ウェディング業界最大手のテイクアンドギヴ・ニーズがTRUNKを設立し、ホテル事業へ参入して、8年が経過した。コロナ禍にぶつかり打撃を受けたが、海外富裕層の宿泊予約は引きも切らない。野尻佳孝社長は、「ニッチ層に向け、あえてスマート化と逆行するホテル戦略を練った」と語る。文=小林千華 画像提供=テイクアンドギヴ・ニーズ(雑誌『経済界』2025年7月号より)
野尻佳孝 TRUNKのプロフィール
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のじり・よしたか 1972年生まれ。95年明治大学政経学部を卒業し住友海上火災保険(現三井住友海上火災保険)に就職。98年、26歳でテイクアンドギヴ・ニーズ設立。2001年に現在の新ジャスダックに史上最年少で上場。06年、東証一部に史上最年少で上場。10年から会長を務める。また16年にTRUNKを設立し社長に就任。
コロナ禍で計画とん挫も元の水準での成長見込む
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―― ホテル事業を開始して9年目。事業の進捗について教えてください。
野尻 2017年時点で、30年を見据えたグループの長期経営方針を発表していました。ホテル事業については「10年間で10店舗開業。30年までにホテル事業をウェディング事業と同規模に成長させる」という目標を設定していましたが、コロナ禍で計画がとん挫したため、新たに35年を見据えた計画を策定中です。細かいお話はまだできませんが、少なくともコロナ後の出店ペースや売り上げについては、当初目標に掲げたものとそれほど大きな誤差が出るとは考えていません。
現在出店しているのは渋谷・神宮前エリアのフラッグシップホテル、TRUNK(HOTEL)CAT STREET、神楽坂エリアのTRUNK(HOUSE)、渋谷・代々木エリアTRUNK(HOTEL)YOYOGI PARKの3店舗。その他、27年に渋谷・道玄坂、札幌、28年に神戸への新規出店を予定しています。
僕らは創業当初からインバウンドにフォーカスしていて、17年の開業時から宿泊客の9割以上がインバウンド、7割以上が欧米圏の方でした。コロナ後もこの割合を維持しています。
平米単価も、コロナ前は外資系含めたほとんどのホテルでは1千円以下に設定されていましたが、僕らは自分たちの価値に妥当な価格設定をしようと考えて1250円からスタートしました。現在は他社さんもどんどん単価を上げてきていて、TRUNKも平米単価3千円ほどまで上がっています。
―― 欧米圏の方が多いというのは、狙ってできた結果なのでしょうか。
野尻 TRUNKがターゲットにしているのは富裕層全般ではなく、「ニューラグジュアリー」と呼ぶニッチ層。多様な経験をしてきて優れた審美眼を持ち、社会的な背景など、幅広い視点から物事を判断できるような方を想定しています。いろんな国にいろんな歴史があって、そこから生まれた文化がある。そうした多様性を尊重できる方です。そうした方が日本にいないわけではないですし、他のさまざまな地域にももちろんいます。
ただ、他と比較して欧米圏に多いのは事実だと思います。ヨーロッパは1日何カ国も行き来できる地域で、日本とはそもそも国境の感覚が違う。さまざまな文化に触れてきた経験が日本人より多いのは当然かと思います。そうした方々がTRUNKの掲げる社会的な取り組み「ソーシャライジング」に共感し、僕らを選んでくれる割合が高いです。
なかなかこの「ニューラグジュアリー」を他の言葉で言い換えて説明するのは難しいですね。僕は「ライフスタイル感度が高い」と言うこともありますけど、ファッションなど見た目で分かる部分だけではなくて、心の在り方の問題なので。僕らはそこまで捉えてターゲット層を絞っています。
―― そのニューラグジュアリーに対し、どのような価値を提供しているのですか。
野尻 一言で言えば「唯一無二のラグジュアリー体験」です。体験といっても、空間のデザインや接客、ホテルの中のコンテンツなど、さまざまな要素がある。これを店舗ごとにローカライズし、「唯一無二」を届けるのが約束事です。コンセプトも接客も、スタッフのユニフォームも違います。
接客においては日本にありがちなマニュアル接客を廃し、スタッフ一人一人の主体性を尊重して、お客さまごとにカスタマイズした接客を提供しています。その意味で、僕らの組織戦略では、主体性を持った集団をいかにつくるか、という点に一番経営コストを費やしています。
