今回のゲストは認定NPO法人D×P理事長、今井紀明さん。高校生で単身海外へ渡り、苦難を乗り越え大阪でNPOを設立されました。親に頼れず孤立する学生や居場所を失う若者たち。国や行政の支援が届かない彼らを取り巻く現状とNPOの役割について、彼の半生と活動の原点を伺います。構成=佐藤元樹 photo=上野貢希(雑誌『経済界』2026年1月号より)
今井紀明 認定NPO法人D×Pのプロフィール

いまい・のりあき 1985年札幌生まれ。立命館アジア太平洋大学(APU)を卒業。2012年認定NPO法人D×Pを設立。経済的困難や家庭環境により孤立する若者を支援。大阪府ミナミの「グリ下(道頓堀のグリコの看板下)」近くにユースセンターを開所。
困難を抱える若者に伴走し 誰一人取り残さない社会へ
佐藤 今井さんは、高校時代にイラクへ渡り、その後現地で医療支援活動をされていたと伺いました。高校生でそういった行動を起こすのは珍しいことだと思います。何かきっかけがあったのでしょうか。
今井 9・11のアメリカ同時多発テロがきっかけです。高校1年生の時に報道を見て、その後アメリカが別の国への空爆を始めたというニュースに接しました。その中で、子どもたちが不条理な状況に置かれているのを見て、何とかしたいと思ったんです。それで海外での医療支援を志し、アルバイトをしたり、昼食を抜いてお金を貯めたりして渡航費を捻出しました。
佐藤 大阪で活動を始められたのは、何か縁があったのでしょうか。
今井 イラクでの医療支援活動中に武装勢力に人質として拘束されて、帰国後に「自己責任」という言葉のもと激しい批判を受けました。その結果、対人恐怖症やパニック障害を患った時期があり、社会復帰に4年ほどかかりました。その時に拾ってくれた商社が大阪にあったんです。その会社で2年働いた後、縁あって大阪でNPOを立ち上げました。今では14期目を迎え、寄付収入も年間約3億円となり、支援者も個人で9千人、法人570社を超えるまでになりました。
佐藤 今井さんが支援されているのは、具体的にどのような層の若者なのでしょうか。
今井 主に13歳から25歳までの若者です。LINE上での相談サービス「ユキサキチャット」では、進路や就職、生活に関する相談を受けています。経済的に親や周囲に頼れない、子たちには、食糧支援や現金給付を行っています。
一方で、大阪の繁華街、例えば「グリ下」などでは、支援につながりにくい若者に対して、こちらからアウトリーチしています。家庭での虐待やオーバードーズ(薬物の過剰摂取)、性に関する悩み、住居がないなど、複合的な困難を抱えているケースが多いです。 そのため、就労までには、長期間にわたる段階的で丁寧な支援が必要です。
佐藤 お話を聞いていると、NPOの活動は、国や行政が手を差し伸べにくい、社会の隙間を埋める重要な役割を担っていると感じます。
今井 日本には5万弱のNPO法人がありますが、寄付で活動費の大半を賄っている団体はごくわずかです。その中でも、子ども・若者を支援するNPOは非常に少なく、私たちは企業や国ができないことをいかに実現させていくかを重視しています。最近では、こども家庭庁や文科省などから現場の情報を求められる機会も増えました。私たちが独自に行った調査が、実際に学生向けの予算化につながることもあります。しかし、残念ながら国の政策決定においては、こうした子どもたちの問題が後回しにされがちであることも事実です。

変わる若者の生きづらさとコミュニティの喪失
佐藤 私たちの世代が若い頃は、親や社会への反発心から不良行為に走るなど、外に向かう怒りがありました。今の若者の生きづらさは、それとは違うものなのでしょうか。
今井 今は逆に内向かう傾向が強いです。自傷行為やオーバードーズなど、自分自身を傷つけることで苦しみから逃れようとする子が増えています。背景には、親との関係が希薄で、そもそも頼る大人がいないという状況があります。親が蒸発してしまったり、精神疾患を患っていたりするケースも少なくありません。
佐藤 経済的に余裕のある家庭でも、子どもがタワーマンションで一人暮らしをさせられ、放置されているというケースもあるとか。
今井 親から生活費だけ渡され、長期間一人で生活する高校生の相談もあります。児童相談所は原則18歳未満が対象のため、18歳以上の高校生では保護に限界があり、支援につながらず孤立や不安・抑うつを抱える例も少なくありません。
佐藤 かつての日本には、近所の人が子どもを預かってくれたり、コンビニの店員さんが気にかけてくれたりするような、地域コミュニティの温かさがありましたよね。
今井 そうですね。昔は学校と家庭以外にも、近所や地域が子どもの居場所として機能していましたが、今はそれが失われてしまいました。こうした状況を変えるためには、もう一度、新しい形でコミュニティをつくり直していく必要があると考えています。
ありがたいことに、若者たちからは「見ず知らずの人が助けてくれた」という感覚で、私たちの支援を「仕送り」と呼んでくれる子もいます。中には、支援を受けた後に就職し、自分も寄付者になったり、起業して法人として寄付してくれたりする子も出てきました。こうした循環が生まれているのは、NPO活動の大きな喜びです。
佐藤 今後の夢や目標をお聞かせいただけますか。
今井 私は「一人一人の若者が、自分の未来に希望を持てる社会」をつくるために起業しました。私の死後もこの問題は続くと考えているので、民間の立場で若者のセーフティネットをつくり続けたいです。将来的にはアジア各国でも同様の問題が起きているので、日本で築いたベースを生かし、相互留学のようなプログラムを立ち上げたいと考えています。
佐藤 素晴らしい志ですね。最後に、読者の方々にメッセージをお願いします。
今井 最近、企業経営者の方々が若者支援に関心を持つケースが増えてきました。ぜひ一度、現場に足を運んでいただければと思います。

