コーポレートガバナンス・コードにより社外取締役の拡充が求められてきた。一方で、東証改革が進んだことで経営陣は資本市場に向き合うことを強いられる。また、経産省の指針変更で同意なき買収にも真摯に対応することが求められる。企業統治はどうなるのか。日本取締役協会会長の冨山和彦氏が語る。聞き手=和田一樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2025年6月号より)
冨山和彦 IGPIグループのプロフィール

とやま・かずひこ ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年 産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。07年経営共創基盤 (IGPI)を設立しCEO就任。20年10月よりIGPIグループ会長。同年 日本共創プラットフォーム(JPiX)を設立。パナソニック社外取締役、メルカリ社外取締役、日本取締役協会会長。内閣官房新しい資本主義実現会議有識者構成員、他政府関連委員多数。
うかつな対応をすれば株主代表訴訟で訴えられる
―― 日本企業の経営ボードはどんなフェーズを迎えていますか。
冨山 これまで日本企業の経営者は、株の持ち合いという外堀。自分の部下が取締役をやっているという内堀。この両方で守られていました。ところが東証改革の流れで株の持ち合い解消が進み、コーポレートガバナンス改革の流れで社外の取締役が増えてきた。社外取締役の人数や比率は、官主導の改革ということもあって提示された形式基準に企業側が何とか合わせるように進んできた側面もありましたが、ここにきて本格的にモードが変わりつつあります。
分かりやすい転機は、東証改革に伴うPBR向上の議論です。目先の株価だけに限った表面的な話ではなく、いかに企業価値を上げるのかという実質の議論がなされるようになってきました。そして、株主から企業価値の向上が不十分だとみなされた経営者は、IRミーティングで文句を言われたり株を売られたりするどころか、株主総会における取締役の選任、再任決議で反対票を投じられることになります。機関投資家もアセットオーナーからのプレッシャーがあるわけで、こうした動きは当然のことです。今年から株主総会がさらにシビアな場になっていくのではないでしょうか。
―― 社外取締役自身も市場からのプレッシャーにさらされます。特に、セブン&アイHDや日産自動車のようなケースでは、社外取締役が中心となって買収や統合の是非を議論する特別委員会が組織されます。
冨山 やや言い方はきついですが、ちょっとした小遣い稼ぎの感覚で社外取締役になったら、急にその会社の命運を決める問題についてイエス・ノーを求められることだってあるわけです。うかつな対応をすれば株主代表訴訟で訴えられる可能性もあります。責任が重いと感じる人が多いかもしれませんが、私自身は社外取締役の質を上げるために良い環境になってきたと考えています。
また、いわゆるアクティビストや機関投資家ばかりが厳しい要求をしてくるわけではありません。世の中の雰囲気も変わりつつあります。昨年末からあるメディア企業が大きなトラブルの渦中にあります。子会社で深刻なリスク事案が起きていたものの、親会社の監査委員会には報告が上がっていなかったようです。当該企業は監査員会等設置会社という機関設計を採用していながらリスク事案が報告される仕組みが不十分だったとするならば、監査委員会のメンバーなり社外を含めた取締役なりのガバナンス上の任務懈怠と言われても仕方がないわけです。
そこを株主のファンドから追及されているわけですが、ひと昔前だったら「外資のハゲタカがけしからん」という情緒的な反応があったかもしれません。しかし、現在の世論はファンドに同調しつつある。
あるいは、広く国民に知られた企業が買収提案を受けオーナー家がMBOに動くそぶりを見せた時、これも時代が違えば「オーナー家頑張れ!」という世間の雰囲気だったかもしれません。ところが今は、どちらがベストオーナーかを冷静に見ている。ですから、ライブドアが世間をにぎわせた20年前とは状況が様変わりしているわけです。
―― 経済産業省や金融庁のスタンスなど、企業のボードを取り巻く政官の雰囲気も変わりました。
冨山 ここ数年、各種政策の進展も相まって、国民の資産所得を大きくしようという基本的なコンセンサスが日本社会で形成されてきました。となると、株価は継続的に上がっていくのが望ましいので、一億総アクティビスト化とも呼べる状況になっています。ようやく日本に資本民主主義元年が到来したと言えるのではないでしょうか。そして、日本の経営者は前述の外堀・内堀が崩壊したことにより、裸で資本民主主義にさらされる時代になったわけです。
株主は国民。取締役は国会議員
―― 世間のアクティビストに対するムードは変わりつつありますが、経営陣としてはやっかいな相手であるのはひとつの本音です。
冨山 それはそうでしょう。ただ、アクティビストに攻撃されるのが怖いというなら、それ相応のディフェンスを固めればいいのです。ある意味で当たり障りのない社外取締役で固めていたら、それはアクティビストから突っ込まれて当然です。
また、外部からの指摘という点で言えば、議決権助言会社ISSが社外取締役の在任年数に関して外形基準に基づいて再任決議への反対を推奨することに不満を持っている経営陣もいるかもしれません。ただ、外形基準の線引きに引っかかるというのは、最低限の形を整えられていないわけで、そこをつっこまれるのは仕方がない話です。やや乱暴な言い方ですが、真面目に取締役会を構成していれば突っ込みどころは減らせます。
それでもまだアクティビストが怖いというなら、社外取締役自身にもいろいろな勉強をしてもらっていくしかありません。そういう意味でも、結局ボードのレベルを上げようという話です。
―― レベルを上げることが大事とのことですが、改めて社外取締役に求められる資質とは何でしょうか。
冨山 企業価値を高めるために何が必要なのか。10年、20年という長期的な視点も含めて、どうすれば持続的に繁栄していけるのか。それらに対する世界観を持っていることが大事です。そして、そこからバックキャストして今何をすべきかの視点をボードで共有するわけです。ということは、相応の経済的な知識や財務ファイナンスなどのビジネスに関する知見が欠かせません。それらに裏打ちされたファクトとロジック、そしてその人なりの見識をもって論理展開をする必要があります。
国の制度に例えて言えば、取締役は株主という国民に選ばれた国会議員です。そして、その国会議員である取締役が過半数で党の代表、総理大臣、つまりCEOを選ぶ。だから仕組みは議院内閣制です。資本民主主義元年という資本主義が本格的に機能する時代において、国民である株主からの負託に耐えられるのか。この覚悟がないのなら、社外取締役は引き受けてはいけないと、私は思います。