(雑誌『経済界』2025年6月号より)
若林功晃 森・濱田松本法律事務所のプロフィール
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森・濱田松本法律事務所外国法共同事業パートナー弁護士
取締役は会社に対して「善管注意義務」を負っている。これはよく聞く人が多いと思います。善管注意義務というのは、法律(会社法と民法)に明記されている取締役の基本的な義務で、「善良な管理者の注意義務」の略です。取締役は、株主の財産を預かって株式会社の事業を行うわけですので、「管理者」としての注意が要求されるわけです。「善良な」がどの程度か、法律にはっきりと書いてあるわけではありませんが、これまでの裁判例等では、同種・同規模の会社の役員に一般的に要求される水準の注意を払う義務を指すとされています。
では、どのような場合に善管注意義務に違反したことになるのでしょうか。善管注意義務に違反した取締役は、会社に対して損害賠償責任を負います。取締役が善管注意義務に違反したとして会社や株主から損害賠償責任を追及される事案は、大きく2つの類型に分けられます。
1つは「経営判断類型」で、例えば、会社の資金を投じて行った事業投資やM&Aが失敗した場合など、取締役本人が能動的に関与して会社に損害を生じさせたという事案。
もう1つは、「インシデント類型」で、取締役自身が必ずしも能動的に関与したわけではないものの、社内不祥事のように当該企業で問題が「発生してしまった」という事案です。
「インシデント類型」の事案で取締役の善管注意義務違反が認められるパターンは大きく分けて2つ、1つは、「監視監督義務違反」という切り口で、単純に言えば、不祥事(の種)を認識していたのに適切に対処しなかったか、認識可能な状況だったのに不注意で見落とした場合。
もう1つのパターンは「内部統制システム構築義務違反」。取締役は、自分の目の届かないところでも不祥事等が生じないよう、管理や報告のための「内部統制システム」を適切に構築する義務があり、それが果たされていなかったことにより不祥事等が生じた(あるいは発見できなかった)場合には、「自分にはその不祥事を発見する術がなかった」という弁解が通じず、善管注意義務違反が認められることがあります。
ただ、善管注意義務は全ての取締役に同じ行動を求めるわけではありません。どんな知識・経験を有していたのか、会社から何を求められて、どのような立場で取締役会に関与していたのかなど、各取締役が置かれた個別具体的な状況に照らして、その取締役の行動が善管注意義務を果たしたといえるものだったかを評価することになります。
「経営判断類型」については、判断の前提となる情報をきちんと集めてリスクを分析し、メリット・デメリットを比較検討の上で判断したものであれば、結果的にその投資が失敗した場合であっても取締役の責任は問わないというのが裁判所の基本的なスタンスです。また、「内部統制システム構築義務」についても、企業が内部統制に関する業務に割くことができる経営リソースは現実的には限られていることは裁判所も理解しており、適切なリスクアセスメントを行った上で、より影響の大きいリスクの管理や、過去に生じた不祥事の再発防止を優先して、メリハリをつけて取り組むことは許されるという考え方が一般的です。
なお、最近は、コーポレートガバナンス・コードやM&A等に関連して経済産業省が策定するガイドラインなど、社外取締役の職務に関わる「ソフトロー」が増えています。ソフトローは厳密な意味では法令ではなく、違反しても必ずしも罰則がないルールですが、ソフトローの中には実務に広く浸透して事実上の規範となっているものもあります。そのようなソフトローを無視すると善管注意義務違反のリスクを高めてしまうことになりますので、アンテナを張って情報収集に努めておくことが不可欠です。(談)