大阪・関西万博で開催された学生起業家ピッチ「GSEAエキシビジョン」。理念や社会課題への想いを語る場に、世界中から若き起業家たちが登壇した。彼らの取り組みの背景には、長期的な構想を掲げて支援を続けてきた関西の起業家ネットワークの存在がある。文=佐藤元樹(雑誌『経済界』2025年8月号より)

「勝ちたい」より「届けたい」私を万博に連れてって

2025年6月22日、大阪・関西万博で開催されたのは、学生起業家ピッチコンテスト「GSEA(Global Student Entrepreneur Awards)」の特別イベント「ファイナルエキシビジョン」だった。これは、同年5月に南アフリカ・ケープタウンで行われたGSEA世界大会ファイナルの後に設けられたイベントで、ファイナル出場者に加え、特別招待枠として日本から選ばれた4人の起業家が登壇した。
そもそもGSEAは、世界中の学生起業家が、自らが運営する事業の理念や社会的インパクトを競い合うピッチコンテスト。1998年に米セントルイス大学でスタートし、2006年からは国際的な起業家団体EO(Entrepreneurs’ Organization)が運営を担っている。
EOは、世界76カ国以上に1万8千人超の会員を擁し、年商1億円以上の起業家が所属するグローバルネットワークだ。GSEAは学生起業家に向けた国際登竜門として実績を積み重ねており、日本大会での優勝者には賞金100万円と世界大会出場権が与えられ、世界大会では最大5万ドルの賞金が授与される。18年には、タイミー創業者の小川嶺氏が日本大会を制し、その後の成長につなげた。
万博で開催されたエキシビジョンに特別枠として登壇した4人のうちのひとりが、conconCEOの髙橋史好氏だ。ピッチ自体に初出場ながら日本大会での優勝を果たし、「万博の舞台で自らのブランド価値を世界に伝えたい」との思いから、エキシビジョンへの参加を決めたという。
髙橋氏が手がけるのは、自身の出身地、群馬県高崎市の伝統工芸品である「高崎だるま」をベースに、現代的なデザインとカスタマイズ性を融合させたプロダクトブランドだ。 企業ロゴやスローガンを入れた贈答用の「カイシャダルマ」や、インバウンド需要を意識したカラフルでポップな装飾のモデルなど、用途や顧客層に応じた商品を展開している。自身のブランド「Tokyo Lollipop」は、鈴鹿サーキットで開催されたF1日本グランプリの会場装飾にも起用され、だるまブランドとしての注目度を高めている。
学生時代をインドで過ごした経験から、日本のものづくりの魅力が十分に発信されていない現実に直面し、その悔しさが起業の原点となった。「だるまを〝ベアブリック〟のような国際的IPに育てたい」──髙橋氏はそう語り、GSEA出場を「万博にだるまを展示するための第一歩」と位置づけ、日本大会優勝を決めたピッチでは「私を万博に連れていってください」と締めくくった。勝ち負けではなく、実現したい未来に向けた覚悟が込められた言葉だった点を審査員に評価されたと髙橋氏は振り返る。
もう一人、関西を拠点に注目される若手起業家が、やるかやらんかCEOの西奈槻氏である。 西氏は「日本の若者に〝選択肢〟を示す」をビジョンに掲げ、Z世代向けキャリアイベント「VIBES JAPAN」を展開している。熱量で競うピッチ「バイブスバトル」や、観客の応援で決まる「バイブスコンテスト」、企業による学生向けピッチなどを通じて、若者のキャリア選択に〝自分軸〟を提供する場として機能している。
GSEA関西大会にも登壇した西氏は日本大会に進むことはできなかったが「普段はピッチイベントを主催する側なので、今回は出場者の気持ちを経験できて良かった」と話す。
万博で開催されたエキシビジョンは、順位や勝敗を競うのではなく、起業家が自らの想いや事業に込めた問いを語る場として設けられた。自らの言葉で語ることを重視し、事業の完成度よりも挑戦の過程や将来性に焦点が当てられている。
志高き起業家の集結拠点 関西をアジア経済のハブに
エキシビジョン開催の背景には、関西に拠点を置く起業家ネットワーク「EO Osaka」の存在がある。先述したEOの関西支部の一つにあたるEO Osakaは、2010年に発足。初代会長・谷井等氏(シナジーマーケティング会長)の提唱により「関西をアジア経済のハブにする」という15年ビジョンを掲げてきた。
EO Osakaの運営メンバーは毎年交代することが決まっている。歴代の運営メンバーがこの長期ビジョンを受け継ぎながら活動を継続してきた。今回のGSEAエキシビジョンは、その15年構想の最終年にあたる取り組みであり、万博という国際舞台で学生起業家の挑戦を支援することで、ビジョンの集大成と位置づけられている。
またEO Osakaでは、若手起業家や学生起業家への支援にも積極的で、ピッチイベントの自治体や他団体との共催や、万博への学生起業家無料招待などを通じて〝次世代のEO〟を育成している。内部には「フォーラム」と呼ばれる定例会があり、メンバー同士が経験を共有することで、相互の学びと信頼関係を築いている。
さらに現在、関西に外国人起業家を迎え入れる「関西メトロポリタンチャプター」の設立も進行中で、日本人起業家の海外展開支援とあわせ、関西における多文化的な起業環境づくりが加速している。
GSEAファイナルエキシビジョンは、学生イベントにとどまらず、若き起業家たちが社会課題への想いを語り、世界とつながるための実践の場となった。理念を持って支援を続ける起業家コミュニティが存在することで、未来の経済圏を見据えた長期的な取り組みが着実に根を下ろそうとしている。大阪・関西万博という舞台を通じて、関西発の起業家精神が、国境を越えて広がりはじめている。