日本を代表する音楽5団体が設立したカルチャー アンド エンタテインメント産業振興会(CEIPA)。国内最大規模の音楽賞「MUSIC AWARDS JAPAN」(MAJ)を新設し、5月21日、22日に第1回授賞式を開催した。音楽をはじめ、日本エンタメ全般のグローバル発信を掲げて、今年から本格始動している。聞き手=武井保之 Photo=片山よしお(雑誌『経済界』2025年7月号より)
村松俊亮 カルチャー アンド エンタテインメント産業振興会(CEIPA)のプロフィール

むらまつ・しゅんすけ 1963年、大分県生まれ。87年立教大学卒業、CBS・ソニーグループ(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)入社。2002年ソニー・ミュージックレコーズ代表取締役執行役員専務、08年ソニー・ミュージックエンタテインメント コーポレイト・エグゼクティブ レーベルビジネス第1グループ代表、15年より取締役を経て、20年4月代表取締役社長 CEO就任。ソニーグループ上席事業役員、日本レコード協会会長を兼任する。
国内最大の国際音楽賞創設 日本の音楽を世界へ届ける

―― CEIPAは、音楽主要5団体(注1)が未来の産業の発展のために発足させました。なぜ今こうした動きになったのでしょうか。
村松 まず前提として、近年のデジタルテクノロジーの伸張とコロナ禍における世界中の人々のライフスタイルの変化の中で、音楽に限らず、日本のエンターテインメントコンテンツの価値がどんどん上がっていることがあります。特にアニメやゲームは圧倒的に強く、世界中に熱狂的なファンが生まれる中、かつてのフィジカル(CD、DVD、ブルーレイなどのパッケージ)ビジネスの時代には世界に届くまでに時間がかかったところ、ストリーミングのビジネスモデルに変わり、一瞬にして海外に届けることができるようになりました。それはアーティストやクリエーターにとって大きなチャンスであり、ここで業界が一致団結して動かなくてはいけないという意識がありました。
―― 5団体が連携するのはこれまでになかったのではないでしょうか。
村松 アーティストのマネジメント、楽曲・原盤制作の現場、楽曲の権利を管理する音楽出版社、ライブイベント制作の現場など業界全体で同じことを感じていました。それぞれビジネスパートは違いますが、日本の音楽業界の最大のチャンスに一丸となって世界にその魅力を伝えるべく、動き出したところです。
まずは、国内最大規模の音楽賞「MAJ」を新設したほか、Ado、新しい学校のリーダーズ、YOASOBIの3組が出演する日本音楽を世界へ発信するイベント「matsuri ‘25」を米LAにて実施しました。これから世界各地で日本アーティストのショーケースライブなどを開催し、日本音楽の魅力を発信していきます。将来的には、音楽だけでなく、日本カルチャー&エンターテインメント全般のコンテンツを扱っていきたいと考えています。
―― 「MAJ」は日本音楽業界を代表するアワードになりそうです。
村松 文化庁長官であり、作曲家の都倉俊一先生が発意者の1人ですが、都倉先生が日本版グラミー賞を作ろうと提案し、各団体トップもかねてからその必要性を感じていました。
アーティストやマネジメントの方からは、海外で現地プロモーターやビジネスパートナーと交渉するときに、日本には名刺代わりになる音楽賞がないという声が上がっています。そうした中、まずわれわれは、日本音楽業界を代表するバリューのあるアワードを創設しなくてはならない。そして、日本だけでなく、アジアとつながって、アジア全体がグローバルに向けて音楽を発信していく場所にしようと考えました。近い将来、アジア各国のアワードと連携し、それぞれを称え合う形式の音楽賞にしていく構想があります。その中心になるのが日本音楽業界。日本コンテンツが世界に大きく躍進している中、そのチャンスを生かすための第一歩が「MAJ」です。
―― 音楽5団体の協業や授賞式の世界生配信など、グローバルを意識した新しい一歩を踏み出す音楽賞になりました。
村松 音楽業界全体が称え合う賞にすることを目指してきました。これから5〜10年と育っていったときに、受賞することがグラミー賞やアカデミー賞のような栄誉になり、音楽ビジネスにとって絶対的に有用な賞と誰もが認めるアワードにしていきたいと考えています。
音楽離れが進む日本市場 世界に打って出る好機

