ゲストは、琉球舞踊家の宮城茂雄さん。琉球王国の宮廷芸能として始まった琉球舞踊の担い手です。「古典芸能としての価値を残しながら、琉球舞踊を世の中に広めていくために、今何をするべきか考えている」と語る第一人者の宮城さんに、琉球舞踊の歴史を踏まえお話を伺いました。聞き手&似顔絵=佐藤有美、構成=大澤義幸 photo=市川文雄(雑誌『経済界』2025年6月号より)
宮城茂雄 琉球舞踊家、組踊立方のプロフィール

みやぎ・しげお 1982年沖縄県生まれ。宮城流師範。宮城流二代目家元宮城能造に師事。沖縄国際大学非常勤講師、伝統組踊保存会伝承者、琉球舞踊保存会伝承者。国立劇場おきなわ大劇場、セルリアンタワー能楽堂にて自身のリサイタルを開催。
1719年に玉城朝薫が宮廷芸能の組踊を創作

佐藤 昨年10月、野津圭子(享年72)さんのご子息の池田基熙さんからご招待いただいた「能楽と琉球式楽の伝承の会 ~野津圭子の志を紡ぐ~」(東京・セルリアンタワー能楽堂)を鑑賞しました。圭子さんとは備前焼作家の藤原和さんのご紹介で知り合いましたが、琉球王国の尚王家の末裔でありながら、明るくて気さくで素敵な方でした。私はこの時初めて琉球舞踊を観ましたが、男性の宮城さんが女性を演じる姿に能や歌舞伎とはまた違ったエキゾチックな魅力を感じました。
宮城 ご観覧いただきありがとうございます。琉球舞踊や組踊(くみおどり)は、琉球時代の宮廷芸能が元になっていて、現在は古典芸能として継承されています。琉球の時代は、王家の行事やお客さまをもてなすための芸能で、位を持つ琉球士族が演じていました。組踊は、三線を主とした琉球古典音楽に琉球舞踊と「唱え」(セリフ)を総合した劇で、1719年、当時の踊奉行の玉城朝薫が創ったと伝えられています。琉球の時代から男性が女役や女踊りを演じていて、身体表現には独特の「型」が伝承されています。
佐藤 沖縄には若者に人気のエネルギッシュなエイサーもあり、歌や踊りが得意なアーティストも多数輩出しています。芸の宝庫と言える土地ですよね。
宮城 そうですね。私の演じている古典芸能の他にも、村の繁栄や豊穣を願う民俗芸能、それらのエッセンスを融合した新しい芸能など、歌や踊りが根付いていると思います。1879年に琉球から沖縄県になってからは、那覇や首里の町に芝居小屋が作られ、宮廷芸能から劇場で演じる舞台芸能として受け継がれることになります。衣装には、琉球びんがたや芭蕉布など沖縄の伝統染織も用いられています。
佐藤 歴史がありますね。宮城さんが琉球舞踊を始めたきっかけは。
宮城 私は物心付く前から三線の音楽が聞こえると、すぐに踊り出す子どもだったようです。父方の祖母が琉球箏曲(そうきょく)の師匠、母方の祖母は石垣島の集落の神事を司る役目をしていて、沖縄の伝統文化や祭祀の色濃い環境で育ちました。6歳の時に祖母に導かれて二代目宮城能造師匠に入門、これまでずっと踊りにまっしぐらです。
佐藤 当時、女性を演じることに抵抗はありませんでしたか。
宮城 私が幼い頃は、琉球舞踊は女の子の習い事として浸透していて、稽古場に男子は私一人でしたが、恥ずかしく思うこともなく没頭していました。中学生の頃から文化財の指定団体で研修を受けることができ、高校も大学も文化推薦で入学しているので、幼い頃から自分の真ん中に芸能がありました。
佐藤 学生時代に京都で能や舞を学んだこともあるそうですね。
宮城 大学の恩師から「伝統文化の中心地の京都に留学してはどうか」と勧められ、大学院修了後の2006年4月から1年間芸能留学しました。琉球芸能に関わりの深い能(謡・仕舞)を観世流シテ方の味方健先生に学びました。他にも上方舞を学んだり染物や織物を見たり収集したり、伝統文化にどっぷりと浸りました。
佐藤 現在の舞踊の表現につながる素敵な学びがありそうですね。
職業として、古典芸能として今後どの形で伝承するべきか

佐藤 琉球舞踊は1972年に沖縄県の無形文化財に、2009年には国の重要無形文化財に指定され、10年には組踊がユネスコ世界無形文化遺産登録されていますが、現在も世間一般の認知度は高いとは言えません。宮城さんは第一人者として、琉球舞踊をどう広めていきたいですか。宮城 沖縄には、ゆったりとした優美な古典芸能があることを広く発信していきたいですね。舞踊家としては、他の仕事を持ちながら芸能を継承し演じているのが現状で、私も大学講師との両立です。今後、職業として成立できるか、現状がベストなのか悩みどころです。また、芸の伝承は何十年という長い時間がかかるので、後継者の育成にもより力を入れたいと思っています。
佐藤 一般に広めるのと後進育成は両輪ですね。
宮城 昨年はテレビ番組に出演する機会があり、芸人さんに琉球舞踊をお教えしました。これまで能や歌舞伎・雅楽やクラシックの方々との共演の経験があり、他分野のファンの方に、琉球芸能の世界観を知ってもらえるのはありがたいことですね。また、神奈川県川崎市では、沖縄の伝統芸能が無形民俗文化財に指定されていて、指定団体の川崎沖縄芸能研究会から委嘱を受けて毎月上京して組踊を指導しています。
佐藤 地道ですが大切な活動ですね。沖縄には美しい海と燦々と太陽が降り注ぐリゾート地のイメージがありますが、第二次世界大戦で焦土となり、たくさんの人が亡くなりました。火事で焼失した首里城も26年中には完成予定です。今回の再建が尚家の思いと共に琉球舞踊を世界に広める機会になるといいですね。
