「情熱がめぐる社会をつくる」。3年半勤めたスタートアップを辞め、起業の原体験を得るために世界を見て回った籔和弥氏は、そんな想いを持って会社を起こし、専門家・クリエイター向けのサービス販売プラットフォーム「MOSH」をスタートした。これを基点に、籔氏が思い描くクリエイターエコノミーの社会とは。文=大澤義幸 Photo=川本聖哉(雑誌『経済界』2025年8月号より)
籔 和弥 MOSHのプロフィール

籔 和弥 MOSH Co-Founder,CEO
やぶ・かずや 1990年、福井県生まれ。学生時代に英語の家庭教師のマッチングサービスを開始。2013年Rettyに新卒入社。アプリのリーダーなどを担当し、16年退職。その後、起業準備のためアジア、インド、アフリカなどを世界一周し、その原体験を元にビジネスモデルを着想して、17年にMOSH創業。オウンドメディア「MOSH Magazine」配信中。
専門家と消費者をつなぐ サービス販売プラットフォーム

「最近、中学時代ぶりに野球を再開しました。昔は部活で非合理的な練習をやらされていたのが、今は『MOSH』を通じて元メジャーリーガーコーチから野球を教わることができ、球速が10㎞/h上がり、バッティングは打率4割を超えています。消費者は『担当ガチャ』のある組織ではなく、特定の個人を指名してサービスを購入でき、個人の専門家やクリエイターは好きな仕事をして経済的・精神的に充実した生活を送れる。そんな情熱がめぐる社会をつくりたいと思い、2017年に会社を立ち上げました」
穏やかな口調でそう話すのはMOSH代表の籔和弥氏。
「MOSH」は専門家・クリエイター(以下、クリエイター)向けのサービス販売プラットフォーム。クリエイターは販売用のHP作成、予約、決済、マーケティング、会員動画管理等のシステムを初期費用・月額固定費無料で利用できる。「一般に数十万~数百万円かかる初期費用や開始までの手間等の導入障壁をなくし、手軽にオールインワンのECサービスを始められるようにした」と語る。なお、同社はクリエイターの売り上げの6・5%+99円をサービス利用料として徴収する。
「MOSH」には現在、200職種、8万事業者が登録しており、サービスを毎月販売する事業者は4千人に上る。クリエイターの中心層は40~50代、男女比は4:6。1人当たり月平均約30万円の売り上げがあり、中には「年商4億円を稼ぐ個人の英語講師、2億円を稼ぐフィットネストレーナーなど億万長者プレイヤーもいる」という。さまざまな分野で個人商圏が確立されている。
「40代のクリエイターが多いのは、20代でスキルを磨き、30代後半で独立する方が多いから。昔は個人やスモールチームが好きなことをして生活するのは贅沢でしたが、現在はスマホやSNSを使って、世界中の誰でも好きなことを仕事にできる。そういう個性や専門性が流通し、世の中に広がっていけば、もっと良い社会になる。そう信じてクリエイターの経営や事業拡大、そして成長や自己実現を支援しています」
一方「MOSH」では、クリエイターのファンがサービスを購入する形がスタンダードだという。「消費者がクリエイターを指名してサービスを購入し、事業が広がっていくという流れは想定通り。そのためのプラットフォームをつくり込んできた」と籔氏。これがビジョン『指名経済を当たり前に』につながっていく。
創業以来、右肩上がりの成長を続けるMOSHは25年2月、シリーズCラウンドで22・5億円の資金調達を完了。現在の累計資金調達額は32億円、GMV(流通取引総額)は200億円に到達した。時折笑顔を見せながらも淡々と業績を語る籔氏。その起業の原点は学生時代に遡る。
揺るがない原体験を求め 世の中を理解するため海外へ

