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死者107人の大惨事から20年 福知山事故からJR西日本が学んだもの

107人が亡くなった2005年のJR福知山線脱線事故から20年が過ぎた。さまざまな要因が絡み合って起きたJR史上最悪の事故をきっかけにJR西日本は安全対策へ重点投資するようになったが、今なお乗客の生命を危機にさらしかねない事故やトラブルが相次いでいる。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2025年7月号より)

懲罰的な「日勤教育」が運転手にかけたプレッシャー

 「改めて、弊社が引き起こした事故により亡くなられた方々に深くお詫び申し上げる」

 事故から20年になるのを1週間後に控えた4月18日、JR西の長谷川一明社長は記者会見で、こう謝罪した。

 そして、「福知山線脱線事故のような重大な事故を二度と発生させない。そのことは、JR西日本グループの責務であり、変わらぬ決意だ」と述べた。

 JR西のホームページのトップには、今も「私たちは、2005年4月25日に発生させた福知山線列車事故を決して忘れません。安全第一を積み重ね、安心、信頼していただける鉄道を築き上げます」との文言が記されている。

 事故は05年4月25日午前9時18分ごろ、兵庫県尼崎市のJR福知山線塚口︱尼崎間で起きた。制限速度が時速70キロのカーブに、7両編成の快速電車が時速約116キロで進入。1~5両目が脱線し、1、2両目が線路脇のマンションへ激突。当時の国土交通省航空・鉄道事故調査委員会の調べによると、この事故で亡くなったのは乗客106人と、23歳だった運転士1人。重軽傷者は562人に達した。

 原因と推定されているのは、運転士がブレーキをかけるのが遅れたことだ。現場のカーブには、自動列車停止装置(ATS)もついていなかった。

 なぜ運転士はブレーキをかけるのが遅れたのだろうか。

 理由の一つとみられているのが、日勤教育に対するプレッシャーだ。日勤教育は、JR西がミスをした運転士らにほどこしていた再教育制度。草むしりをさせたり、社訓のようなものを丸写しさせたりと、運転技術の向上につながるとは思えない内容で、運転士らの間では懲罰ととらえる見方もあった。

 自身も日勤教育を受けたことがあった事故車両の運転士。事故の直前、伊丹駅でオーバーランを起こしていた。事故調の調べによると、オーバーランの距離は約72メートル。これを過小報告するよう、車掌に頼んだ。車掌は総合指令室に対し、無線で8メートルと虚偽報告。その34秒後、運転士は猛スピードで現場のカーブへ突入することになる。

 事故調はこのとき、運転士が再度の日勤教育を避けるため言い訳を考えていたことなどから、注意がそがれたのではないかとみている。

私鉄との速度勝負で軽視された安全性

 一方、もう一つの原因と指摘されているのが、JR西日本が私鉄とのスピード競争に打ち勝つことを重視するあまり、ダイヤが過密になっていたことだ。列車は制限速度いっぱいで運行しなければ定時運行できなくなっていた。事故後に行われた運転士約400人に対するアンケートでは、9割以上がダイヤに余裕がないと感じていたと答えた。事故を起こした運転士も、過密ダイヤを守ることがプレッシャーになっていた可能性がある。

 関西はもともと、阪急電鉄、阪神電鉄などがひしめく「私鉄王国」。旧国鉄時代のJR西は、輸送人員のシェアで私鉄大手に大きく水をあけられていた。

 状況が変わるのは1987年4月に国鉄が分割民営化して以降だ。JR西は89年3月、私鉄各社が走る、大阪駅を中心とした京阪神の近郊区間を「アーバンネットワーク」と銘打ち、大幅な強化策を進めるようになる。

 カーブの多い私鉄の路線と異なり、JR西の路線は直線が多く、スピードアップに適している。JR西は、快速にくらべて停車駅の少ない新快速の新型車両などを積極的に導入。86年にようやく電化されたばかりの福知山線も大幅なスピードアップがはかられ、制限速度は時速100キロから120キロに引き上げられた。ダイヤ改正が繰り返され、各駅での停車時間もきわめて短くなった。

 半面、遅れたのは、コストのかかる安全対策への投資だ。福知山線が事故を起こしたカーブにも、列車の速度超過を防ぐための自動列車停止装置が備わっていなかった。防げたかもしれない事故を防げなかったのだから、「利益を優先し、安全をないがしろにした」と批判されてもしかたないだろう。

 複合的な原因で起きた未曾有の大事だが、神戸地検は2009年、事故を予見できたにもかかわらず、現場に自動列車停止装置を備え付けなかったとして、事故後の06年にJR西の社長に就任した山崎正夫氏を、業務上過失致死罪で神戸地裁に在宅起訴した。

