経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

適正取引と働き方改革、歴史継承で地域を支える

福岡商工会議所 会頭 谷川浩道

福岡商工会議所の谷川浩道会頭は、会員企業が直面するコスト高と人手不足の課題に対し、適正取引の推進や働き方改革の見直しに取り組む。同時に、福岡城天守の復元的整備など歴史継承を通じた未来のまちづくりにも力を注ぐ。九州経済の現状と次世代へつなぐまちづくりへの思いを聞いた。(雑誌『経済界』2026年1月号より)

谷川浩道 福岡商工会議所のプロフィール

九州経済は好調 先行き不安が課題

── 福岡県および九州の景況感はいかがですか。

谷川 福岡県全体では全国平均より良い状況です。日産自動車が神奈川県の追浜工場での車両生産を2027年度末に終了し、日産自動車九州へ移管することが決まりました。TSMC効果やインバウンド需要に加え、天神ビッグバンなどの再開発もあり、九州経済は底堅く推移すると見ています。

 ただ、懸念されるのは先行き不安による投資控えです。トランプ大統領の不透明な政策が、企業に不安を与えてしまう。リーマン・ショック(2008年)の際も、日本の金融機関はサブプライムローンに関与していなかったのに、過剰反応して企業活動を委縮した結果、先進国の中で最もGDPが落ち込みました。不安心理に陥りやすい日本人の特性を考えると、今こそ冷静な対応が求められます。実際、会員企業へのヒアリングでも「先行きが不安」との声が多く、景況感は横ばいが続いています。

企業が抱えるコスト高と人手不足への対応

── 会員企業が抱える課題は何でしょうか。

谷川 多くの企業に共通する悩みは、コスト高と人手不足の2つです。エネルギーコストや原材料費の上昇は、企業が自らコントロールできない問題です。加えて、賃上げの必要性もあり、特に中小企業は原資を十分に確保できず、経営者が負担を背負う形でなんとか対応しているのが実情です。

── コスト高への対策として、具体的にどのような取り組みを進めていますか。

谷川 適正価格での取引推進に力を入れています。コスト上昇分を価格に適正に反映できる環境づくりが、中小企業の経営基盤を守るうえで不可欠です。

 具体的には「パートナーシップ構築宣言」の普及拡大を進めています。福岡県の宣言企業数は、24年4月時点で1469社でしたが、25年3月中旬には2180社、9月時点では2604社と着実に増えています。しかし、まだ緒に就いたばかりで、価格転嫁の実態は厳しい。福岡県の調査では転嫁率は40・5%、全国平均でも39・4%程度で、約4割しか転嫁できていません。

── 人手不足については。

谷川 人手不足の原因は人口減少だけではありません。働ける人に働いてもらえていないことが大きい。日本の平均年間総実労働時間は1988年の2092時間から、2023年には1611時間へと約480時間減少しました。本来、働き方改革は生産性を上げてから労働時間を短縮すべきでしたが、順序が逆になり、デジタル化が進まないまま労働時間だけが減少した。その結果、ホテルの稼働率低下やバスの減便など、供給制約が生じています。

 日本商工会議所を通じて政府に働きかけ、25年6月の閣議決定で、働き方改革の見直しに向けた議論を進めることが決まりました。職場での健康管理を義務化することなどを前提に、働きたい人にはもっと働いてもらう。そうすれば供給面のボトルネックが解消し、賃金上昇と消費拡大につながると考えています。

 一方で、生産性向上も欠かせません。まだ日本はアナログ的な部分が多く残っており、デジタル化の裾野を広げている段階です。中小企業のデジタル化を推進する「YOKA-DIGI」では、2024年度に171社のデジタル化を実現しました。25年度も4月から9月末までに111件の導入支援を行っています。

歴史継承で市民の誇りを醸成

── 福岡城天守の復元的整備についても取り組んでいますね。

谷川 これは観光目的ではなく、次世代への歴史継承が目的です。福岡は祖父母の代から三代続く市民が極めて少なく、多くが他県から移住してきた人々です。だからこそ、歴史や文化に触れる機会をつくり、市民が福岡を愛する土壌を育てることが重要なのです。その象徴的な取り組みが、福岡城天守の復元的整備です。

 24年9月に実施した市民アンケートでは、賛成派が約6割。「わからない」と回答した人を除くと、8割超が賛成でした。現在、福岡市によって天守台の発掘調査が進められていますが、歴史的建造物の復元的整備は前例がほとんどなく、まさに未踏の領域への挑戦です。

 市民が歴史や文化に触れ、次世代へ継承していく。そうした市民主体の活動が、良いまちづくりにつながると考え、私たちも着実に検討を進めていきます。