日本のモノづくりの一大集積地であり輸出産業が地域経済を支えている中部経済にとって“トランプ関税”発動の衝撃は大きい。
しかし幾度の困難を乗り越えてきた中部圏にはグローバルに活躍する企業も多く、製造業を核としたイノベーションが生まれる素地がある。
産学官金による連携でスタートアップのサポート体制も充実、新産業創出の期待も高まっている。(雑誌『経済界』2025年11月号より)
勝野 哲 中部経済連合会のプロフィール

かつの・さとる──1954年6月生まれ。愛知県出身。77年慶應義塾大学工学部卒業、同年中部電力入社。2013年副社長、15年社長を経て20年会長に就任。同年中経連副会長。25年6月より現職。
トランプ関税をものづくりの構造改革を図るチャンスに
関税を巡る日米交渉が合意し、15%に軽減される見込みであること、EUや韓国など、他国のライバル企業への関税率が明らかになったこと(取材時点)は、グローバルな市場で活躍する中部圏の企業にとってプラス材料だ。
一方で、わが国への関税率が上がったことに変わりはない。中部経済、とりわけものづくり産業は少なからず影響を受けるだろう。
物価と賃金が上がり、そこへ関税の上乗せが加わる中、今後も国際競争力を維持・向上させるためには、GX(グリーントランスフォーメーション)やDX(デジタルトランスフォーメーション)などへの投資を通じて生産性を高めていく必要がある。
今回のトランプ関税によるわが国への影響は、他国に比べて遅れていたデジタル化など、ものづくりの構造改革を進め、サプライチェーンの高度化を図るチャンスでもあると思う。
オープンイノベーションの促進と半導体産業の育成に注力
中経連は今年2月に、2050年頃の「中部圏の豊かで持続可能な社会」の実現に向けた〝羅針盤〟として「中部圏ビジョン2050」を策定し、「産業の進化と多様化」、「人材・働き方の高度化」、「魅力と活力ある地域社会の形成」を、3つの「目指すべき姿」に掲げた。この実現に向けた中期活動指針「ACTION2030」をマイルストーンにした上で、今後は、「オープンイノベーションの促進」「人材の育成・活躍」「広域連携の強化」を3本柱に活動を展開していく。
とりわけ、中部圏が今後も持続的に発展していくためには、製造業の高度化と新たな産業を創造していくことが不可欠だ。〝ものづくりのメッカ〟である当地は、これまでもイノベーションが盛んであったが、クローズドだった。それは決して悪いことではなく、当地における自動車産業などのサプライチェーンは発展してきた。今後はそこにデジタルやデザイン、アートなどを融合させることで、ものづくり技術に「新たな価値」を付加していくことが求められる。そのためには、オープンイノベーションが重要だ。
また、会員企業や当地の各県の方々と意見交換する中では、深刻化する人材不足への懸念を耳にすることが多い。特に、若者や女性が進学や就職を機に東京へ出て行ってしまい、戻ってこない傾向がある。オープンイノベーションを通じて産業が多様化すれば、情報系やコンサルティングをはじめとするサービス産業などの職種に厚みが増し、キャリアの選択肢が広がることで、彼らが中部圏にとどまり活躍できる環境が整っていくのではないか。
名古屋では来年1月に、ナゴヤイノベーターズガレージやステーションAiなどを会場に、スタートアップの国際的なイベント「TechGALA Japan」が開催される。ものづくり企業とスタートアップの「出会いの機会」として期待している。さらには、実装したスタートアップ事業を連携し、ネットワーク化することで標準化につなげていくこともオープンイノベーションの重要な役割だ。
「広域連携の強化」にあたっては、広域観光の振興に向けた情報発信に注力していく。東京圏や関西圏に比べインバウンドの回復に力強さを欠く中、リニア開業を見据えた中長期的なまちづくりや中部国際空港の代替滑走路整備に向けた活動を進める一方で、中部圏の豊富な観光資源を官民が連携して発信し、人を呼び込んでいきたい。
当地には戦国の歴史や独自の食文化、からくりや陶業などの伝統工芸を含むものづくり技術、恵まれた自然など多彩な魅力がある。特に、山は、「人間と自然との共生」や「利他の精神」、「包摂性」といった日本人の多様な価値観を育んできた歴史があり、日本三大アルプスが位置するのは当地だ。
ただ、盤石なものづくり産業を背景に豊かで暮らしやすい地域として発展してきたがゆえに、これまではこうした観光の宝をPRし、人を惹きつけるための情報発信をあまりしてこなかったように思う。今年9月25~28日には、60カ国以上の国と地域や日本全国の観光団体が集結する世界最大級の「旅の祭典」である「ツーリズムEXPOジャパン2025愛知・中部北陸」が愛知県で初開催される。4日間で10万人規模の来場者を見込むこの機会に、中部~北陸圏に息づく魅力を点ではなく面として一体的に国内外へ届け、観光振興に弾みをつけたい。
活動の3本柱を力強く進展させる推進力として、中部圏における半導体産業のさらなる振興に向けた取り組みを推進する。半導体はものづくりにとって欠かせない重要部品だ。中経連は今年7月に、当地の全国立大学などで構成する連携組織「東海・信州国立大学等連携プラットフォーム(シー・フロンツ)」と共同検討会を設置した。当地の半導体関連企業や技術研究組合だけでなく会員企業からの意見・ニーズを確認しながら、中部圏がどのように貢献できるか1年程度かけて検討していく。
そして将来的には、これらの取り組みが、中部圏における「製造業のスマート化」や「ものづくりのすり合わせ技術」を支えるような動きとなっていくことを目指していきたい。