 問われたのは、1996~98年、山崎氏が安全対策を統括していた鉄道本部長に就いていたころの責任だ。事故現場の急カーブ化工事が行われていたことやダイヤ改正で快速列車の増発が行われていたこと、96年12月に、カーブの半径がほぼ同じであるJR函館線のカーブで貨物列車の脱線事故が起きていたことなどから、地検は、山崎氏が現場の危険性を認識していたと指摘。それにもかかわらず、自動列車停止装置を設置する義務を怠ったとして、禁錮3年を求刑した。

 これに対し、地裁は「現場よりも急なカーブはある」「函館線の事故とは様相が異なる」「日本の鉄道事業者において、個別の危険なカーブを選んで自動列車停止装置の設置を指示する例はなかった」などとして、地検の主張を退け、山崎氏に無罪を言い渡した。地検は控訴せず、山崎氏の無罪が確定した。

 山崎氏のほかにも、運転士を含む計9人のJR西関係者が書類送検されたが、運転士は死亡したため、残りは事故を予見できなかったとして、地検は不起訴処分にした。

 また、山崎氏のほかの歴代3社長も2009年、被害者の遺族に告訴されたが、地検は同じ理由で不起訴処分とした。

 これに対しては、遺族が不服として審査を求め、神戸第一検察審査会が「起訴相当」と議決。地検が改めて不起訴としたが、検察審査会が10年、強制力のある起訴議決をし、強制的な起訴となった。

 そして神戸地裁は13年9月、「具体的な危険性を予見できたとは認められない」として、禁錮3年の求刑に対し、無罪を言い渡した。裁判は最高裁まで争われ、17年6月、無罪が確定している。 

安全対策投資を大幅増額 それでも事故はなくならない

 さて、JR西はその後、どう変わったのだろうか。

 運転士を精神的に追い詰めたとみられる日勤教育は事故後、廃止された。さらに、事故の遺族なども参加する会議をへて、悪質な場合を除きミスを懲戒処分の対象としないことも決定された。

 一方、JR西は安全対策への投資を急加速させた。事故が起きた05年度の安全関連投資額は約568億円。これが06年度には814億円、07年度には998億円と大幅に増えていく。その後、増減しつつも高い水準の金額の安全関連投資を続け、15年度には05年度の2倍以上となる1260億円と、これまでの最高額に達した。23~27年度の3年間には6100億円を投入する計画だ。

 JR西は、安全関連投資が1001億円となった23年度に関し、ホームページで「新幹線の安全性向上や、激甚化する自然災害への対応、ホーム柵整備等、さまざまな安全対策を進めました」と説明。

 引き続き進めている安全関連投資について、「列車の速度を連続的にチェックするATS(=自動列車停止装置)―P形や、車両に搭載したデータベースを用いたATS―DW形(DーTAS)等、運転支援機能を充実させたシステムの開発や整備を進めています」とし、将来的には「新しい技術を取り入れた保安システムの導入を目指すなど、高い安全レベルの実現を目指した取り組みを進めています」としている。

 確かに、近年では関西のJRの駅のホームでも、安全柵を取り付けているところが増えてきた。また、人手不足に対応するため、滋賀県草津市のロボットベンチャー「人機一体」や日本信号と共同開発した人型ロボットを線路内の高所作業に活用し始めている。

 これは高所作業車の「ブーム」の先端に人型ロボットの上半身を備え付け、作業員が安全な場所の操縦席から遠隔で操作して作業できるというものだ。作業員はみずから危険な場所に登る必要はない。

 さまざまな取り組みが功を奏し、JR西の事故件数はピーク時から4分の1まで減った。

 JR西のホームページによると、「列車事故」(=列車の衝突や脱線、火災)「踏切障害事故」(=踏切で列車や車両が通行する人や車両などと衝突・接触)「鉄道人身傷害事故」(=列車または車両の運転によって人が死傷した事故)「鉄道物損事故」(=列車または車両の運転で500万円以上の物損が生じた事故)を合計した件数は、ピークの1991年度が217件だったのに対し、2023年度は58件となっている。

 とはいえ、今なお、目を疑うような事故やトラブルが起きているのも事実だ。たとえば、17年12月には、新幹線「のぞみ」の台車が破断寸前のまま約3時間も運行を続ける事案が起こり、国の運輸安全委員会が新幹線で初めての「重大インシデント」に認定した。もう少しで最悪の事故につながりかねなかったからだ。

 のぞみは博多を出発し、新大阪でJR西からJR東海に運行が引き継がれる。引き継ぐまでに異臭など普通ではありえない異常があったにもかかわらず、JR西が床下の点検を行っていなかったことなどが問題となった。

 このような事故が起こり続けるということは、やはり安全対策や、社員の安全意識の徹底が十分ではないからだろう。懸念されるのは、脱線事故から時間がたち、当時を知る現役社員が少なくなって、事故が「過去のもの」として風化していくことだ。JR西、さらにはほかのJRや私鉄各社も、安全運行の徹底に向け、いま一度、決意を新たにしなければならない。