観光やホテル業界の活況ぶりは、人口減少が進んでいく日本にとって希望の光だ。しかし、国内でインバウンドを待ち構え、業績を伸ばしていくばかりが戦略ではない。海外で外貨を獲得する産業になる可能性も秘めている。北米進出を加速させるアパグループ、元谷一志社長に話を聞いた。聞き手=和田一樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2025年7月号より)
元谷一志 アパグループのプロフィール

もとや・いっし 1971年生まれ、石川県出身。95年学習院大学経済学部卒業。住友銀行で約5年間勤務した後、99年11月にアパホテル常務取締役として入社。2004年に専務取締役に就任後、最高財務責任者(CFO)、経営企画本部長、人事部長等を歴任。22年4月にアパグループ社長兼最高経営責任者(CEO)に就任、現在に至る。
力強い客室予約状況 高単価販売は今後も維持できる
―― 2024年12月、アパグループとして西日本最大級の客室数を持つ「大阪なんば駅前タワー」がオープンしました。万博も開幕し、関西地区を中心に盛り上がっています。
元谷 大阪なんば駅前タワーについては、関西空港からも近く、関西エリアの中でも特に人気・宿泊単価の高いエリアです。日本人の宿泊者には梅田エリアの方が人気があり、高単価になりがちですが、外国人の方には難波の「ザ・大阪」な街並みが受けている印象です。非常にいい滑り出しです。
万博については、開幕前の段階で4月から6月までの宿泊予約がかなり急増していたこともあり、今後も高単価販売が予想されます。今年は関西エリアの予算を昨対比150%程度で設定していますので、当社としても万博の盛り上がりをしっかりと事業の成長に結び付けていかねばなりません。
今後については、10月の万博閉幕まで力強い予約状況が続くと期待していますし、全国的にも新たなホテルのオープンも控えています。客室単価の向上期待も織り込んで、業績の見通しは悪くありません。
―― ホテル業界全体が盛り上がっています。競争環境をどう認識していますか。
元谷 国内市場に関して言えば、あまり競合は意識していません。というのも、アパグループのモデルは、所有・運営・ブランドの3階建ての収益構造であり、すべてを揃えているホテルチェーンは珍しいからです。こうしたビジネスモデルの違いがあるので、出店エリアや客室数で競合しているように見えても、実際の収益の積み上げ方は異なります。そういう点で、競合はあまり意識していないわけです。
ただ、今後の人口動態の変化も鑑み、ポートフォリオの見直しは行っています。前述のように、これまでのアパグループは長期でホテル物件を保有し、自社で運営していくのが強みでした。近年は、直営からFCに切り替えるホテルを増やしているところです。
そして、FC展開でアパブランドのネットワークは拡大しつつ、キャッシュフローを別のところに充てていく。足元では借入総額も増えていませんし、厚くなっている資金をどこに振り分けるのか、次の一手を進めているところです。
―― 足元の業績も非常に好調です。稼いだキャッシュはどこに向かいますか。
元谷 おかげさまで、24年11月期決算は2期連続で過去最高益を更新することができ、売上高は2250億円以上、経常利益も800億円に迫る数字になりました。今後は、国内にすべてを依拠せず、海外資産を増やす戦略を進めます。
アパグループは16年にカナダのホテルチェーン「コーストホテルズ」を取得し、北米でコーストホテルブランドを展開し始めました。昨年もシアトルで新たにホテルを取得し、ここを軸にアメリカ市場を拡大していく計画です。今後展開するエリアは、サンフランシスコやロサンゼルスなどシアトルとタイムゾーンが一致するエリアを中心に、ラスベガスやヒューストンも候補に入っています。
あるいは、日本とタイムゾーンを揃えるという意味で、いずれオーストラリアで展開していくことも検討の俎上には載っています。
―― 今後、コーストホテルブランドは、日本でも展開する可能性はありますか。
元谷 まだまだそれほど大きいチェーンとは言えないので、まずは北米で無視できない規模のチェーン展開を仕掛けていくことが優先です。その先には、逆輸入して日本でラグジュアリーブランドとして展開することも有り得るかもしれません。
いずれにせよ、アパホテルは大都市圏ほど強さを発揮するモデルですので、今後も大都市圏で勝負をしていくことが勝ち筋だと考えています。
―― 大都市圏ほど強いのはどうしてですか。
元谷 例えばアパホテルの場合、決して広いとは言えないコンパクトな客室をいかに機能的に設計するかという点で強さを発揮してきました。そして、高単価販売がしやすい駅前立地にもこだわっています。こうした結果、平米当たりの売上高はホテル業界トップ水準を維持していると思います。今後も、効率性を追求した客室設計を武器に、繁華街を中心に展開していくことで、一層強みが際立つと考えています。
余裕がある時ほど撤退戦 送りバント経営の極意
―― アパグループ創設者である父・元谷外志雄さんは、「事業は大ハマりしないことが大事だ」と言っていました。
元谷 存続している企業は小ハマりで済んでいて大ハマりしていません。ですから、最近も「余裕がある時ほど撤退戦」なんだと、社内で常に言っています。いわゆる撤退戦は社員の士気も下がりますし、むしろ余裕がある時しかできないと考えています。
具体的に言えば、非常に業績が好調だからこそ、古くなったホテルの改装スピードを上げています。好調だからアクセルを踏んで攻める部分にリソースを注ぎ込めばいいという考え方もあるかもしれません。でも、こういう時だからこそボトム部分の評価を上げる施策を打つ。すると、5年後、10年後、さらに競争力を持った状態で臨めるはずです。
―― サラリーマン社長には難しい長期視点の経営判断ですね。
元谷 自分の代で派手に決めてやろうという意識は全くないですね。次の世代にいかに持続的な形で受け継いでいくかばかり考えています。私の経営は、ホームランより送りバントなんですよ。そして、しっかり送りバントをするためにも、自分の代でいわゆる負の遺産は一掃し、未来の経営の選択肢を多く残す。ホテルは100年先も残るビジネスだと思いますので、そういう意味でも長期視点を持ち続けます。