経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

自動運転とプロ野球に見る プラットフォーム競争の難しさ

トラックで荷物を運び運賃を稼ぐより、トラックが走る高速道路を運営したほうが、安定的・永続的に利益を上げ続けることができる。これがプラットフォームビジネスの基本的な考え方だ。その分野において日本は、完全に世界に置いていかれつつある。復権は可能なのか。文=関 慎夫(雑誌『経済界』2025年7月号より)

ウェイモの強みは圧倒的な走行距離

 今、自動運転で世界のトップを走っていると見られているのが、アルファベット(グーグルの持ち株会社)傘下のWaymo(ウェイモ)だ。そのウェイモを巡って、最近、2つのニュースが流れてきた。

 4月30日、トヨタ自動車は、ウェイモとの提携を発表した。その内容は、自動運転の開発と普及における戦略的パートナーシップに関して基本合意したというもの。

 ウェイモは2018年にアリゾナ州でドライバーがいない無人タクシーを走らせる実証試験をスタートさせた。以降、着実に実験地区を増やし、現在、サンフランシスコ・ベイエリア、ロサンゼルス、フェニックス、オースティンで毎週25万回以上の運行を行い、その走行距離は数千万マイルに達した。人間が運転する場合と比べ、負傷を伴う衝突が81%以上減ったとのデータもある。

 アメリカではアマゾンやテスラ、アップルも自動運転開発に取り組んでいるが、走行距離はウェイモの10分の1以下とみられる。自動運転の頭脳は当然ながらAI。AIの精度はどれだけ多くのデータを読み込ませるかによって決まる。つまり走行距離が増えるほどデータが蓄積され、より安全度の高い走行が可能になる。その意味でウェイモは、全米の自動運転をリードしているといってよい。

 一方、提携相手のトヨタも自動運転には力を入れてきた。16年にはアメリカ・シリコンバレーにAIなどの開発拠点としてトヨタリサーチインスティチュートを設立。18年には自動運転技術を提携する目的でウーバーテクノロジーズに5億ドルを出資する。その後、ウーバーは自動運転技術をベンチャー企業のオーロラ・イノベーションに売却すると、今度はオーロラと提携した。

 さらに19年にはソフトバンクと提携し、自動運転を前提とした新しいモビリティサービスを提供する会社としてモネ・テクノロジーズを設立。21年に1年遅れで開催された東京オリンピックでは、有明の選手村に自動運転バス「イーパレット」を巡回させている。

 ウェイモに関するもうひとつの話題は、昨年12月に日本交通との間で自動運転タクシーの導入に向けて戦略的パートナーシップ協定を結んだことだ。4月中旬には都内で実証実験をスタート。現在は日本交通のドライバーが乗り込み、自動運転を監視しているが、いずれは米国で行っているように、完全に無人での走行を予定している。ウェイモが米国以外で自動運転走行を行うのはこれが初めてのことだ。

 トヨタは言うまでもなく世界最大の自動車メーカー。また日本交通は都内最大のタクシー会社であり、配車アプリの「タクシーGO」のサービスを提供している。つまりメーカー側、そしてタクシー運営側それぞれのトップが、ウェイモと手を組んだことになる。

レベル3までは世界をリード

 自動運転には、レベル1からレベル5までの5段階がある。

 前を走る車両のスピードに合わせて自動的に速度を調節するアクティブクルーズコントロール、衝突軽減ブレーキなどを装備した車両がレベル1。レベル2は高速道路など特定環境においてハンドルから手を放しても自律的に走行できる車。レベル3は条件付き自動運転で、基本的なハンドル、アクセル、ブレーキなどの運転操作を車がすべて行う。車両側が状況に対処しきれなくなったときは手動運転に切り替わる。

 そしてウェイモが行っているのがレベル4。地域、インフラを限定した完全自動運転で、高速道路の決まった区間、都市部の特定エリア、施設内など、限定された条件下で完全自動運転を行う。さらにすべての道路において乗員の運転行為なしに走行可能な完全自動運転がレベル5となる。この段階で、人間はクルマの運転から完全に開放される。

 前を走るクルマとの距離を自動で保つクルーズコントロールは、1958年に米クライスラーが導入したのが最初で、今では多くのクルマで採用されている。また衝突を防ぐ自動ブレーキシステムは2003年から日本メーカー各社で採用され始め、21年以降に国内で販売される国産車には導入が義務付けられた。

 一定の条件下でハンズオフ(手放し)を可能するレベル3で先行したのも日本だった。21年3月、ホンダは自動運転車「レジェンド」を発売した。100台の限定生産。しかもリース専用であることから、普及を目指していないことはあきらかだったが、世界初のレベル3市販車であり、自動運転にかけるホンダの本気度を知ることができるクルマだった。

 ところが世界をリードしていたはずの自動運転は、これ以降停滞してしまう。

 日本は第二次安倍政権下の13年、「世界最先端IT国家宣言」を発表、ITによる成長戦略を描いている。それを受けて14年に「官民IT構想ロードマップ」を策定。この中で世界で初めて自動運転に関わる国家戦略を盛り込んだ。そこでは25年をメドにレベル4を実現し、30年には完全自動運転時代を迎えると書いてあった。

