経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

電電公社民営化から40年 「大NTT」が目指す世界の覇権

NTTドコモ SBIネット銀行

NTTドコモが住信SBIネット銀行をTOBにより子会社化する。年内には、NTTが上場会社のNTTデータを完全公会社化する。さらには社名を日本電信電話からNTTへと変更する。民営化から40年。NTTの完成形が生まれようとしている。文=ジャーナリスト/石川 温(雑誌『経済界』2025年8月号より)

NTTドコモ SBIネット銀行
NTTドコモ SBIネット銀行

住信SBIネット銀行とNTTドコモがTOB

 NTTドコモは5月29日、住信SBIネット銀行の株式をTOB(株式公開買い付け)を行い、子会社化すると正式に発表した。

 4キャリアのなかで唯一、グループ内で銀行を持っていなかったNTTドコモ。2020年の菅義偉政権による通信料金の「官製値下げ」によって、キャリアは通信料収入に頼れなくなってしまった。同時期に携帯電話事業に参入した楽天グループにより、4キャリアは「経済圏の拡大」が競争軸になっている。

 では、なぜ、NTTドコモは銀行業が欲しかったのか。かつて、NTTの島田明社長がドコモの銀行業参入に対して質問を受けた際、「いろいろと検討している。言葉は悪いかもしれないが、いずれも『帯に短し、たすきに長し』で、いらない機能はいらない。必要な機能だけ欲しい」と語っていたことがあった。

 筆者が「ドコモにとって銀行業で譲れない機能はなにか」とたたみかけると「トランザクション機能だ。すでにマネックス証券を買収し、オリックスクレジットもグループ内にある。保険をOEMで提供している。それらをユーザーが円滑にマネージできる機能が必要。それ以外の機能はあまり欲しくない。基本的にはシンプルなトランザクションができることが重要」と言っていた。

 そんな島田社長、今回の買収については「基本的にトランザクションの機能が欲しかったが、その点、住信SBIネット銀行はベストだと思っている。いらないと申し上げたのは、店舗やATMなどの重たいもの。住信SBIネット銀行がお持ちのものは、銀行として必須のもので帯にもなるし、たすきにもなるベストなパートナーだ」と満面の笑みを浮かべた。

 NTTグループは澤田純会長と島田明社長によって雲合霧集が着実に進みつつある。

NTTデータを完全子会社化

 NTTは今年、上場子会社のNTTデータグループを完全子会社化する。一般株主が持つ4割強の株式を公開で買い付ける。投資総額は2兆3700億円を見込む。

 1985年に日本電信電話公社からNTTに民営化して今年で40年。7月には社名を日本電信電話から「NTT」に変更する予定だ。

 今回のNTTデータグループの完全子会社化によるNTTグループの再統合は、まさにNTTグループにとっての悲願だ。

 1999年にNTTは持ち株制に移行し、NTT東西なども分離された。しかし、それから20年が経過し、2019年ごろからはグループの再編に着手。NTT都市開発を実質完全子会社化したのに始まり、20年にはNTTドコモを完全子会社化。さらに22年にはNTTコミュニケーションズとNTTコムウェアがNTTドコモの子会社となった。

 NTTの島田明社長は完全子会社化のメリットについて「親子上場に伴う利益相反や意思決定プロセスにおける複雑化、経営資源投下における双方株主への説明が求められるなど、煩雑なことが数多くあった。完全子会社化により、スピード感のある経営ができるようになる」と語る。

 NTTグループのなかで、NTTデータは海外事業を展開するリーダとしての役割を果たしていくようになる。

 22年に長距離・国際通信を手がけるNTTコミュニケーションズや他のグループ会社の海外事業をNTTデータに集約。結果、同社の海外売上高比率は6割にもなった。特に強いのがデータセンターの建設や運営だ。世界中にデータセンターを擁しており、世界シェアは推定6%、業界3位に位置づけられる。GAFAなどのアメリカ企業のデータセンターを運営している強みがある。

 実際、グーグルやChatGPTのオープンAI、マイクロソフトなど、AIに注力するプラットフォーマーが増えている。生成AIやAIエージェントに対するニーズが高まる中、そのインフラとなるのが、データセンターだ。データセンターの年平均成長率は15〜20%といわれているが、AIによって、さらに加速的な成長をするとNTTでは見ているようだ。

 世界的にデータセンターへの大規模な投資をするには、NTTデータだけではなく、NTTグループ全体で設備投資できる余力を持つ必要がある。そのため、このタイミングでの完全子会社化になったようだ。

 また、島田社長は「ITサービスプロバイダーとしては世界8位のポジションにいるが、早い時期に5位には入りたい」と語る。ITサービスプロバイダーとは企業内のシステム開発や運用、保守、サポート、コンサルティングなどITに関するさまざまなサービスを提供する。

 世界的にはアクセンチュアやインドのタタ・コンサル、IBMやデロイトなどの強豪と戦っていかなくてはならないが、NTTグループとしては市場としての伸びしろは十分にあるという判断のようだ。

世界展開の鍵握る「IOWN」とは?

