牛島信弁護士は、40年にわたり企業経営に関わってきた。その経験をもとにコーポレートガバナンスについて数多くの発信を続けており、関連書籍も多い。その牛島弁護士にとって、昨今の企業不祥事や、相次ぐ社長失脚はどのように映っているのか。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2025年7月号より)
牛島 信 牛島総合法律事務所パートナー弁護士のプロフィール

うしじま・しん 1949年宮崎県生まれ。75年東京大学法学部卒業。77年東京地検検事、78年広島地検検事を経て79年に弁護士登録しアンダーソン・毛利・ラビノウィッツ法律事務所入所。85年牛島法律事務所(現牛島総合法律事務所)を開設した。これまで数多くの社外取締役を務めてきた。
独立した社外取締役でチェック機能を強化
―― 最近、さまざまな会社で社長の解任や失脚が相次いでいます。しかも過去に同じようなことをした企業で繰り返されています。
牛島 これからも起きます。なぜならいくらコーポレートガバナンスを強化したところで、それだけでは企業は成長しないからです。株主は経営者に利益を上げるよう求めます。だから組織の中では儲けることのできる人が力を持つ。力の中には人事権も含まれる。人事権を持つと嫌いな社員、反発する社員を異動させることができる。そうなると、気の利いた社員は上に対して忖度するようになり、批判や現場の声がトップに届かなくなる。そこで不祥事が起き、トップが辞めざるを得なくなる。だから何度も起きてしまう。
私の弁護士生活はすでに40年を超え、若い頃からいろんな会社を見てきました。それを踏まえて言えることは企業における権力闘争は絶対になくならないということです。当事者にしてみれば、自分の人生がかかっている。しかも企業によってはそれが成長の原動力になる場合もある。その意味では権力闘争は悪いことばかりではありません。
ただし勝ち取った権力の場合、それを手放すことが難しい。しかも彼らは私利私欲の塊というわけではありません。むしろ使命感の塊です。だからこそ、自分でなければだめだと考えてしまいます。それでも長年、権力の座についていると、いつの間にかマイナス面の方がはるかに大きくなる。これを制御するのはなかなか難しい。
―― 日本では次期社長を前任社長が決めることが圧倒的に多く、指名委員会があっても形骸化している場合もあります。その場合、後継社長は自分を指名してくれた人に逆らうことは難しくなります。
牛島 であればこそ社外取締役の存在が重要になってきます。でもほとんどの企業の社外取締役は、社長や会長が決めています。そして多くの場合、社長や会長はあまり経営に影響力を発揮しない人を選んでいます。これでは社外取締役のチェック機能は働きません。そうならないためには社外取締役が社外取締役を選ぶようにする。これが二代、三代と続けば、執行部に対する忖度もなくなり、本来の役割を果たすことができるようになります。
もう一つが取締役会議長の役割です。
日本企業の場合、取締役会議長を社長が務めるケースが大半です。場合によっては会長が務めることもあるけれど、いずれにしても会社のトップが務めている。そうなると、取締役会自体が社長、会長の意のままに運営されてしまう。これではチェック機能が働きません。それを避けるためには、議長は社外の方が務めるようにすることです。そういう企業が少しずつですが出てきていますし、今後も増えていくと思います。
―― そうなると今でさえ企業は社外取締役候補の取り合いをしているのに、一段とハードルが上がることになります。そもそもそんなに大変なら引き受けたくないと思う人も多そうです。
牛島 確かになり手が減ると考える人も多くいるようです。しかし私は杞憂だと考えています。これまでは言いたいことがあっても執行部に遠慮して意見を言わない場合もあったと思います。しかし今では積極的に発言することが求められていますから、心ある人にとっては、むしろやりがいのある仕事と考えられるようになってきたのではないでしょうか。執行部の言うことに黙って従う人よりも、候補者ははるかに多いはずです。
30年間の縮小均衡を変える大きなチャンス
―― 最近の不祥事や社長交代劇により、コーポレートガバナンスへの関心は、かつてないほど高まっています。これは日本社会にどのような影響を与えるのでしょうか。
牛島 今の日本は第三の敗戦を迎えたと私は考えています。最初は80年前。2度目はその40年後の1985年のプラザ合意とその後の日米構造協議です。これによって日本型経営が敗北し、失われた30年に突入します。当時は企業同士が株式を持ち合いが多く、事実上、株主が不在でした。そのため、持ち合った株式を利用した経営者による支配が常態化し「幹部従業員の共同組合化」が生じていました。アメリカはここも問題視していました。
今では持ち合いはだいぶ解消されましたが、株主主権という考え方には抵抗感を持ち続けている経営者が多くいます。それでも2015年にコーポレートガバナンス・コードが示されたことで大きく変わり始めています。これが第三の敗戦につながります。今では会社はアクティビストの要求を無視することはできなくなっていますし、M&Aの提案に対しては、第三者委員会を設置して検討しなければなりません。世界中の投資家が、日本は宝の山であることに気づいてしまった。しかも円安がそれを加速させています。
―― そうなると日本企業は世界から狙われることになります。ますます経営環境は厳しくなります。
牛島 ただ私は、第三の敗戦はむしろ日本復活のきっかけになると考えています。機関投資家とアクティビストが共同して企業のガバナンスを変える例が増えています。社長の再任が株主総会で否決されたこともあるし、日本を代表する企業であっても、社長の信任が過半数ぎりぎりというケースもありました。
これまでの日本企業は、社長は日本人、しかも社内からの昇格が一般的でしたし、外資が日本企業を買収しようとしたら国を挙げて反対していました。しかしこうした日本的システムを長年続けているうちに、日本は縮小均衡に陥ってしまった。それが今、変わろうとしているのです。
社外取締役がきちんと機能すれば、前任者が自分のお気に入りを次期社長に選んだとしても指名委員会で拒否されるケースが増えるでしょう。そうなれば自分の好き嫌いではなく、誰もが能力を認める人を選ばざるを得なくなる。これを続けることで、日本企業は間違いなくよくなります。ですから第三の敗戦は、日本再生の一歩です。