投資家が株を保有している企業の経営ボードに参画する「ボード3・0」と呼ばれる形態がある。採用している日本企業は限られるが、投資家目線を取り入れるという意味ではうってつけだ。投資家・株主の立場で丸井グループの社外取締役に名を連ねる、みさき投資の中神康議代表取締役に話を聞いた。聞き手=和田一樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2025年6月号より)
中神康議 みさき投資のプロフィール

なかがみ・やすのり 慶應義塾大学卒業。カリフォルニア大学バークレー校経営学修士(MBA)。アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)、コーポレイトディレクション(CDI)のパートナーとして、20年弱にわたり経営コンサルティングに取り組む。その後、「働く株主」のコンセプトを考案し、2005年に投資助言会社を設立。13年にみさき投資を設立し、現職。
社外取締役は誰であろうと善管注意義務を負う
―― 2021年、丸井グループの社外取締役に就任しました。どのような経緯があったのでしょうか。
中神 丸井グループは、顧客、取引先、社員、将来世代、地域・社会、株主・投資家という6つのステークホルダーの利益を調和・拡大させ、新たな価値を創出していく「6ステークホルダーガバナンス」という方針を打ち出しています。経営ボードもそうした方針を体現するため6つのステークホルダーの立場から取締役が選任されており、僕は株主・投資家の立場として参画しています。
社外取締役に就任する以前から、みさき投資は丸井グループの株主でした。われわれは対話型のファンドで、「働く株主」として、株主も経営者や従業員同様に会社を支える一員であり、企業価値向上に貢献すべきだというコンセプトを持っています。そのため、丸井グループとも月に1回程度の対話を重ね、中期経営計画も一緒に考えていました。そういった議論の中で、前述の6ステークホルダーガバナンスを強化していく話になり、自然な流れとして僕が社外取締役に就任しました。
―― 一般論として、株主であるファンド運営者がボードに加わるのは、利益相反のリスクを指摘する声があります。
中神 いろんな声があるのは理解しています。
ただ、株主であろうが元経営者であろうが、ボードメンバーになった瞬間に、その会社に対して善管注意義務や忠実義務を負うことになります。これが大前提です。
株主という立場に関して言うと、われわれのようなファンドマネジャーは、「フィデューシャリー・デューティー(FD)」を負っています。これは、受託者として常に顧客の利益のために働かなくてはならないという原則です。このFDを狭く解釈してファンド運営者がボードに乗ると、自分のFDのことだけを考えるが故に、他社との利益相反が発生するのではないかという危惧を持たれがちなのでしょう。
一方で、ボードメンバーになった瞬間に善管注意義務や忠実義務を負うことに加えて、経営に携わろうとする投資家のFDはもっと広く解釈すべきだという考え方があります。 つまり、自分の顧客の利益に対して責任を負うだけでは十分ではなく、広く「株主共同の利益」に対する責任を負うべきだということです。
実際、僕も丸井グループの社外取締役として、「株主共同の利益」、つまり全ステークホルダーのために企業価値を持続的に上げることがミッションだというポリシーを持っています。もちろんファンドですから、株の売買をする局面はありますので、そこはコンプライアンス面でのリスク管理を厳格に行っています。
―― アクティビストが任意の社外取締役選任を求めた時、それも利益相反ではないのでしょうか。
中神 候補となる人物の思想次第だと思います。もしFDを狭く捉えて、自分を推薦したファンドのためだけに尽くす人物だったら利益相反を指摘されても仕方がありません。ただ、繰り返しになりますが、ボードに加わる時点で善管注意義務や忠実義務を負うので、実際にエゴ丸出しで振る舞えるかというと非現実的です。
ここで日本企業の経営ボードの変遷と、社外取締役の役割について少し補足します。「株主」、「取締役」、「執行陣」の関係性をイメージしてください。
2015年にコーポレートガバナンス・コードが公表される以前は、取締役会と言っても経営会議の延長で、執行陣の利害対立を調整し、いろんな事項を儀式的に追認する場でした。しかも、政策保有が一般的だったので、「株主・取締役・執行陣」が混然一体としていて、すべてがある種の内輪だったわけです。
ところがコーポレートガバナンス・コード公表以降は、東証改革の流れも相まって株主が急に内輪の外の存在になりました。一方で、執行と監督は分離し切っていないので、「株主」vs「取締役・執行陣」という構図になっています。対して欧米の基本形は、株主が取締役を選び、その取締役が執行陣を監督する形なので、「株主・取締役」vs「執行陣」という構図です。
―― モニタリング型ですね。