 NTTデータが世界展開を強化していく上で、武器になりそうなのがNTTグループが開発を進めている「IOWN(アイオン)」だ。

 IOWNとは光電融合技術とされ、これまで電気で処理していたようなところを光に置き換えることで高速かつ低消費電力で処理できるというものだ。

 また、IOWNは消費電力を抑えられるという面もある。すでに消費電力が8分の1になっているサーバーが大阪・関西万博の会場で稼働している。将来的には消費電力が100分の1となるデータセンターの実現も不可能ではないようだ。

 昨今、生成AIへの需要が爆発的に増えている中、データセンターの消費電力が問題となっている。アメリカでは急増するデータセンターの電力需要のために、マイクロソフトが原子力発電所から電力供給を受けるデーターセンターを購入した。

 日本でデータセンターのために原子力発電所を新設するなんて話はまず出てこないだろう。自然エネルギーに頼りたくても、電気代は高騰するばかりだ。日本で電力が不足する中、解決策としては「使う電力を減らす」というのが最も現実的だ。そこでIOWNのような省電力な技術が求められているのだ。

NTTドコモの轍を踏まないために

 今回のNTTによるNTTデータの完全子会社化、デメリットはないのか。島田社長は「デメリットはあまり想像つかない。メリットしかない」と強調する。

 NTTデータグループの佐々木裕社長は「上場会社ではなくなることにより、社員の士気が落ちるのではないかという懸念はある。しかし、NTTグループとして一体化することで「さまざまな研究開発成果や資産を活用でき、面白いビジネスができるようになる。そのメリットをしっかりと社員に説明したい」とした。

 一方、競合他社からは遺憾の声が相次いだ。

 KDDIの松田浩路社長は「1988年に(NTTデータが)分離した際には、出資比率を引き下げるという話だった。しかし、今回は逆行している。SI(システムインテグレーション)と通信が一体提供されがちな法人市場で、公正競争に甚大な影響がないのか、非常に懸念している」とコメント。

 ソフトバンクの宮川潤一社長は「過去の経緯を振り返ると、NTTドコモもNTTデータも公正競争を保つためにNTTから分離されたと認識している。それにもかかわらず再び一つになろうとする動きがあり、よほど『大NTT』に回帰したい人たちがいるのだろう。NTTが今後海外展開を進めるにあたり、NTTデータのプラットフォームを活用したい気持ちは理解できる。ただ、NTTドコモを見ると、完全子会社化が最適なのかは疑問だ。NTTデータの佐々木社長は評価している社長の一人だが、その良さが半減するのではないかと心配している」と語った。

 宮川社長が指摘するように「完全子会社化が最適なのか」という点は検証の余地がある。

 2020年にNTTドコモはNTTの完全子会社となった時も「大NTTになり、影響力が大きくなりすぎ、公正な競争ができなくなるのではないか」と懸念の声が上がった。

 しかし、蓋を開けてみれば、NTTの完全子会社になって以降、NTTドコモのネットワーク品質は大きく低下し、「つながらない」「データが流れない」という場所が増えた。当時、NTTドコモは基地局設備を売却し、設備投資を大幅に抑えた。結果として、ソフトバンクやKDDIのほうが高速で快適に使えるネットワークという評価になった。

 街中のドコモショップが削減され、いざというとき、駆け込み寺として助けを求められる場所が減りユーザーの流出が相次いだ。

 競合他社は「完全子会社化でNTTとNTTドコモが脅威になる」と思っていたが、NTTドコモの強みであった「ネットワーク品質」や「いざというときに頼れるドコモショップ網」などが消失し、NTTドコモの競争力は地に落ちたのだった。

 1999年、NTTドコモが「iモード」を開発し、日本で大成功を納めたのは、NTTグループの分離によって、NTTドコモという外に出された人たちによるNTTへの反骨精神が生み出したものだ。NTTドコモだけでなく、NTTデータやNTTコミュニケーションズなどが独自に競争力を発揮していたのは、NTTから距離があり、ある程度、裁量をもって経営ができていたのが強みだった。

 NTTドコモが失墜したのは、モバイル事業を理解せず、NTTドコモの強みを伸ばさず、コストを削減してNTTに資金的な還元することを最優先したNTT出身の幹部が経営してしまったからに他ならない。

 現在、NTTドコモはiモードのころからモバイル事業を手がける前田義晃社長体制となっている。前田社長はリクルートからの転職組であるが、プロパーから社長に抜擢されたこともあり、社員の士気も上がりつつある。

 今後、NTTデータが世界で覇権をとるには、NTTが口を出さず、NTTデータに自由に経営させる空気を創り出せるかがすべてだろう。

 NTTデータが、NTTドコモの轍を踏まぬよう、NTTは過去の教訓を生かさなくてはならない。