―― 日本レコード協会の音楽生産実績を見ると、この10年ほぼ横ばいですが、内訳では音楽配信売り上げは右肩上がりで成長を続けています。
村松 音楽をモノとして持つ文化が根付いている日本は、フィジカルが未だ市場全体の半分を占める世界唯一の国です。しかし、その市況をキープするのは現実的ではない。一方、グローバルのストリーミング市場は引き続き大きく伸びていますから、そこに向けて日本の楽曲やアーティストを打ち出していきます。
英語圏以外からでも、しっかりとしたクリエーティブと表現力があれば、グローバルチャートを駆け上がるヒット曲やアーティストが生まれる可能性が十分ある。K-POPがそれを示しています。人口減少傾向が続き、若年層が減る国内マーケットだけを見ていたら、衰退の一途をたどるだけ。ただ、世界に向けて活動していくのは、国内への危機感というよりも、時代の好機の波に乗るべきだという意識からです。
―― 個々のアーティストで見ると、海外フェスに出演したり、世界ツアーを実施したりしているアーティストもすでにいます。CEIPAが日本音楽の海外進出をバックアップしていくことで、その状況は変わっていきますか。
村松 アーティストが個々単体で海外ツアーなどの展開を行うのは負担が非常に大きい。国内ツアーと比べて、時間もコストも手間もかかる一方、売り上げも利益率も低い。よっぽどの人気アーティストかその地域で知名度のあるアーティスト以外、ハードルが高いのが実情です。
その前の段階で、日本アーティストのプレゼンテーションを上げていくのがCEIPAの役割です。そのひとつに海外で実施するショーケースライブがあり、国のコンテンツへのサポートを引き出すなど、国と民間をつなぐ機能としての位置付けもあります。アーティスト個々にはできないことや難しいことを、サポートしていきます。
―― 日本の音楽産業の発展のために、CEIPAが担っていく役割を教えてください。
村松 CEIPAの活動を通して、音楽業界が若い才能を世界に届けることに真剣に取り組んでいると世の中に伝えるのがとても大事です。大谷翔平選手は米メジャーリーグで世界中を席巻し、魅了していますが、日本のアーティストだって彼のような夢を思い描ける。そういう存在を音楽業界につくるために、ひとつのファンクションとして、世界発信型の音楽賞の意義があります。それがアーティストを目指す人たちが増えることにつながります。
同時に、コンポーザーや作詞家などクリエーターに限らず、音楽業界を志す人たちを増やすモチベーションづくりや教育支援、若手育成のためのインフラづくりも進めています。そのひとつがTOYOTA GROUPとの共創プロジェクト「MUSIC WAY PROJECT」です。ほかにも、グローバルな楽曲制作のための国境を超えたクリエーターのマッチングや、学生や企業人の海外留学などのプロジェクトも予定しています。
政界の視線を音楽へ 課題は演奏・伝達権の法制化
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―― 村松さんが今、現状の日本音楽産業の課題として考えていることはありますか。
村松 世界に出ていく中で、日本にレコード演奏・伝達権(注2)がないことを、問題としてずっと唱え続けています。これがないのは先進国で日本くらい。中国でも5年ほど前に法制化されています。例えば、CDなどがカフェのような場でBGMとして使われていても実演家やレコード製作者にはリターンが生じません。また、海外の楽曲が日本で使用された際にもリターンが生じず、イコールフッティングの観点でも、国際的に問題視されています。
それが未だ法制化されないのは、音楽産業に対する政治の理解度が低いことがあります。一方、今政府はコンテンツ産業官民協議会を設けて、日本コンテンツの国際競争力強化や産業活性化を掲げています。そういう仕掛けを作っていく中で、アーティストのチャンスにもつながる法制化にご理解いただき始めているのは感じています。
―― エンターテインメントが若い世代の可処分時間の奪い合いになる中、音楽の位置付けをどう見ていますか。
村松 日本レコード協会の「2023年度 音楽メディアユーザー実態調査」では、コロナ禍以降、音楽の有料聴取層と無料聴取層がともに減少し、無関心層が増えている。基本的に若干の音楽離れがあります。
配信サービスでさまざまなエンターテインメントを楽しむライフスタイルが一般的になった中、ほかのコンテンツと比較して、音楽に費やす時間とお金が少なくなっています。われわれの役割として、そこをしっかり食い止めないといけない部分もあります。
―― CEIPAが目指す日本音楽産業の未来を教えてください。
村松 北米や欧州では、有料音楽ストリーミングサービスの加入率が国民の40〜50%に上りますが、日本は20〜25%(2千万人)ほどと推計しています。それが4千万人まで届くと、健全な音楽産業のサイクルが機能し始めるので、まずはそこを目指していきます。
日本はストリーミング後進国であり、まだ欧米に追いついていない。しかし、今後日本が追い上げていける可能性は十分あります。
注1:日本レコード協会、日本音楽事業者協会、日本音楽制作者連盟、日本音楽出版社協会、コンサートプロモーターズ協会
注2:市販された音源が使用された際(公衆への伝達)に、実演家やレコード製作者が対価を求める権利。日本の著作権法においては、作詞家と作曲家のみ認められている。