日本発の宇宙ビジネスを社会実装していく「宇宙の総合商社」を標榜するSpace BD。昨年、創業から初の黒字化を達成。永崎将利社長は、「宇宙は儲かる」を自社で示していきたいと語る。聞き手=小林千華 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2025年8月号より)
永崎将利 Space BDのプロフィール

ながさき・まさとし 1980年、福岡県生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、三井物産で人事部(採用・研修)、鉄鋼貿易、鉄鉱石資源開発に従事。2013年に退職し、1年間の無職期間を経て14年ナガサキ・アンド・カンパニーを設立、主に教育事業を手掛ける。17年9月、Space BD設立。設立9カ月でJAXA初の国際宇宙ステーション民間開放案件「超小型衛星放出事業」の事業者に選定されるなどの功績を持つ。
マーケットを活性化させる仕組みが日本にも必要
―― まずSpace BDの事業についてお聞かせください。
永崎 宇宙ビジネスを日本の誇る一大産業にしたいという思いのもと起業しました。メーカーが技術開発に挑むのに対し、かつて各産業で両輪となった総合商社のように事業開発に挑む存在も必要だと考え、「宇宙の総合商社」を掲げています。
われわれの活動は、宇宙産業サプライチェーンへの貢献と、新たな市場の創出を両輪としており、事業領域としては主に3つあります。
1つは、衛星打上げサービスです。宇宙ビジネスの多くは、まず宇宙空間にモノを運ぶところから始まります。ですから宇宙産業の裾野を広げるために、まずは宇宙へのアクセスのハードルを下げようという目的でサービスを開始しました。衛星メーカーとしては、やはりできるだけ技術開発にリソースを割きたい。そのため、ミッションの特性に応じた最適なロケットの選定・調達や打上げの調整に加え、衛星の試験や審査など、打上げに必要な一連の業務などを、われわれが代行するというサービスです。
2つ目は、宇宙の利用拡大に向けた事業。ライフサイエンス分野での微小重力環境を利用した創薬開発支援や、企業のプロモーション活動、宇宙空間での実証実験の支援などを行っています。
3つ目は、教育事業です。私の出自が起業家教育や社会人向けの研修事業であることもあり、宇宙という未知への挑戦を体現するフィールドと、教育の持つ可能性を掛け合わせた次世代の人材育成を手掛けています。昨年には宇宙航空研究開発機構(JAXA)から委託を受け、日本人宇宙飛行士候補者の一般サバイバル技術訓練を実施しました。教育事業で培った知見と宇宙ビジネスでの経験が融合した、私たちならではの取り組み事例です。
―― 創業から約8年。現在の事業進捗についてお聞かせください。
永崎 衛星打上げサービスでは、衛星取扱い件数約90件を含め、約610件以上の宇宙空間への輸送実績を重ねています。この分野での国内シェアはトップクラスを誇り、グローバルでもそれなりの存在感を築けていると思います。
国産ロケットはもちろん、米SpaceXにはじまり韓国のINNOSPACE社との提携など、打上げ手段の選択肢も広げています。また、JAXAが民間企業の宇宙参入を支援する「JAXA―SMASH」プログラムにおいて、打上げ輸送サービス事業者として選定いただきました。JAXAが公募した衛星ミッションに提案主体として参画し、H3ロケットを活用した打上げ機会を提供する機会も創出できています。
そのほかにも、宇宙空間に曝露した素材を使ったアート作品の創作支援や、宇宙実験装置の技術開発など、新しいユースケースやハードウェア分野にも挑戦を広げています。
―― 創業から現在までで、日本の宇宙産業全体はどう進歩しましたか。
永崎 産業への注目度は確実に高まっています。特に供給側では、従来の官主導から民間主導への移行が進み、スタートアップの台頭が顕著です。23年以降、複数の宇宙関連企業が上場を果たし、業界全体の活性化に寄与しています。
一方で、需要側はまだ「官」がメインです。需要側にも「官から民へ」の動きが進めば、マーケット原理が働くので、供給側も安くて質の良いサービスを生み出そうというサイクルが回り始めるでしょう。
私は、アメリカでSpaceXが立ち上がったのは、NASAの政策が民間活力をうまく刺激した要素も大きいと思っています。従来はNASAがロケットの開発コストを全て負担し、一定の利益を認める形で契約していましたが、これだとメーカーには開発コストを抑える必要がないため、価格競争は発生しにくかった。しかし、固定価格契約に転換し、基本的に契約総額を決めた状態で開発が開始されるようになったことで、安く開発しようという動きが生まれた。これがロケット開発費用の劇的な低下につながりました。
日本でもマーケット全体で民間企業の活力を刺激することは、長い目で見ると持続的成長につながると思います。
―― Space BDは、JAXAに設けられた「宇宙戦略基金」の支援業務を受諾しています。具体的にどんな役割を負ったのでしょう。
永崎 2月に採択結果が発表された第一期では、「宇宙戦略基金事業における円滑な打上げに向けた支援・助言事務」を受託しました。この業務は、各実施機関から寄せられる問い合わせの窓口となり、各実施機関が打上げや軌道上実証を円滑に進められるよう、最適な打上げ計画の提案や、関連する法令・手続きに関する情報提供などを行う調整弁の役割を担っています。ここでは、基金運営の当事者として貢献できていると実感しています。
また、われわれ自身も第一期で、「低軌道汎用実験システム技術」の開発実施機関として採択されました。これは、国際宇宙ステーション(ISS)の運用が30年に終了することを受け、ポストISS時代に向けて設定された技術開発テーマです。宇宙空間でのライフサイエンス分野の実験ニーズに応えるための実験装置の開発を目的としています。
稼ぐからこそ持続する宇宙産業でも同じこと
―― 24年8月期には初の黒字化を達成し、いよいよ「宇宙で稼ぐ」企業になりました。
永崎 私は、以前から黒字化をとても重要なマイルストーンと考えていました。宇宙産業はこれまで、主に政府主導で進められてきた分野であり、多様な民間企業が持続的に収益を上げる将来に対して懐疑的な向きもあったからです。だから早く「宇宙は儲かる」ということを示して、人や企業がどんどん集まる活発な産業にしたいと願っていました。
われわれはものづくりを手掛けているわけではないので、研究開発で大きな赤字が発生するモデルではない。ですから宇宙ビジネスを専業とする企業として、われわれこそが先陣を切って、「宇宙は儲かる」を知らしめることが使命だとさえ思っていたんです。
それに、株式会社としてビジネスをするからには、ちゃんと稼ぐということは、サステナビリティを獲得することと等しいと思います。もちろんお金だけを目的に置くことはしませんが、稼ぐことから逃げず、今後もこだわり続けたいです。
私たちSpace BDは、技術力に立脚した事業開発力を大いに発揮し、宇宙の一大産業化に貢献していきたいと考えています。