テスラを抜いて世界一の電気自動車(EV)メーカーになると目される中国の比亜迪(BYD)。そのBYDが日本市場開拓に本気になった。来年後半には軽自動車サイズのEVを開発・発売する予定で、ホンダ、スズキ、ダイハツがしのぎを削ってきた軽市場に波乱が起きそうだ。文=ジャーナリスト/立町次男(雑誌『経済界』2025年7月号より)
2026年後半に向け 新たな車台を開発
中国のEV最大手、BYDは4月24日、軽乗用車のEVを日本で発売すると発表した。日本の独自規格で、国内メーカーが独占してきた軽自動車市場の攻略を目指す。軽自動車で一定のシェアを獲得できれば、BYDの日本での存在感が飛躍的に高まる可能性がある。日本メーカーは、EVシフトが進む中国市場ですでに劣勢に立たされており、牙城である日本市場に関する新たな不安要素となりそうだ。
BYDの日本法人は、乗用車部門担当のBYDオートジャパン(横浜市)と、商用車部門のビーワイディージャパン(同)の2社がある。
乗用車についてリリースでは、「日本の乗用車販売のメインストリームである軽自動車分野への進出を決定しました」としている。2026年後半に日本専用設計の「軽乗用EV」を導入する。日本の軽自動車規格に合わせて新たな車台(プラットフォーム)を独自に開発する方針で、BYDが特定の国向けに乗用車を専用設計するのは初めてだという。
価格は日産自動車の「サクラ」や三菱自動車の「eKクロスEV」という両軽乗用EVに近い250万円程度が目安とみられる。BYDは小型車の「海鷗(シーガル)」を販売しており、中国での販売価格は6万9800元(約140万円)から。
商用車に関しては、BYDが15年にEVバスを導入して、今年で10年となることを強調。EVバス事業の強化に向け、営業やアフターセールススタッフの人材を募集。また、1月下旬の事業方針発表会で公表した「26年以降」のEVトラック投入のために、「国内のトラック事業に関する知識と経験豊富な人材を広く募集、万全の体制で導入準備を進めてまいります」とした。
24年のBYDの世界販売台数は427万2145台で、380万7311台のホンダと334万8687台の日産を初めて上回った。EVに限定すれば米テスラが世界一だったが、EVとプラグインハイブリッド車(PHEV、エンジンとモーターを併用し、外部電源から給電可能な車)を合わせると、BYDが世界一を獲得した。テスラはイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)の反リベラル的な言動が欧州や米国の一部消費者から反感を買ったことなどにより、25年に入ってから販売が振るわず、EV販売もBYDが世界一となる可能性がある。
日本国内でもBYDの販売台数は前年比57・7%増の2383台に膨らんだが、台数の水準としてはまだまだ。海外メーカーでは14位で、首位のメルセデス・ベンツの5万3195台と比べると約22分の1に過ぎない。テスラは日本での販売台数を公開していないが、「その他」に区分される5677台(前年比2・8%増)の大半を占めるとみられる。
BYDの国内販売をめぐっては、政府によるEV補助金の減額が逆風になった一方、24年4月から俳優の長澤まさみさんが「ありかも、BYD!」とアピールするテレビCMを放映し、知名度を上げた。6月にはセダンタイプのEV「SEAL(シール)」を投入するなど攻勢を強めた。すでにこの4月にはSUV(スポーツタイプ多目的車)の「シーライオン7」を発売しており、同社の日本でのラインアップはシール、シーライオン7のほか、SUVの「ATTO3」、小型車の「ドルフィン」を合わせて4モデルとなった。年内にはPHEVも投入予定だという。
「軽自動車」は日本の独自の規格
24年度に国内で販売された新車の台数は1・0%増の457万5705台と3年連続で前年実績を上回った。このうち軽自動車は同0・1%増の162万7411台と2年ぶりのプラスで、全体の35・6%程度を占める。このため、ここに一定の足場をつくればBYDは国内販売台数を飛躍的に伸ばせる可能性がある。軽自動車の販売台数はダイハツ工業の認証不正問題、完成車工場操業停止の影響で一時振るわなかったが、登録車(軽自動車以外)に対する価格的優位性から今後の新車需要は堅調だとみられる。
