社員と直接対話し、自分の目で現状を確かめることが重要だと考えています。
セガサミーグループは欧米での事業が拡大しており、昨年は欧州法人、今年は米国法人を視察しました。例えばゲーミング事業では、実際に米国のカジノで自社の製品が稼働している様子を見学。平日昼間にもかかわらず自社製品に多くの利用者が集まっているのを見て、その人気の高さを実感できました。事業の実態を肌で感じることができ、事業計画や成長シナリオの信頼性についての理解が深まりました。
また、私は監査法人時代、多くの不祥事に直面してきましたが、形式的なガバナンスよりも、経営者の姿勢と企業風土こそが本質だと実感しています。直接話を聞き、ときにはお酒を酌み交わす中でこそ、組織の本音が見えてくることもあります。
リスクマネジメントも主導。社外の視点で議論を深める
―― ガバナンス強化のために、社外取締役として他には具体的にどんなことをしていますか。
大久保 経営の意思決定プロセスのモニタリングに加えて、能動的に議論を主導する上で、特に重視しているのはリスクマネジメントです。社内の取締役がどの経営課題を重く見ているか、どのような優先順位で取り組もうとしているのかを理解することが重要です。多くの企業では、コンサルタントなどを通じてリスクを体系的にまとめた資料は作られているものの、それが十分に取締役会で議論されているとは言えません。形式的な報告に終わってしまい、社外取締役のコメントも表層的になりがちです。
そこで私は、取締役がそれぞれ認識しているリスクを書き出し、それをリスクマップに整理して共有・議論することを提案しています。例えば「情報漏洩はリスクである」という認識は共有されていても、「どの情報が」「どう漏洩する可能性があるのか」「影響の深刻さ」については、取締役間でも大きな認識の差があります。この差を埋めるために、リスクを可視化し、深掘りして議論することが重要で、私自身が議論をリードすることもあります。限られた経営資源を、どの課題にどのように配分するかを意思決定する。それこそが取締役会の責務だと考えています。
社外取締役の兼務はむしろメリットが大きい
―― 取締役会の議論を充実させ、現場も回り、リスクマネジメントの議論もリードする。上場企業6社の社外取兼務はハードではないですか。
大久保 もちろん忙しいのは事実ですし、兼務に対して否定的な意見があることも承知しています。ただ、企業の規模や業態によってかかる時間は大きく異なりますし、複数社に関わること自体が社外取締役としての価値を高める面もあります。変化の激しい時代においては、他社や他業界の事例を知っていることが、視野を広げるヒントになります。
例えば、セガサミーグループにはゲーム分野の専門家は多くいますが、他業種の動向に精通しているとは限りません。だからこそ、私は異なる業界の視点や中長期の目線を取り入れることで、経営に多角的な視点を提供できると考えています。また、複数社を兼務することで、経済的な独立性を保ちつつ、公正で冷静な意思決定が可能になるという側面もあると思います。
―― 豊富な経験から、今の日本企業の社外取締役制度に課題を感じる部分はありますか。
大久保 制度設計ももちろん重要ですが、何より大切なのは、取締役会で異なる意見や価値観に真摯に向き合う「社長の覚悟」だと考えています。多様な考え方を受け入れ、社外取締役に何を期待するのかを社長自身が明確にすることが出発点です。そして、その期待にふさわしい人材を、実務的な能力やガバナンスの視点を持って登用できているかが問われます。制度に頼る前に、経営トップ自身がコーポレートガバナンスをどう捉え、どのように実践しようとしているのか。それが企業の未来を大きく左右するのだと思います。