1896年創業の日本最古の総合不動産会社として知られる東京建物。八重洲・日本橋・京橋(YNK)エリアで大規模な再開発を進めている中、来年には東京駅前八重洲口に複合ビル「TOFROM YAESU(トフロム ヤエス)」が竣工する。八重洲の魅力の源泉は、江戸期から続く文化の厚みにあると小澤社長は強調する。聞き手=金本景介 写真=西畑孝則(雑誌『経済界』2025年7月号より)
小澤克人のプロフィール

おざわ・かつひと── 1987年慶應義塾大学法学部卒業後、東京建物入社。2015年執行役員企画部長、17年取締役常務執行役員、21年取締役専務執行役員を経て25年より現職。
海外の金融人材を呼び込む策
―― 5月に日本橋でデジタル金融施設FIAN(東京フィナンシャル庵)を開設します。
小澤 FIANは高度金融人材の育成に特化したデジタル金融施設です。東京都が取り組む「国際金融都市・東京」構想では永代通りを金融軸として発展させていく計画がありますが、当社もこの構想の実現に貢献します。FIANでは「AIと金融の未来研究会」を設けエグゼクティブ・プログラムを提供します。東京大学やオックスフォード大学の教授陣に加え、シンガポール国立大学アジアデジタル金融研究所と提携し最先端の理論を体系的に習得できます。
当社が参画する、八重洲一丁目の北側を再開発する「呉服橋プロジェクト」が昨年に着工しました。2029年度には南北に分かれた2街区のうち南街区が竣工予定ですが、この事業では国際競争力の強化に資する金融拠点を形成します。その前段階の実証実験として日本橋の当社ビルにFIANを設立したのです。FIANは先行施設であり、本番はこれからです。
―― 海外金融人材をさらに呼び込んでいきたいと。
小澤 「呉服橋プロジェクト」では世界40カ国以上でラグジュアリーホテルを運営するアスコットの最上位ブランドで、日本初発表となる「クレストコレクション」を誘致しました。短期利用から長期利用まで幅広く対応する「ホテル・イン・レジデンス」で、海外からの高度金融人材の活動を支援します。
八重洲の原点は祭りを尊ぶ町人文化にあり
―― 目下の再開発事業としては来年にTOFROM YAESU(トフロム八重洲)が竣工予定です。
小澤 トフロム八重洲は東京駅八重洲中央口駅前の再開発事業で、51階建ての超高層複合ビルである「タワー」と10階建ての「ザ フロント」の2棟で構成されています。オフィスや商業施設のテナント誘致を始めていますが、特に注目していただきたいところとしてウェルビーイングを徹底追求しました。
予防医学研究者の石川善樹氏との共同調査をベースに、ワーカーのウェルビーイングを向上させ、生産性向上や人材採用、雇用の維持につながる理想のオフィス環境を用意しています。
―― 東京駅を挟んだ丸の内エリアと八重洲・日本橋・京橋(YNK)エリアではカラーが異なります。
小澤 丸の内は元々武家屋敷が連なった地域で、区画が整然としています。今や大型ビルや商業施設が立ち並ぶ日本のビジネスの中心地です。
それに対して、東京駅東側のYNKエリアは江戸時代から町人の街で、昔からの文化が色濃く残っています。近隣の武家屋敷に対して様々な武具や日用品を提供する職人たちや、それらを支える商人たちが築いた文化です。襖絵の需要から狩野派が拠点を置いたことでも知られていますし、歌川広重もここに居を構えています。江戸時代から続く老舗の飲食店も数多い。小さな路地裏があり一つ一つの区画も細かく、本格的な再開発が今までなされてこなかった理由です。
―― YNKエリアの住民は再開発を歓迎していますか。
小澤 再開発の主役は地域の方たちです。丸の内エリアと比較して、YNKエリアには住民の方が中心となる町会が数多くあります。
そして何より昔からお祭りが親しまれ、「祝祭都市」とも呼べるような古き良き伝統が今日まで続いています。再開発を通してこの文化を後世にまで伝えていくことは、地域価値の向上に欠かせません。
リジェネレーションと遊歩道化の潮流
―― 「呉服橋プロジェクト」の近隣では、日本橋の上を通る首都高を地下化する工事が始まっています。
小澤 もともと日本橋川の上に沿ってつくられた首都高は、東京オリンピックにともなう交通インフラの需要増に対応すべく急ピッチで整備されたものです。60年以上前につくられた首都高の更新計画と日本橋周辺のまちづくり計画が連携し、このタイミングで日本橋川の上に空を開き清流を取り戻そうという動きが本格化しました。
この日本橋川沿いには当社の「呉服橋プロジェクト」だけではなく、三井不動産など他社の再開発事業も進んでいます。それぞれの施設が連携しながら、このエリアの価値をより高める姿を目指しています。
さらにYNKエリアの南に位置する京橋では、本年4月に廃止となった東京高速道路(KK線)の跡地を、遊歩道化する東京都の計画が進行中です。官民連携で東京駅の周りを人が歩いて楽しめる街に整備します。
元来サステナビリティは現状の環境をいかに劣化させずに維持していくかという考え方ですが、今欧州を中心に、維持だけではなく再生することにより価値を高めていくリジェネレーションといった考え方が主流となりつつあります。当社はこのリジェネレーションで、YNKエリアの伝統と文化を継承し、高め、再生することを目指しています。
―― 行政との連携にも注力していくのですか。
小澤 都市計画は、都道府県や市区町村など公共団体がマスタープランとして全体の方向性を定めたものに基づき、民間企業が個別部分的に開発していくものが主流でした。ただ近年はエリアの活性化を目指した民間側からの都市計画提案が活発化しており、新たな再開発事業として実を結んでいます。今後はさらに個別の都市計画事業を超えてエリアごとに産・官・学・民が柔軟に連携することが、世界に向け東京の存在感を高めることとなるでしょう。