自動車販売協会連合会と全国軽自動車協会連合会によると、24年の車名別新車販売台数のベスト5のうち、1、3、5位を軽自動車が占めていた。1位はホンダのN-BOX(21万768台)、3位はスズキのスペーシア(16万8491台)、5位はダイハツのタント(12万2358台)。N-BOXに代表されるスーパーハイトワゴンは、軽自動車なのに車内空間が広く、スライドドアを採用するなど使い勝手が良いことで人気となっている。細かい所まで配慮された造りから軽自動車は“日本的”なジャンルだと言えそうだ。
軽自動車のEVについては22年に日産がサクラ、三菱自がeKクロスEVを発売。これらは提携する両社が共同開発し、三菱自の水島製作所で生産されている。ホンダは24年10月に「N-VAN e:」を発売。軽乗用EVは25年に投入する予定だ。そして、トヨタと子会社のダイハツ、スズキの3社は25年度に軽商用EVを発売する予定になっている。
日本独自の軽自動車規格は、1949年に設けられた。58年に富士重工業(現SUBARU)が販売した「スバル360」がヒットし、軽自動車の普及を後押しした。さらに普及を推し進めたのは79年にスズキが発売した「アルト」だ。2024年に死去した同社中興の祖、鈴木修氏がトップとして開発を主導。石油危機でガソリン価格が上がり、国民の生活が厳しくなっているときに、1台47万円という低価格で燃費性能の高いアルトが発売され、人気となったわけだ。スズキとダイハツが軽自動車メーカーとしてしのぎを削り、ホンダや日産、三菱自も力を入れたことで、軽自動車の性能は大きく向上し、販売台数も拡大した。
現行の規格は長さ3・4メートル以下、幅1・48メートル以下、排気量は680cc以下と決められており、これは排ガス規制の厳格化などに対応して何度か改定され、1998年に現行の規格となった。
サクラやeKクロスEVが登場したときにも指摘されたが、EVと軽自動車の親和性は高い。軽自動車の需要は地方で大きく、通勤や通学に車を利用するケースが多いが、ガソリン価格が高止まりする中、EVならランニングコストを抑えられる。また、地方では一戸建てが一般的で充電器を自宅に設置しやすい。
電池性能に一日の長 ファーウェイとも提携
すでにサクラなどが販売されている以上、日本での知名度で国内メーカーに劣るBYDとしては、何か差別化できる特徴が必要となる。一つは価格だ。EVの価格は電池のコストに大きく左右されるが、PHEV車の電池を含めて、大量に電池を調達するBYDは、他社と比べて圧倒的に電池コストを抑えられる立場にある。電池性能についても、1回の充電で走行できる航続距離が重要だが、もともと電池の研究開発から始まった同社だけに、一日の長があると言えそうだ。現行のサクラは180キロだが、BYDが日本メーカーよりもはるかに長い航続距離の軽自動車EVを投入する可能性がある。
また、ソフトウェアが機能・性能を定義する車両を表す「SDV」についてもBYDは先行しているとされ、この分野で同じ中国の通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)と提携した。これは「車のスマートフォン化」とも言われ、ソフトの更新で車の機能を更新したりすることができる。ハードとしての車両生産を長年、続けてきて、多くの伝統的な部品メーカーが関与する日本勢にとって、SDVは苦手な分野だとみられる。この点でSDVとしての価値を打ち出せる軽自動車のEVを投入できれば、差別化要因とできそうだ。
もっとも、BYDの軽自動車EVが発売後すぐに大きく販売を伸ばせるかは不透明だ。日本国内での販売網や知名度は圧倒的に日本メーカーが有利。BYDの国内販売店は59店(1月24日現在)で25年内には100店を目指すとしているが、例えばトヨタ自動車は高級車ブランドのレクサスを含め5千店以上で、差は大きい。また、充電器の普及度合いや「電欠」への不安もあり、日本の消費者は現時点でEVを強く求めているとは言えない。トヨタ自動車などの日本メーカーが得意とするハイブリッド車(HV)の人気が根強い。
そして、軽自動車は登録車と比べて価格が低く、日本メーカー各社の1台当たりの利益は高くないとみられる。しかし、世界的に販売台数を伸ばし「上り調子」のBYDだけに、大げさに言えば採算度外視で日本市場での存在感を一気に高めるような“勝負”に出られるとも言える。軽自動車の勢力図が変わる可能性がある。