 国家戦略ということは、当然国産技術を前提としている。ところが地方都市ではレベル4の実証実験が何度か行われているが、都市部はほとんど行われてこなかった。自動運転の安全性を高めるには、交通量の多いところで走行を重ねるしかない。しかし日本では規制が厳しくそれができない。そのためいつの間にか世界とは大きな差がついてしまった。

 トヨタや日本交通がウェイモと組んだのは、日本発、あるいは日本企業の技術に頼っていたのでは世界との差がさらに開いてしまうとの危機感がある。

 日本はかつてエレクトロニクスの世界で世界をリードした。テレビなどの製品、それに搭載されるブラウン管、初期の液晶、半導体などのデバイスも、すべて日本企業がトップを走っていた。それだけでなく、CDでもテレビ、DVDでも日本の規格が世界標準となった。ところがデジタル化の進展とともに、製品、デバイス、プラットフォームのすべてで日本企業は後れをとった。

 自動運転もこのままでは米国勢、あるいは中国勢のプラットフォームに支配されてしまう。そうなればトヨタもマイクロソフトやグーグルに支配され、利益のほとんど出ない日本のパソコンメーカーの二の舞になりかねない。そのためには自力にこだわることなく、自動運転における主役のインサイダーになる道を選んだということなのだろう。ただし思惑どおりいくかどうかの保証はない。その場合トヨタは、自動車メーカーからアッセンブリメーカーへの転身を余儀なくされる。

来年のサッカーW杯は地上波で見られない?

 プラットフォーム競争に負けて主導権を失うのは、メーカーに限った話ではない。

 4月末、公正取引委員会が独占禁止法違反の疑いで日本野球機構(NPB)を調査していることが明らかになった。昨年の日本シリーズ第一戦はTBSが中継を行っていたが、フジテレビはその裏番組で、日本時間の同日午前に行われた米プロ野球のワールドシリーズ(WS)のダイジェストを放送した。NPBはこの放送を「信頼関係を失わせるもの」と判断、フジテレビの日本シリーズ取材パスを没収した。これがフジの取材機会を一時的に奪うだけでなく、放送各局のコンテンツ選択や番組編成の制約につながる恐れがあると公取は考え調査を開始した。

 日本シリーズはある程度の視聴率が期待できるコンテンツだ。放送したTBSも期待は大きかった。一方フジにしてみれば、たまたま昨年のWS放映権を持っていた。しかもスーパースター大谷翔平選手が出場する。この特権を最大限活用しない手はない。そこで生中継だけでなく、ゴールデンタイムにダイジェストを放映した。視聴率は、日本シリーズ10・5%、WS8・1%と僅差だった。これはフジによる「日本シリーズつぶし」であり、放送してくれたTBSに申し訳ない。おそらくそう判断したからこそ、NPBはフジの取材パスを取り上げた。

 その背景には日本の放送メディアが置かれている状況がある。

 テレビの視聴率が大きく落ちていることは今さら言うまでもない。かつてはプロ野球の巨人戦、あるいは人気ドラマは視聴率20%が当たり前だった。ところが今ではプロ野球中継は激減、ドラマも10%視聴率があればヒットと言われるようになった。

 要因は、若者を中心としたテレビ離れがある。SNSや、ネットフリックス(ネトフリ)やアマゾンプライムビデオ(アマプラ)のような配信サイトに流れている。

 例えばドラマで言えば、地上波のドラマよりもネトフリのドラマのほうが話題になることが多いのが現状だ。配信サイトの場合、民放と違ってスポンサーを気にする必要がない。制作費は3倍以上ともいわれている。制作関係者がどちらと仕事をしたいのかは言うまでもない。

 スポーツとなると、地上波とプラットフォーマーとの格差はさらに広がる。5月5日、世界スーパーバンタム級統一王者・井上尚弥の防衛戦が行われたが、中継したのはアマゾンプライム。すでにJリーグはDAZNでしか見ることができない。ネトフリ、アマプラ、DAZNはすべて海外資本のプラットフォーマーだ。その中にあって、日本シリーズやWSは、地上波での視聴が可能な数少ないキラースポーツ番組だった。

 来年はサッカー・ワールドカップが開催される。ところがいまだ中継テレビ局が決まっていない。毎回放映権料が高くなり、テレビ局の放送カードは減少傾向にある。前回大会は、ABEMAが認知度を上げるために全試合を無料放送、サッカーファンは安堵したが、次回は有料プラットフォーマーが権利を獲得する可能性もある。その場合、日本戦などごくわずかな試合を除いて無料で見られない可能性は高い。

 以上、前半では自動運転、後半では映像メディアについて言及した。脈略がないように見えるかもしれないが、実は根は一緒。GAFAMの躍進とともにプラットフォーマーが世界を制するといわれるようになった。そして日本はその波に完全に乗り遅れている。いまプラットフォーマーとして日本がかろうじて存在感を発揮しているのはゲームの世界だけ。せめて自動運転だけでも、メインストリームの中心に日本がいることを願うばかりだ。