そうした姿勢への評価として僕らが誇りに思っているもののひとつが、ダイレクトブッキング率の高さ。開業から現在まで70~80%をキープしています。もちろんお客さまの定性的な評価が直接どんな数値に表れているかを断言するのは難しいですが、これは僕らのホテルが提供する価値に対するひとつの評価だと思っています。
低単価ホテル増える中 あえて高付加価値で戦う
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―― 昨今のトランプ米大統領の政策による為替変動など、経済動向によるリスクをどう捉えていますか。
野尻 為替変動については、僕らの事業にはあまり影響しないと考えています。僕らのターゲット層はあまり為替に影響されて行動を変えるような方々ではないと思いますし。業績も大きく変動するとは思いませんので、特に戦略を変える考えもないですね。ただ僕らの中では、今後ルーム数が2千を超えれば、このバランスが崩れてくると考えています。今はまだルーム数が200もなく、大きな影響は考えづらいです。
もちろん現在も影響がゼロとは言えないので、慎重にそうした外部リスクも見据えてやっていきます。でも、僕らが提供すべき高付加価値さえしっかり提供し続けられれば、多少市場に変化があっても需要は減らないと思うんですね。その点は僕らの場合、まだ行き届いていると考えます。
―― 最初から、経済的にリスクを負いづらいと考えてターゲット層を設定したのですか。
野尻 そういうわけではありません。そもそも僕らがなぜラグジュアリー層をターゲットに設定したかについてですが、今後ホテル業界は二極化が進んでいくといわれています。テクノロジーがどんどん進化していって、人件費を可能な限り抑えたスマートホテルがもっと増えていく。規制緩和も進んでいくとすれば、民泊も増えていく。そうなれば、ビジネスホテル、民泊といった領域がより厚くなっていきます。
日本のホテル業界は、ビジネスホテル領域のプレーヤーが比較的多い半面、人口減も進むので空室率も高くなっていく。そうなればこうした低単価のホテル同士の競争は今後非常に激しくなっていきます。僕らはホテル業界に参入するにあたって、この領域では勝てないと考えました。
一方スマート化と逆と言ってはおかしいですが、労力と人件費をかけてでも、お客さまのこだわりに寄り添うラグジュアリーなホテル、という領域も今後広がっていくだろうと。しかもそのラグジュアリーも多様化が進んでいく中で、僕らは「ディスラプティブ」、振り切った刺激や体験を提供する方向にかじを切りました。ここはなかなか参入障壁の高い分野です。クリエーティブにも主体性を持った人材育成にも、コストや時間がかかる。ある意味スマート化とは逆行する方向です。
ただ、僕らはこの業界に参入する時から、ボードメンバー同士の価値観を軸に、ブルーオーシャンはどこなのか考え尽くした上でここにたどり着きました。
規制緩和なくして「観光立国」はあり得ない
―― 日本の観光・ホテル業界の課題についてどう考えますか。
野尻 大きく2つの課題があると思います。ひとつは規制が厳しすぎて、高付加価値を提供するホテルが全然作れていないことです。例えば海外の南国リゾートでは、水上コテージが並ぶすごいホテルがたくさんありますけど、日本では海岸や湖、川はほとんど活用できない。近年観光立国を掲げ始めたサウジアラビアでは、リゾート開発に多額の投資がされ、観光業界を盛り上げるための規定が次々できています。日本も本当に観光立国を目指すなら、それを阻害している規制をもっと緩和していかなければならないと思います。
もうひとつは投じられる予算の規模ですね。スキーリゾートひとつとっても、北米のものは何千億円単位の民間投資を呼び込み周囲の街全体を巻き込んで再開発されるのに対し、日本ではいまだに自治体頼みの予算で細々と運営されている場所も多い。ゼロ4つ分くらい違いますね。予算というより、概念が違うとさえ思います。「このスキーリゾートを楽しむために1カ月間休暇をとって滞在しよう」と思わせるような場所が世界中にあるのに、日本はどうも全部小粒。建築費などの高騰もあって、近年はさらに資金が乏しくなっています。これを打破しない限り、付加価値など付けようもないでしょう。
―― 課題山積です。
野尻 日本がもともと素晴らしい観光資源に恵まれた国なのは間違いありません。でも、それをさらなる高付加価値として生かしきれているかといえば、正直できていないと思います。みんながみんな口を揃えて観光立国を目指せるなら可能性はすごく高まると思いますが、現実的にそうはいかない。空港などのインフラの面でもいろいろと課題はあります。
「観光立国」と一口に言っても、果たしてこの国がそこへ本当に一丸となって向かっていけるのか。僕はクエスチョンだと思います。