半導体製造装置業界大手の米アプライドマテリアルズ(AMAT)と東京エレクトロン(TEL)が統合し、強者連合に踏み切った。しかし実態はAMATによるTELの買収であり、製造装置メーカーが置かれた厳しい現実を物語っている。 (本誌/村田晋一郎)
統合する東京エレクトロンが業界に与える激震
半導体製造装置業界においては、「激震」という言葉がピッタリくる衝撃の発表だった。
半導体製造装置メーカーの売上高世界1位の米アプライドマテリアルズ(AMAT)と同3位の東京エレクトロン(TEL)が2014年後半をめどに経営統合することになった。
両社は共に半導体の製造装置市場でトップを争うライバル企業。1990年代初頭に売上高世界1位を誇ったTELからトップの座を奪ったのがAMATで、一昨年を除き92年以来、AMATは1位の座に君臨している。両社の製品分野は重複しない分野もあるが、競合する分野ではガチンコの勝負を繰り広げてきた。両社の統合は自動車業界で例えるとトヨタ自動車と米ゼネラル・モーターズが統合するようなもの。しかも主導権が外国メーカー側にあり、日本トップのメーカーが世界トップのメーカーに買収される形となるだけに、日本の業界関係者の想いは複雑だ。
両社の統合で世界シェア25%超の巨大企業が誕生することになるが、世界1位と3位の会社がなぜ一緒にならなければいけないのか。しかもこの統合を最初に持ち掛けたのは1位のAMAT側だという。
用途の拡大などで半導体市場が成長を続ける一方で、半導体を製造する装置の市場は、00年のピークをいまだ越えられずにいる。その背景には業界の構造的な問題がある。近年のグローバル競争の激化に伴い半導体メーカーの淘汰が進んでいる上、巨額の投資を必要する製造部門を切り離し、製造をファンドリー(製造受託企業)に委託するメーカーが増加。つまり製造装置メーカーにとっては顧客が減少する事態となっている。
また、高機能な半導体を作るために製造装置も高機能化が求められ、製造装置メーカーの開発費は高騰している。顧客の数が減っている現状では、高騰する開発費の回収が難しくなり、製造装置メーカーの収益構造を悪化させることになる。
こうした状況から、製造装置メーカーは危機感を募らせている。今回の統合では、規模を追求すると同時に、増大する開発費の負担を低減したいという思いがある。AMATとしては、打つべき手は打っておくという構えで、強者連合に至った。
東京エレクトロンが統合に踏み切る事情
今回の経営統合で両社は、「対等な統合」をアピールしているが、そう見る向きは少ない。
統合は三角合弁の形を取る。オランダに統合持ち株会社を法人登記し、その下に事業会社としてTELとAMATがそれぞれぶら下がる形態。TEL本社の東京と、AMAT本社の米サンタクララの両本社体制を取る。統合会社の株の保有内訳は、AMATの株主が68%、TELの株主が32%。取締役会はAMAT側、TEL側がともに5人ずつで、中立の立場1人の全11人で構成し、その意味では「対等」かもしれない。
しかし会長にはTEL会長兼社長の東哲郎氏が就くものの、CEOにはAMAT CEOのゲイリー・ディッカーソン氏が、さらにCFOにはAMAT CFOのボブ・ハリディ氏が就任する。CEOとCFOをAMAT側が抑えることになり、実態はAMATがTELを買収すると言える。東氏は現在64歳。統合会社が本格的に動き始める頃には勇退していてもおかしくないため、TEL側がどこまでイニシアチブを握れるか微妙だ。
では、TELはなぜ買収に応じたのか。
業界関係者からは「今回の統合は東氏だからこそ成立した」という声が聞こえてくる。東氏はディッカーソン氏と30年来の付き合いで、両者の個人的な関係によるところが大きいという。そしてTELでは4月に竹中博史氏が健康上の理由で社長を退任し、会長の東氏が社長およびCEOを兼務。AMATでは9月に前任のマイケル・スプリンター氏に代わってディッカーソン氏がCEOに就任した。統合の話が最初に持ち上がったのは昨年末で当初は進展しなかったが、東氏とディッカーソン氏が揃って経営の主導権を握ることで一気に実現した。
TELには後継者問題もある。東氏が96年に社長に就任したのは46歳の時。次の佐藤潔氏は47歳で、前社長の竹中氏は48歳で就任し、代々40代後半の若い人材にバトンを渡す流れが続いていた。東氏の社長復帰はこの流れに反するものであり、東氏の社長復帰当初は、社長兼任は一時的なものであることを匂わせていた。しかし結果的には半年たっても後任が見つからなかったことになる。03年の社長退任以降も会長として経営の中枢にとどまってきた東氏としては、TELの将来を託せる人物が見つけられず、個人的関係のあるディッカーソン氏にTELの未来を委ねた格好だ。
現在のTELの財務は健全な状態にある。経営が悪化する前に「対等」な条件でAMATと統合することにより、TELの1万2千人の雇用と事業が守られることを評価する向きもある。
ただし、それは当面の話で、今後のことは分からない。AMATとしてもTELが圧倒的に強い事業は統合を歓迎するが、統合効果を期待できない事業は整理・統合することが予想される。まして企業文化の異なる2社の統合となると社内で軋轢が生じる可能性は高い。
事業環境についても、統合で改善するとは言い切れない。半導体メーカーにとっては、製造装置は「2社購買」が原則。トラブルに備え、基本的に工場のすべてのラインを1社の装置で埋めることはない。AMATとTELが統合し巨大になり過ぎることで、競合の勢力拡大を促す動きが強まる可能性もある。このため、統合会社が期待通りに成長できるかも疑問が残る。
結局のところ、今回の統合は、TELの「中興の祖」といわれ、20年にわたって経営を主導してきた東氏が自らTELの幕引きを行おうとしているようにも見える。AMATと統合してもしなくても、TELにとっては茨の道が待っている。
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