多くの経営者にとって、取締役会の過半数を社外取締役で構成することへの抵抗感は大きい。しかし、社外取締役を「番犬」だと考えれば違った景色が見えてくる。アメリカに拠点を持つ運用会社、カナメキャピタルの槙野尚氏に話を聞いた。聞き手=和田一樹(雑誌『経済界』2025年6月号より)
槙野 尚 カナメキャピタルのプロフィール
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まきの・なお 2012年東京大学法学部卒業後、モルガン・スタンレーMUFG証券にて株式調査を担当。14年からみさき投資でエンゲージメント投資に携わった後、22年米コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。カナメキャピタルでは、主に中小型のバリュー株への投資に特化。
社長が社外取締役を選ぶ。矛盾テストの採点者は誰だ
―― 槙野さんは長年エンゲージメント投資に関与してきました。日本の企業統治改革をどう見ますか。
槙野 「支配権異動の時代」に入ったと見ています。スチュワードシップ・コード、コーポレートガバナンス・コードの公表から約10年、これまでは企業と投資家の対話が強調されました。一方で、未だ上場企業の半数近くがPBR1倍割れということは、対話のみによる企業価値向上の限界が明らかになった10年間でもありました。割安な株価を脱することができない会社では、最終的には経営者または所有者の交代という支配権の異動が必要です。
カナメキャピタルの投資スタイルも、まずはマネジメントと対話をします。それで変わる気配がなければ社外取締役と対話し、それでもだめなら書簡送付や株主提案へとエスカレーションしていきます。その先には当該会社にとってベストな経営者や所有者は誰なのかということを常に想定しています。支配権の異動を第一に判断するのは取締役会なので、その中での社外取締役の役割が一層重要になっています。
―― 日本企業の社外取締役の場合、社長と縁が深く心理的な距離も近い人が多いはずです。
槙野 そうですね、社外取締役の多くが社長や他の役員の知り合いという経緯で就任している場合、株主側から何かを提案しても執行側と一緒になって自分たちの身を守ることが多いです。本来あるべき中立的な裁定者としてのボードを構成するためには、社外取締役の選び方が重要だと思います。
例えば、社外取締役が指名委員会をリードして社外取締役を選ぶような環境が一般化すれば、ボードの中立性は高まるはずです。少なくとも、社長が社外取締役を選ぶのは受験生が自分のテストを自分で採点しているようなもので、ボードの本義に照らして許容できません。
―― 社長の本音としては見知った人物を社外取締役にしたいでしょうし、ボードの過半数も社内で固めておきたいはずです。
槙野 たしかに、ボードの過半数が社外の取締役になれば、自分の解任権も社外の人に握られることになります。ただ、別の考え方もできます。日本でもアクティビストに狙われたり外資系企業から買収提案を受けたりする企業が増えました。経営権・支配権の異動に関わる事案では、社外取締役が中心になって特別委員会を設置し妥当性を検討します。
このような状況では、社外取締役は外部からの提案に対峙する「番犬」でもあるわけです。特別委員会が企業の帰趨を左右する時代になると、アクティビストや買収者と是々非々で戦える番犬がいた方が、結果的に執行側を守ることになると考えることもできます。
逆に、ボードの過半数を社内で握ることが前提になれば、少し言い方は良くないですが「ペット」的な、物分かりが良く絶対に手を噛まない社外取締役が重宝されるでしょう。
―― それでも社外取締役過半数には躊躇する経営者が多そうです。
槙野 過渡期的なステップとして、まずは取締役会の議長を社外取締役にするのもひとつのアイデアだと思います。取締役会は執行側が議事進行する場ではなく、本来は監督者が議事進行し、執行側は報告を行う存在です。そうして「取締役会は社長のボスである」という原理が理解されれば、やがて社外取締役過半数が受入れられるようになると思います。
1980年代のアメリカ。2020年代の日本
―― 社外取締役を増やす動きはひとまず一服するだろうという声もあります。どう見ますか。
槙野 1980年代のアメリカと、今の日本が似ていると指摘する人が多くいます。当時のアメリカ企業は日独企業の追い上げに苦しみ、PBR1倍割れの企業が市場の半分近くあったといいます。そこに敵対的買収ブームが起き、乗っ取り的な事例が世間を賑わせます。会社側は対抗手段としてポイズンピル、つまり買収防衛策の導入に走りました。その時、防衛策導入の条件として裁判所に求められたのが社外取締役をボードの過半数にすることでした。
つまり、80年代のアメリカ企業の経営陣は、自分たちを守るために社外取締役を受け入れていったのです。そして90年代に入って増えたのが経営者の解任です。HPやGMの社長解任はセンセーショナルに取り上げられました。私は80年代のボード構成の変化が90年代の社長解任の増加に大きく関係したと思っています。社外取締役はひとり、ふたりと増やせば比例的に効果が増すのではなく、多数決の原理上、過半数を超えなければ本質的な力を発揮できないものだと思います。
―― 買収防衛策を導入するために社外取締役を増やしたことで、社長の解任権を握られることになった。
槙野 そうです。これを念頭に現代の日本に話を戻しましょう。今、日本でアクティビストがかつてないほど活発に動いています。最近では花王とオアシス・マネジメントの一件が注目を集めました。
結果的にオアシスからの株主提案は退けましたが、花王は株主の理解を取り付けるべく、もともと社内外同数だったボード構成を社外取締役が過半数の形に変更しています。オアシスとの攻防は乗り切りましたが、ボード構成は元に戻らない可能性が高いです。すると、今度は花王の中で社長の選解任がより厳しく検討されることになりますし、仮に将来買収提案がかかれば、かつてのボードではなされなかった議論が展開される可能性もあります。
こうしたケースは他の企業でも起きる可能性があります。収奪的なアクティビストには警戒が必要ですが、社外取締役の質と実効性を問うアクティビストは、日本企業を内側から変えていくことにつながるかもしれません。
―― 資本市場、ボードの在り方が変わると、社長の役割も変化が起きそうです。
槙野 長期の株価を高めることが、より厳しく問われると思います。資本市場もボードも、株価を社長評価の重要な指標にしています。そして円建ての株価が上がることは国民の年金資産を形成することにつながるので、そこに社会的な正義や正当性が伴います。現状は国民資産運用の場としての株式市場が機能していません。実際、NISAで買われているのは全世界株、米国株です。なので、日本企業の経営者は長期的な株価を上げ、国民が安心して円資産を運用できる場をつくることがソーシャルミッションになるはずです。