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宇宙の生活圏を開拓するのは地球のより良い未来のため 袴田武史 ispace

袴田武史 ispace

2023年4月、宇宙ベンチャーとして初めて東証グロース市場へ上場したispace。月の資源を経済界活用し、「人類の生活圏を宇宙に広げ」ることを目標に掲げている。悲願の月面着陸への2度目のチャレンジを間近に控えた5月末、袴田武史CEOを直撃した。聞き手=小林千華 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2025年8月号より)

袴田武史 ispaceのプロフィール

袴田武史 ispace
袴田武史 ispace CEO&Founder
はかまだ・たけし 1979年、東京都出身。2004年に名古屋大工学部を卒業後、米ジョージア工科大大学院で航空宇宙工学修士号を取得。経営コンサルティング会社を経て10年よりGoogle Lunar XPRIZEに「HAKUTO」として参戦、ispaceを創業。日本初の民間月面探査プログラム「HAKUTO−R」を主導、25年に2回目の月面着陸への挑戦、ミッション2に挑んだ。

1度目の月面着陸は失敗も実力示せた実感もあり

―― 間もなく、民間月面探査プログラム「HAKUTO―R」ミッション2への挑戦を迎えます。2023年4月に行ったミッション1では、最終的に月面着陸に失敗という結果でした。

袴田 1度目の着陸が失敗してしまった原因は、高度の誤認識でした。ソフトウェア自体は正確に動いていたものの、月面のクレーターによって想定外の高度差が生じた。結果、まだランダー(着陸船)が飛行中にもかかわらず、着陸できたと認識してしまい、落下につながりました。

 しかしそれを受け、次に向けてどういったシミュレーションが必要なのか、よりはっきり分かるようになりました。2度目のチャレンジに向け、以前にも増して念入りに準備を進めています。

 また、23年時点で月面着陸に成功していれば、民間企業では世界初の快挙になる可能性もありました。もともと世界初に強くこだわっていたわけではなかったですが、アメリカの2社に先を越されてしまいました。とはいえ、われわれの掲げる目標のためには、少なくとも世界で最初に月面着陸を果たす「グループ」の中には入っていなければなりません。6月6日に予定した2度目のチャレンジが成功すれば、アジアの民間企業では初となります。

 できる準備は全てしてきました。後は結果を待つのみです。

―― 前回のチャレンジに対して、宇宙産業界の中からはどのような反響がありましたか。

袴田 月面着陸自体は失敗に終わっていますが、逆に着陸直前までのプロセスを失敗なく進められたことで、着陸の能力があることを外部の方には印象付けられたと思っています。スタートアップが初めてのチャレンジであそこまでいけた、という驚きをもって見ていただけました。

 それもあってか、宇宙ビジネスに対する政府からの支援も積極的になってきたと思います。宇宙戦略基金なども登場し、大きな予算がつくようになってきました。

―― 10年の創業当初から振り返って、周囲の宇宙ビジネスに対する見方はどう変化してきましたか。

袴田 創業の時点では宇宙産業というと、重工業、衛星などの大企業が取り組むもの。われわれのようなベンチャー企業は他にあまり例がありませんでした。しかし16年、宇宙二法(宇宙活動法と衛星リモセン法)ができ、国内で宇宙ビジネスを行う際の基本的なルールが整備されたことで、大きく道筋ができてきました。

 また、18年には当時の安倍晋三首相が、宇宙ベンチャーへ1千億円の支援を行うと表明したこともあり、一気に世間の注目が集まりました。われわれの創業時と比べれば、やりやすくなってきたと思います。

 しかし、世界の宇宙産業のマーケットの内、日本が占める割合はまだ小さすぎます。現在アメリカが50%程度を占めるのに対し、日本が10%ほどでしょうか。政府からの支援も強化されているとはいえ、それをそれぞれの企業が活用して、いかにグローバルなマーケットで戦えるだけの成長ができるかが重要ですね。

 日本は技術力が比較的高いですが、技術さえあればビジネスでも必ず成功できるわけではありません。技術力を高めつつ、ビジネスをしっかりやっていく経営者がもっと出てくれば変わるだろうと思います。

月面着陸はあくまで通過点 宇宙の資源活用を目指す

―― ispaceの最終目標は月面着陸ではなく、「人類の生活圏を宇宙に広げ、持続性のある世界を目指す」ことです。

袴田 まずは40年に月に1千人が住む、年間1万人が月を訪れるという目標を掲げています。しかし時期はともかく、いずれそういった社会が実現する時は来る。当社としてはその時期がなるべく早くなるように取り組みを進めています。