中神 ただ、「株主・取締役」vs「執行陣」という構図が過剰になると今度は株主のパワーが強くなり過ぎます。やはり正しくは、「株主」⇆「取締役」⇆「執行陣」の三権分立です。
少し補足が長くなりましたが、要するに取締役会の独立性というのは、執行陣だけではなく株主に対しても当てはまる。仮に「株主共同の利益」に反する株主権の主張があった場合は、断固とした姿勢を見せないといけないのです。株主がボードに参画することを即座に利益相反に結び付けるのは、取締役会の独立性に関する認識の違いもあるはずです。
日本企業の取締役会には財務会計の視点が足りない

―― ボード3・0は上場企業では一般的ではないという声もあります。実際、日本企業では日立や富士通、ヤマタネグループなどいくつか実例が出てきている一方で、多く目にする形態ではありません。
中神 丸井グループの場合は、青井(浩CEO)さんが先進的な取り組みをする経営者だからボード3・0も成立していると感じます。ただ、それをもって例外事例とするのはもったいない話で、投資家をボードに加えることは日本企業にとってメリットが大きいのです。
これだけエクイティガバナンスの時代だと言われながら、多くの経営陣がPL中心で事業を捉えています。社内取締役も営業や事業部で実績を上げたメンバーが多いですし、社外の取締役についても財務会計の視点が不足しています。また、ボードメンバーのスキルマトリックスで財務会計の欄にチェックがある人でも、経歴を見ると銀行出身者が多く、デットガバナンス時代の視点にとどまっているようです。
対して投資家は、BS、キャピタルアロケーション、キャッシュフローで会社を丸ごと見る知見・技術を有しています。そういう意味で、PBR1倍割れが未だに上場企業の多くを占める日本企業において、投資家をボードに加えるのはすごく意味があると思います。
―― 必ずしも当該企業の株を有していなくてもいいわけですね。
中神 株を持っていない投資家でも、経験に基づいて知見を提供することはできます。ただ、「skin in the game(身銭を切れ)」という言葉があるように、まさに身銭を切って株を買っている投資家の方が、企業価値向上のための情報収集や分析に対する熱量が大きいのは当然です。
形式から実質へ。ボードのスパイラルアップ
―― では、実際に投資家をボードに加え、より実効的な運営をしていくためにはどんな視点が必要ですか。
中神 先ほども少し言及しましたが、多くの日本企業の取締役会は社内の利害調整を儀式的に追認する場という趣が強かったと思います。それを実質化していくためには、まず取締役会における冷静な「状況の認識」が必要です。自社はどの程度顧客に受け入れられ、労働市場ではどう認識されており、競合はどんな戦略を採っているのか。まさに戦況の認識です。
そして、その認識に基づいて取締役会で議論すべきアジェンダを抽出し、必要な情報を揃え、意思決定をしていく。意思決定は集団合議ですから、声の大きい人に引っ張られないなど、ファシリテーションも不可欠です。
こうしたサイクルを的確に作用させるためにも、ボードの「同僚感」を醸成することも大切です。丸井グループの例では、先日も沖縄で1泊2日の役員合宿を行って戦略議論をしましたし、社外取締役だけの集まりもあって人間関係は十分に出来上がっています。
―― 中神さんは多面的に日本の企業統治改革に関与してきました。現状と今後の方向性をどう考えていますか。
中神 企業統治改革に関して、「形式から実質へのフェーズ」だと言う人もいますが、僕はいまだ形式すら不十分だと思います。ボードの状況で言えば、とりあえず3人くらい社外取締役が入って、中には女性もいるし、でも具体的にどうやって取締役会を活性化し、企業価値の向上に結び付けていけばいいのか困惑している。全体観としてそんな印象を受けます。
次にやるべきことは、取締役にガバナンスやファイナンスの知見を有する人材を増やすことです。そして、先ほど言ったように取締役会の運営レベルを上げていく。ここまで来ると社外取締役に求めるレベルや、社外取締役自身の意識も高まってきます。すると、必要なスキルを持つ人材の不足など自然と取締役会の現状の課題が浮かび上がってきて、さらなる企業価値向上のための議論が深まっていきます。
ただ、今後は制度などで外形的に働きかけることの効果は限定的だと思います。あとは社外取締役自身がどう変われるのか。内発的な動機だけで変化していくのは限界があると思うので、例えば敵対的買収が増えたり、アクティビスト対応を強いられたり、株主代表訴訟で高額な賠償を求められたり、あるいは社外取締役の報酬体系が株価と連動するようになったり。つまり、恐怖や欲望、羞恥のような人間の根源的な欲求を刺激する事象が増えることで、徐々にボードのスパイラルアップが進んでいくはずです。
極めてコンパクトにまとめて話しましたが、こうした変革はアメリカでも45年、それをキャッチアップした欧州でも20年かかりました。日本ものんびりしている猶予はありません。