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好機を逃さず不動産のさらなる収益化を 佐久間 誠 ニッセイ基礎研究所

ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員 佐久間 誠 氏

日銀は今年1月に追加利上げを実施し、政策金利を0.5%に引き上げた。市況への影響を見極めつつ、不動産業界は難しい舵取りを迫られている。日本の不動産が中長期的に成長し続けるためには、いかに持続的に賃料を上げることができるかという点に懸かっているとニッセイ基礎研究所の佐久間誠氏は語る。文=金本景介(雑誌『経済界』2025年7月号より)

ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員 佐久間 誠 氏
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員 
佐久間 誠 氏

利上げが示す 日本経済の転換期

 昨年7月から始まった日銀の政策金利は17年ぶりに0・5%までの高水準に引き上げられ、不動産業界に緊張感を与えている。建築コストも上昇の一途をたどる。資材価格の高騰だけではなく、働き方改革関連法による時間外労働の上限規制の影響も大きい。建設業には同法が施行された2019年から5年間の猶予期間が与えられていた。昨年4月から適用が始まり、工期の長期化は避けられない。

 しかし佐久間誠氏は「日銀の利上げは『失われた30年』が終わる大きな構造的変化」とポジティブな見方を取る。欧米各国は22年頃から利上げを進めていたが、昨年9月から米FRB(連邦準備制度理事会)は利下げに転じた。ここから世界の不動産市場は底を打って新たなサイクルが始まった。

 日銀の金利上昇による不動産価値への負の影響を測りかねている人は多い。ただ上場企業が過去最高益を更新している状況も追い風となり不動産需要そのものは高まっている。

 「不動産業はレバレッジありきですから信用度合が特に重要です。金利が上昇する現状でも不動産業への金融機関の貸し出し態度は厳しくなっていません。不動産価格の下落を心配する必要はないでしょう」(佐久間氏)

 今回の金利上昇の背景にはしっかりとした経済成長がある。不動産価格の下落が見られないのはそのためだ。

 一方で、不動産価値の二極化は重要なテーマだ。地方と比べて東京23区の地価は依然として上昇傾向にある。路線価全国トップの銀座5丁目の鳩居堂前も過去最高を更新し続けている。都内の住宅を買うのは中低所得層にとってハードルが高い。

 「世界的な観点でみれば、マンハッタンは富裕層でなければ住めません。同様に、山手線の内側はマンハッタンみたいなものです。こう考えれば都心から1時間以上離れた郊外の住宅を購入するのがスタンダードになるのは当然です」

賃貸住宅では賃料が過去最高を更新
賃貸住宅では賃料が過去最高を更新
東京23区のマンション賃料
(2009年=100とした場合)

 東京が世界都市としての魅力を高めれば高めるほど、この二極化の傾向は強まるだろう。そこで、東京都は200億円規模の官民ファンドを創設し、中低所得世帯に向けて手頃な価格の「アフォーダブル住宅」の供給をスタートする。子育て支援、ひとり親支援、空き家活用を目的とする複数のファンドを通じて普及を進める。26年度の供給を目指しているが、動向が注目される。

 二極化は東京対地方の構図だけではない。地方の中でも都市部と周辺部で格差が広がりつつある。札幌、仙台、広島、福岡といった地方の主要都市の地価は高い上昇率を示している。

賃料を上げるためのマインドセットを

東京オフィス市場は回復局面へ
東京オフィス市場は回復局面へ
東京都心5区のオフィス空室率・供給

 今後の日本の不動産の明暗を分けるのは「インフレ率に見合った賃料アップをどのように実現できるか」だと佐久間氏は力を込める。「失われた30年」で悩まされていたデフレは終わり、今やインフレ基調。不動産はインフレに強い資産であるが、米国では日本以上にこの傾向が強い。

 「米国ではインフレ連動条項が一般的です。この条項には、例えばCPI(消費者物価指数)が3%上昇したら、賃料も3%上げるという内容が含まれています。賃料が上げられなければ収益は伸びません。上昇した金利負担を相殺するためにも必要です。大手不動産会社ですら資本効率が改善されなければアクティビストファンドに買収される可能性がある時代です。日本では一部の物流施設でCPI連動に関する条項が含まれており、このような仕組みをオフィスなどにも適用していく機運を高める必要があります」

 コロナ禍後は東京都心のオフィス賃料は本来の需要と比較しても低調だったが、今は上昇傾向にある。

 「コロナ禍の後、都心五区(千代田、中央、港、新宿、渋谷)のオフィス空室率は6・5%まで上昇し、一時はオフィスは不要といった声も聞かれました。しかし23年から空室率が6%に下がりました。インフレ率にはまだ見合いませんが、昨年は賃料も上昇しています。オフィス需要が底堅く推移する中、賃料上昇が加速する可能性がある」

 オーナーのマインドセットの転換が求められている。つまり、空室率が高くても賃料を下げないという決意だ。維持コストに見合った賃料を確保すべく、オーナーはやみくもに空室を埋める稼働率重視の運営からより収益化をテーマにした運営に発想を変えるべきだと佐久間氏は強調する。利上げによる日本経済の転換期である今こそ、不動産価値を高めるための正念場だ。

 世界情勢は、ウクライナ戦争や欧州での極右政党の台頭、「トランプリスク」をはじめ不確実性を増す。ただ、このようなリスク状況下において日本の不動産は一層その魅力を増すという見方ができる。

 「日本は諸外国と比べても社会・政治・経済全ての点で安定していますから、海外投資家からの引き合いは強い。そして不動産は息の長い資産です。市場の成長性を取り込みながらも、安定した賃料収入も得られます。不動産は先の見えない時代に真価を発揮するということを期待しています」 

※図版はニッセイ基礎研究所の資料を元に当社で作成