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社外取締役の過半数議論はまだ少し検討の余地がある 松田千恵子 東京都立大学

松田千恵子 東京都立大学

ここ10年ほどで日本企業の統治改革は一気に進んだ感がある。コーポレートガバナンスに関する著書が多数あり、大手上場企業で社外取締役を務める松田千恵子氏に、社外取締役制度の今とこれからを聞いた。聞き手=和田一樹 Photo=小野さやか(雑誌『経済界』2025年6月号より)

松田千恵子 東京都立大学のプロフィール

松田千恵子 東京都立大学
松田千恵子 東京都立大学大学院教授
まつだ・ちえこ 東京外国語大学外国語学部卒業。仏国立ポンゼ・ショセ国際経営大学院経営学修士。筑波大学大学院企業科学専攻博士課程修了。博士(経営学)。日本長期信用銀行、ムーディーズジャパン格付けアナリスト等を経て、コーポレイトディレクション、ブーズ・アレン・アンド・ハミルトンでパートナーを務める。事業会社の社外取締役、政府等の委員も多数就任。

社外取締役と企業価値向上。学術研究の結果はさまざま

―― 学識者であり複数社で社外取締役を務める知見から、社外取締役が果たすべき役割をどう考えますか。

松田 まず、本来は「社外」という言い方は適切ではなく、「独立」取締役であることが重要です。ただ、今回は分かりやすさを重視して社外取締役ということで話を進めます。 社外取締役はステークホルダーの代表であり、特に株主の代わりとしてボードに加わっている位置づけです。ステークホルダーの代表として執行の状況がどう見えているのか。この視点から厳しく監督することが中心的な役割です。

 2015年のコーポレートガバナンス・コード公表以降、量と質の両面で社外取締役に求められる水準は厳しくなってきました。一方で、肝心の社外取締役自身にとっては、自分が株主の代表であるという意識はまだ貫徹されていないと感じます。

―― 「執行の監督」と言った時、監督という言葉には幅があります。戦略議論まで立ち入るべきですか。

松田 私は賛成です。「監督と執行を分離する」という表現から、監督は執行に一切関与してはいけないと捉えている人もいます。しかし、自分が全く納得していないプランを正しくモニタリングできるでしょうか。

 ですから、経営戦略など会社の大きな方向性に関するコミュニケーションは積極的にやるべきで、むしろそうした議論こそ取締役会で必要なのだと思います。進むべき方向性の軸があることで、執行側はその実行に尽力し、監督側は軸からのズレをチェックできるからです。

 ちなみに、経済産業省が21年に行った調査では、取締役会の2割程度の時間しか戦略議論にあてておらず、大多数が投資案件や業務執行の意思決定に使われているという結果が出ています。私はこの比率は逆でいいと考えます。

 また、社外の取締役は事業のことが分からないのに戦略を議論できるのかという声もありますが、事業の将来像を外部にも理解できるように説明しなければならないのは執行側です。前述の通り、社外の取締役はステークホルダーの目線から議論をする役割です。

―― 素朴な疑問として、コーポレートガバナンス改革、社外取締役制度の拡充は何に資するのでしょうか。

松田 ここは研究者の視点を強調して答えます。コーポレートガバナンス改革のお題目は企業価値向上です。しかし、社外取締役の存在が企業価値向上につながるという学術研究もあれば、あまり関係がないという研究結果もある。明らかにポジティブな結果ばかりが出ているわけではないのです。それはなぜかというと、かなりの部分が社外取締役のパーソナリティに依存するからでしょう。

 社外の取締役が過半数の取締役会でも議論が盛り上がらなければ意味がないですし、たった数人の社外取締役しかいなくても、社長に厳しいことを言いつつ、良きアドバイザーとして本質的な議論ができれば企業価値は向上するはずです。ですから、コーポレートガバナンス改革、社外取締役の是非を一概に言い切ることは難しいのです。

―― 個々人の資質が重要だとして、企業価値を向上させられる社外取締役候補の人材プールは十分ですか。

松田 今後、資本市場のプロという意味で、中長期の目線をしっかり持ち、かつ利害相反のない投資家及びその経験者を社外取締役に迎える企業は増えるかもしれません。冒頭で言ったように社外取締役は株主の代表なので、まさに資本市場の視点を取り込むことができるからです。あるいは、資本市場の知見を取り入れるという意味では経営者と議論ができるレベルのトップアナリストも該当します。実際、日本企業の社外取締役の職歴を俯瞰すると、資本市場のトップレベルにいる投資家やアナリストは候補人材を残している領域だと感じます。

 また、社外取締役にふさわしい人材が払底していると言われる中では、事業会社の取締役や執行役員に就いている人材が、他社の取締役を経験するケースが増えるのは、利害相反がない限りにおいてはメリットがあると思います。日本企業では忌避されがちですが、欧米では自社の役員に他社から社外取締役の話が来たのは栄誉なことだと捉える風土があります。ある有名外資系企業の執行役員が他社の独立取締役に推挙された際に、本社から「あなたを誇りに思う」と言われたという例もあります。

 兼職問題や企業文化の違いもありますので単純な比較はできませんし、日本企業においては執行役員の経営経験もさまざまですので一概にお勧めするわけではありませんが、経営者となるのに十分な経験を積んだ現役の役員が、全く業種の異なる他社の取締役を経験することで、これまで見ることのなかった外部へ眼を開くことができる。一方でそうした役員を招いた側も新鮮な視点を取り入れることができるならば、双方にとってプラスになることもあると思います。

トップがどん底に向かえば組織はついて行ってしまう

―― コーポレートガバナンス・コードの改定を振り返ると、2人以上設置、3分の1以上設置と、徐々に要求水準が高まっています。プライム企業を中心にいずれは過半数を求められるようになるのでしょうか。

松田 最近は少し立ち止まって考えようという雰囲気を感じます。量の議論だけが先行し、質の議論が追い付いていないという指摘が増えてきたからです。

 だからと言って、コーポレートガバナンス改革はこのあたりで一服かというと、そういうことではありません。日本の場合、企業の機関設計に3つの選択肢があります。それだけでも複雑な中、取締役会の構成は外部から見ても分かりやすい判断基準でしょう。ただ、質を伴わないまま数合わせだけすれば良しという方向性は、本質的なコーポレートガバナンスの実効性の向上とはやや相容れないように思います。

―― 数の議論だけ先行すると水増しのような状況に成りかねません。

松田 当たり前ですが、社外取締役の責任は相当に重いものです。すべての責任を経営トップに押し付けるわけではありませんが、組織を率いていた人がどん底に向かって走れば後ろはついて行きます。社外取締役もそれを見過ごしたとするなら、その責任は同じく重いのです。

 近年、女性社外取締役がある種のバブルのようですが、「社外取締役に興味はありませんか」という人材会社のスカウトメールや「社外取締役転職講座」なるものの存在を知った時は驚きを隠せませんでした。手放しに喜べることではないと感じます。社外取締役のリスクを理解していないのは怖いことです。