 ただ、宇宙で生活する未来が実現した後は、その生活を持続可能にすることがより重要になってきます。現在でも人間が宇宙に行くこと自体は可能ですが、国際宇宙ステーション(ISS)のような限られた環境の中で、いわば「無理をして」生活しているわけです。今後より多くの人々が宇宙へ飛んで、そこで生活を続けていくために、無理せず暮らすための環境整備が進むはずです。

 もちろんそこには莫大な資金がかかる。ですから、宇宙できちんと経済が循環するエコシステムをつくる必要もある。そのカギとなるのが資源です。地球でも、資源や人が集まることで経済ができていきます。宇宙でも同じく資源を活用できる基盤をつくれば、それが経済の流れを生み出すはず。

 そこでわれわれは、多くの水資源が眠る月に着目しました。ですから月面着陸は、われわれにとってあくまで通過点にすぎません。

―― なぜこうした目標に至ったのでしょうか。

袴田 例えばSpaceXを立ち上げたイーロン・マスク氏は、簡単に言えば、地球が危機に陥ったときのために火星移住を目標としているとされています。しかし僕の発想は逆で、「これからも地球で持続的な生活を送るために、宇宙資源を活用する」という考え方です。

 もちろん火星のような別の星に行って暮らす、という考え方を否定はしませんが、より持続的な生活を求めるならば、宇宙の資源をうまく活用しながら地球での生活を維持する方が近道のはずだと。帰ってくる場所があるからこそ外に出ていける。どちらかといえば、「地球と宇宙の新しい関係をつくる」というジェフ・ベゾス氏の考え方に近いですね。

商業化のフェーズも目前 資金調達が最大の課題

―― 「HAKUTO-R」ミッション2以降、最終的な目標に向けてどのような道筋を描いていますか。

袴田 ミッション2としては現在、月面着陸と、自社開発のマイクロローバー(小型月面探査車)による月面探査、レゴリス(月の砂)の採取を目指しています。

 それに続くミッション3では、いよいよ「商業化」を目指します。ゆくゆくは月面に関するデータ販売といったビジネスを手掛けていく予定ですが、それ以前に月に生活圏を広げるためには、まず月の資源を利活用するための仕組みが必要です。特に求められるのが、月に安価かつ高頻度で行くことでトライ&エラーを繰り返すための輸送の仕組みですね。年に3回くらいは月へ物資を輸送できる状態を整えたいと考えています。

 技術に関しては、開発を地道に続けていけばできるはず。ただ、やれる環境が乏しいことの方が問題です。具体的には資金調達。投資家や社会が宇宙ビジネスが拡大した未来をイメージしづらいからかと思います。これは結局人の心の問題でもある。もっと宇宙が特別視されすぎない時代になればいいなと思います。

―― ispaceの最終目標を達成する時が来たら、袴田さんご自身はどのように過ごしたいですか。

袴田 三半規管が強くないこともあって、実は僕自身は積極的に宇宙に行きたい人間ではないんです。もし宇宙空間での生活が実現しても、僕自身は地球で暮らしているかもしれません(笑)。

 

 6月6月未明、「HAKUTO―R」ミッション2、月面着陸への2度目の挑戦が行われた。

 東京・丸の内のSMBC東館3階のライジングスクエアでは、リアルタイムで着陸の成否を見守る「着陸応援会」が開催された。会場にはispace従業員やその家族、株主など約550人が来場。内閣府特命担当大臣(宇宙政策担当)の城内実氏や、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の山川宏理事長も駆けつけた。

 着陸予定時刻の4時17分頃までミッションは順調に進行。しかし人々が固唾をのんで見守る中、ランダーとの通信が途絶えた。月面着陸の成否が判断できないまま、着陸応援会は終了となった。

 追って9時から同社が開催した記者会見では、袴田CEOから「ミッション2マイルストーンSuccess 9(月面着陸)の完了が困難と判断すると共に、ミッション2の終了を判断した」旨が発表された。会見時点で原因は解明されていないが、氏家亮CTOは「月面との距離を測距するレーザーレンジファインダーにおいて、有効な計測値の取得が遅れ、また月面着陸に必要な速度まで十分に減速ができていなかった。ランダーは最終的に月面へ衝突した可能性が高い」と述べた。

 袴田CEOは、「ペイロード顧客やパートナー、支援者に申し訳ない思い」と振り返りつつも、「原因を解明し、次につなげていくことが何よりも重要」、「宇宙ビジネスの歴史を見ると、簡単なことでなくても継続することで実現させている例がある。自分たちも継続することで成功し、チャレンジができる文化をつくっていく」と語った。