籔氏の最初の起業は大学時代。独学でプログラミングを勉強し、英語の家庭教師のマッチングサービスを始めた。とはいえ実験的な学生起業であり、事業拡大やその先のグローバル展開を見据えた時に、1度は急成長企業で揉まれて経験を積んだ方がいい。そう考えて就職先を探した。
「当時、シリーズAラウンドにいたグルメクチコミサイトを運営するRettyに7人目の社員として新卒入社しました。在籍した3年半で会社が急成長する中、アプリの開発の仕方や規模が拡大するサービスをどう運営していくか、またスタートアップがエクイティの調達を前提に事業を急成長させていくという状況、さらには踊り場の乗り越え方などを体感できました」
貴重な経験を得ると同時に、スタートアップを立ち上げる厳しさを知る機会でもあった。そこで起業後にどれだけ困難な状況に置かれても揺るがない原体験を持つため、同時に世の中を正しく理解するために、世界を見て回ることにした。26歳の時だ。一時流行った「自分探しの旅」という名の趣味旅行ではない、起業の決意を固めるための旅路だった。
「世界を回ってみて、それまで大きな店舗でモノを買ったり、サービスを受けるのが当たり前だったのが、プラットフォームを通じて個人間の取引が行われているのが新鮮に映りました。特にマサイ族の方がSNSでインサイトを発信しているのを見て、『これが世界の潮流になるかもしれない。ならば情熱のある個人を支えるプラットフォームが必要になる』という思いが明確になりました」
そんな籔氏だったが、実際に起業したのはシリコンバレーでもアジアやアフリカでもなく、日本だった。
「自分のパーソナリティからして、競争の激しいところで戦いたくなかったんです。それよりもミッションやビジョンを前提に長期で戦い、最後までやり切る方が自分らしいなと。社会に有用なプロダクトや事業価値をつくるのは時間がかかります。この成果を上げ続けていくためには、自分のマインドやメンタル、健康に無理のないようにしたい。起業する場所の選択では、アフリカやインドは市場規模が物足りないことや、日常的にトラブル対応に追われてしまうリスクなども考慮し、日本で起業して事業を発展させてから、それを持って海外に出ようと決めました」
起業後はコロナ禍の巣ごもり需要を取り込み、会社は急成長していく。その頃にはプラットフォームに必要な機能を装備できており、国内で先行メリットを獲得。現在に至るまで他社の追随を許していない。
「個人やスモールチームの人向けの塵積のビジネスなので、手間がかかる割に売り上げが小さく、競合となる大手の台頭はほぼありません。ただ、コロナ禍に入ってから始めていたのでは遅かったので、良いタイミングでスタートを切れたと思います。これは年内に本格化するグローバル展開も同じことが言えます」
個人商圏をグローバルに拡大 クリエイターエコノミー実現へ
そう籔氏が話すように、「MOSH」のサービスは無形コンテンツの特性を生かして海外のファンをつかみ、グローバル市場へ販路を広げる可能性を秘めている。それが今だ。
「グローバル展開は2ステップで考えています。1stステップとして、殺陣やペン字など日本ならではのコンテンツを発信し、既に海外のファンが付いているクリエイターがいます。そのマネタイズに向けた海外での言語対応や決済等を支援しており、好事例も出てきています。次に2ndステップとして、グローバルtoグローバルで海外のクリエイターが海外でサービスを販売できる準備を年内に整えていきます」
MOSHにとっても大きなチャレンジとなるが、国内市場が飽和していく中で、他社とシェアの奪い合いをするのではなく、グローバル市場へ出ていくのは必然の流れだ。そこにはクリエイターが外貨を稼げるように、との籔氏の願いもある。
「僕たちはスタートアップだからこそ、グローバル展開に挑戦するべきだと思っています。目標として28年度にIPO、売上高100億円を掲げていますが、その頃にはグローバルシェア20%を獲りに行きます」
現在MOSHが手掛けているのは、「国内プラットフォーム事業」のサービスEC SaaSの領域だ。しかし、2030年構想で籔氏が思い描くクリエイターエコノミーの全体像から見ると、例えばライブコマース、ファンクラブ、クラファン、メルマガなどのユースケースは未着手の領域となる。これをプロダクトとして提供できる体制を整えていく。
「無形のサービスや情熱を価値に変えるために、これらのすそ野を広げていきたい。その先は『国内プロダクション事業』として、広告運用や資産運用、知的財産管理等の事業開発をしていきます」
クリエイターがより安定的に事業拡大するための環境をつくるわけだ。これと同時に、AIを活用した事業の多層化も進めていく。
「AIを使うことでソフトウエアが簡単につくれるようになり、コモディティ化が加速していきます。僕らはクリエイター向けの新しいソフトウエアをつくり続け、そこで生まれる接点をどう生かし、どう事業を積み上げていくかを考えています」
壮大な構想の実現を目指すMOSH。その組織の今あるべき姿とは。
「社内でいろいろな事業が立ち上がるように、アントレプレナーシップが湧きだす状態をつくりたい。AIを活用しながら少数精鋭の新時代の組織づくりをしていきます」
飄々としたたたずまいの中にある、クリエイターにも負けない籔氏の「熱」。「MOSH」を基点に、多くの情熱が集まるクリエイターエコノミーの社会は、国境の概念すらも超越して広がっていくに違いない。