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高市政権の肝いり政策で造船大国ニッポンが復活?

日本の造船業界が、異例の大規模投資を打ち出した。今治造船など17社からなる日本造船工業会が、計3500億円の設備投資に踏み切る方針を表明。政府・自民党も3500億円に政府支出を上乗せした「1兆円基金」の創設を検討中だ。造船王国再興に官民一体で邁進する。文=ジャーナリスト/井田通人(雑誌『経済界』2026年1月号より)

国が造船所を新設 民間に貸与する仕組み

 3500億円の投資は、自民党が10月23日に開いた経済安全保障推進本部などの合同会議で造工会の檜垣幸人会長(今治造船社長)が表明した。各社の投資額が多くても年間70億~80億円にとどまるとされる中、かなり思い切った額といえる。

 投入資金は、建造・修理施設であるドック内に設置するつり上げクレーンの導入などに充てる。つり上げクレーンは、鉄板でできた船体ブロックを溶接し、1つの船として組み上げるのに使う。クレーンが大型であればあるほどブロックを大きくでき、ドックの生産効率も高まる。大型クレーンは1基当たり100億円弱もすることから、大手といえどもおいそれと導入できる代物ではないが、成長のための必要経費とみなした。

 また、液化天然ガス(LNG)運搬船の建造に充てることも検討していく。LNG運搬船はエネルギーシフトで需要が増加しているが、中韓との競争に敗れ、19年を最後に国内での建造が途絶えている。建造再開にあたっては、業界各社が設計を共通化することも念頭に置いている。

 自民党は今年6月、国の主導で1兆円超の投資を可能とする基金の創設を提言したばかり。そこでは国が造船所の新設や再建、既存設備の更新を手掛け、民間に貸与する「政府所有・民間運営(GOCO)」方式の導入が想定されている。GOCOは、22年に成立した経済安全保障推進法に基づき、「特定重要物質」の安定供給を確保するために政府が活用できるとされているものだ。

 業界側が大規模投資を打ち出した背景には、自らの努力を世間にアピールすることで、支援への理解を得やすくする狙いがあるとみられる。今後は支援額などについて政府との話し合いを進めたい考えだ。

 高市早苗首相が10月21日に策定を指示した総合経済対策では、官民連携による危機管理投資の例として造船が挙げられている。早ければ総合経済対策の関連予算に1兆円基金の一部が盛り込まれる可能性もある。会議では、自民党の小林鷹之政調会長が「産業界としても最大限のリスクをとっていただき、官民での取り組みを進めていく必要がある」と、「オールジャパン」での取り組みに意欲を示した。

 官民連携が進む背景には、国内造船業の置かれた厳しい現状への危機感がある。日本は戦後間もない1950年代後半に英国を抜いて建造量で世界トップとなり、70~80年代には世界シェアの半分近くを握っていた。しかしその後は人件費が安く、手厚い公的支援も受ける中韓に押されるようになり、2000年に韓国、00年代後半には中国に抜かれた。

かつての世界シェア50% 今では5%にまで下落

 三つ巴とはいうものの、現在は世界シェアの約半分を中国が握っており、30%近い韓国の背中も遠い。両国に抜かれてからもしばらくは2割程度のシェアを死守していたが、直近は10%以下にまで落ち込んでいる。受注量ベースではさらに少なく、もはや5%程度にすぎないともいわれる。

 この間、国内では事業の撤退や縮小が相次いだ。特に目立ったのが総合重工メーカーの動きだ。かつて業界の盟主と言われた三菱重工業は、12年に神戸造船所での商船建造から撤退し、長崎造船所と下関造船所に集約。日本の近代造船発祥の地であり、同社創業の地でもある長崎でも22年、LNG船などの大型船に対応したドックを備える香焼工場を大島造船所に売却、建造量は大幅に減った。

 また、三井E&Sも、商船事業を手掛ける三井E&S造船について、21年に株式の49%を専業の常石造船へ売却。常石は持ち株比率を66%まで高めた後、25年6月には残りの株式も取得し完全子会社化した。三井E&Sは艦船事業も三菱重工に売却済みで、今回の売却で造船事業から完全撤退したことになる。同社は今後、船舶用や港湾用のクレーンや、船舶用エンジンに活路を見いだす構えだ。

