経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

企業文化が変わらない限り負の連鎖は途切れない

ソニーCEOの出井伸之氏とハワード・ストリンガー氏はともに指名委員会で退陣を迫られた

多くの経営者が「社長の最大の仕事は後継者を選ぶこと」と言う。しかしそれは順当なバトンタッチが前提となるのだが、最近、不本意な形で社長の座を去るケースがあまりに多い。しかも同じ企業で同じようなことが起きている。なぜ歴史は繰り返すのか。文=関 慎夫 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2025年7月号より)

突発的社長交代がなぜ起きてしまうのか

ソニーCEOの出井伸之氏とハワード・ストリンガー氏はともに指名委員会で退陣を迫られた
ソニーCEOの出井伸之氏とハワード・ストリンガー氏はともに指名委員会で退陣を迫られた

 社長交代の季節がやってきた。

 すでに数多くの3月期決算企業(2月期も含む)が社長交代を発表している。そのほとんどが順当なバトンタッチだが、中には不本意な形で社長の座を去るケースもある。

 例えば日産自動車。同社は3月11日に内田誠社長が3月末で退任し、後任には商品企画部門を統括するイヴァン・エスピノーサ氏が就任すると発表した。内田氏は会長には就かず6月には取締役も退任する見通し。そのことが、今回の人事が通常の社長交代でないことを物語っている。

 日産は前3月期で7500億円の赤字を計上する(4月24日発表の見通し)。加えて昨年表面化したホンダとの経営統合交渉も、子会社化を求めるホンダに日産が反発したことで白紙に戻り、日産の未来が見えなくなった。こうした一連の事態に社内外に内田批判が起こり、内田氏は辞任を余儀なくされた。

 日産の場合、社長「解任」は今回だけの話ではない。詳しくは別稿(14ページ)に譲るが、瀕死の日産を奇跡的に回復させたカルロス・ゴーン氏が2018年に特別背任で逮捕され3日後に会長職を解任された。引き継いだ西川廣人氏も不当に報酬を得ていたとして19年には辞任に追い込まれた。内田氏は西川氏の後継者。つまり日産は三代にわたり解任・失脚が続いたことになる。

 そのような視点で今年の社長交代を見ると、いくつもの会社で「異常」な社長交代が繰り返されていることが分かる。

 セブン&アイ・ホールディングスでは井阪隆一社長がその座を追われた(18ページ参照)。井阪氏は5月の株主総会で取締役を退任、特別顧問に就く。16年2月、当時セブン-イレブン社長だった井阪氏は、セブン-イレブンの生みの親でセブン&アイ会長の鈴木敏文氏から解任を宣告される。これに反発した井阪氏は、伊藤雅俊氏など創業家を巻き込み反撃に出る。その結果、3月の取締役会で留任が決まる。この結果を受けて鈴木氏は辞任。セブン&アイの「鈴木時代」が終わった。

 井阪氏はその後セブン&アイの社長となり、グループを牽引する。20年には米国のコンビニ、スピードウェイを買収、それにより23年2月期には日本の小売業史上初の売上高10兆円を突破した。それからわずか2年での転落劇だった。

 本特集では、このように本人が望まない形でトップ交代が何度も起こった企業を取り上げている。

 なぜ歴史は繰り返されるのか。企業によりケースバイケースだが、企業文化、あるいは企業体質が影響するケースも多い。例えば22ページで詳述するフジテレビの場合、創業以来絶対的権力者が常に存在していた。権力者が有能な場合、その方針に従っていれば、会社は発展し社員も恩恵を享受できる。ただし権力があまりに長く続くとやがて弊害が大きくなる。その結果、自浄か他浄かを別にして、突発的トップ人事が起こる。

 しかし企業文化はそう簡単には変わらないため、次の絶対的権力者が現れ、また同じことを繰り返す。あるいはクーデターなど力で権力を奪い取ったことで、いつ自分もその立場になるかを恐れる経営者もいる。そのため企業を発展させるより権力を維持することに汲々とし、それが次のドラマを生むことも珍しくない。

解任が引き起こす「衰退」 解任だからできた「転換」

 いずれにしても、突発的なトップ交代は、会社に大きな混乱を巻き起こす。日本でもっとも有名な社長解任劇といえば、三越の岡田茂社長の解任だが、これにより日本一百貨店だった三越は信頼を失い業績が急落。その後のバブル崩壊もあって、伊勢丹との経営統合により生き残りを図らざるを得ないところまで追い込まれている。混乱は三越だけでなく、本特集で取り上げた企業すべてに共通することだ。

 ただしそれだけでは救いがないので、繰り返された解任劇で企業が再生したケースを最後に紹介する。

 1995年にソニー(現ソニーグループ)社長に就任した出井伸之氏は、スマートな容姿と巧みな情報発信でたちまちスター経営者になる。しかし2003年にソニーショックが起きる。4月に決算を下方修正したところ株価は2日連続でストップ安となった。ITバブル崩壊の影響もあるが、デジタル化の波に乗り遅れていることに市場が気づいてしまったことが大きい。

 出井氏は自分の手での再建を希望していたが指名委員会の社外取締役などが退任を勧告、05年6月に辞職した。出井氏はソニーを委員会等設置会社に移行するなどコーポレートガバナンス強化に努めてきたが、自らつくった制度によってその座を追われることになった。

 代わってCEOに就任したのは米テレビ局CBS社長などを務めソニー米国法人のトップを務めていたハワード・ストリンガー氏。ストリンガー氏はロボット犬「AIBO」の開発を中止、さらには北品川の本社を売却するなど徹底的なリストラを行い、08年3月期には過去最高の営業利益を生む。しかしそれが砂上の楼閣であったことはすぐに明らかになる。

 08年秋リーマンショックが発生。世界中の経済活動がストップした。これによりソニーは09年3月期最終赤字に転落。これは12年3月期まで4年にわたり続いた。それでもストリンガー氏は続投する意欲を見せていたが、12年2月に指名委員会から退陣を促され、その後の取締役会で決定した。

 このようにソニーは2代続けて指名委員会が機能してCEOを退任させている。結果的にはそれが吉と出た。ストリンガー氏の後任の平井一夫社長は、ソニーのビジネスモデルをサブスクなどの逐次課金するリカーリング式へと切り替えた。最初はうまくいかず再び最終赤字に転落することもあったが、その後軌道に乗りソニーは再建を果たし、22年3月期にはエレクトロニクス業界で初めて営業利益が1兆円を超えた。

 もし通常の社長交代なら、前任者への配慮からビジネスモデルの転換は難しい。しかし解任の場合、遠慮はいらない。白紙のキャンパスに自由に絵を描くことができる。ソニーはそれに成功した。

 最近ではコーポレートガバナンスが強化され、経営者の暴走を止める機構も整備されてきた。これが機能すればするほど、社長が解任されるケースも増えてくるかもしれない。それを奇貨にできるならば、解任劇もけっして悪くない。