 一方、業界は深刻な人手不足にも直面している。国土交通省海事局によると、造船業の就労者数は16年に約9万1千人だったが、25年には約7万7千人まで減少した。特に、設計やエンジニアリングに携わる「高度人材」の不足はより深刻だ。少子高齢化や人口減が根本理由とはいえ、未来への希望がなければフレッシュで有能な人材も集まらないだけにシェア回復は急務だ。

 政府は国内建造量を、35年をめどに現在の約2倍となる年間約1800万総トンに引き上げる方針。24年の国内建造量は908万総トンだった。目標通り1800万総トンまで倍増できれば、シェアはさしあたり20%まで回復する。

 幸い、足元の造船各社の業績は好調に推移している。手持ち工事量(受注残)は多く、各社のドックは3年以上先まで埋まっている。船価も高いため収益性も悪くない。余力のあるうちに投資を実行し、将来に備えたいところだ。

 そんな業界にとって追い風になると期待されているのが、米国の動向だ。トランプ氏が大統領に返り咲いてからの米国は、自国の経済安全保障を脅かす中国との対決姿勢を一層強めてきた。中でも中国で造られた船舶に追加の入港手数料を課すと表明したことは、海運会社による中国への船舶発注を抑制し、発注先を中国以外に切り替える効果をもたらし始めた。入港規制は結局、米中合意で1年間停止されることになったものの、米国による中国の排除で日本が「漁夫の利」を得られると期待する向きは多い。

 その米国との間では、造船分野での協力に関する話も進む。日米両国は、米国の建造能力拡大に向け10月下旬に覚書を締結。造船作業部会を設けることや、米国の造船・海事産業への投資促進などが盛り込まれた。造船分野への投資は、7月の関税合意で日本が米国に投資を約束した5500億ドル(約85兆円)にも含まれている。

 もっとも、米国への協力では韓国の方がより踏み込んだ対応をとっていると言わざるを得ない。傘下に造船大手のハンファオーシャンを抱える韓国財閥のハンファグループは24年6月、米造船大手のフィリー造船所を1億ドル(約154億円)で買収すると発表。今年6月には最大手のHD現代重工業が米造船所のエジソン・シュエスト・オフショア(ECO)と提携し、28年までにLNG燃料対応のコンテナ船を共同で建造すると発表している。軍需の取り込みも狙い積極的な米国シフトをとる韓国に対し、日本メーカーは自国への投資で精一杯で動きが鈍い。人手不足で人材育成での支援も行いづらく、支援したくても打つ手は限られているのが実情だ。

歓迎ムードの一方で冷めた受け止めも

 1兆円基金などの政府支援についても、「前進ではあるが、遅きに失した」(造船大手幹部)といった、やや冷めた受け止めが目立つ。

 中韓の主要な造船所が巨大で、大量の大型船を集中生産できる体制を整えているのに対し、日本は各地に分散しており、スケールメリットを発揮しにくい。中韓に対抗するには、大型クレーン導入などによる造船所単位の能力増強だけでなく、メーカー同士の統合を促し、造船所の大胆な統廃合を進める必要があるが、造船所の閉鎖は地域雇用に大きく影響することもあり、なかなかそこまで踏み切れないのが実情だ。

 近年は、日本の強みとされる技術力にも疑問符が付き始めている。環境規制に対応したアンモニアや水素、メタノールなどの次世代燃料船は技術的な難易度が高いだけに利益率が高く、日本の技術力を生かしやすいとされるが、この分野の覇権獲得を目指しているのは中韓も同様だ。日本がその緒戦ともいえるLNG運搬船で世界をリードすると豪語したにもかかわらず惨敗したのは前述の通り。厳しい競争を勝ち抜くには、資金だけでなく、開発・設計などにおける業界横断的な協力も欠かせない。

 これらの課題は業界の自助努力だけでは解決するのが困難なだけに、高市政権がどこまで関与するのか、その「本気度」が試されることになる。 造船業界は多くの雇用を生み出している上に産業のすそ野が広い。業界が地盤沈下すれば、海運などの隣接業界も含め、甚大な影響が出かねない。しかも日本は四方を海に囲まれ、貿易の99・6%を海上輸送に頼っているだけに、経済全体にとって致命傷となる恐れすらある。

 自民党の提言には、基金創設以外にもデジタル技術の導入促進などによる開発・設計・建造の効率化や、人材育成の拠点整備、ゼロエミッション船の開発・実証と建造体制の整備などが盛り込まれている。オールジャパンの機運が高まっているうちに、二の矢、三の矢を矢継ぎ早に繰り出す必要がある。